第36話 後輩研修生たち

 ニラ畑にネギアザミウマが増殖していることが発覚した翌日も、功は早朝からニラの収穫を行い、収穫したニラの株元にネギアザミウマ防除に効果がある薬剤を灌注する作業を行った。

 ネギアザミウマは食害によって出荷物の商品価値を下げるだけではなく、   

アイリスイエロースポットモザイクウイルスというウイルス病も媒介する厄介な存在なのだ。

 アイリスイエロースポットモザイクウイルスに罹病したニラは、病気故に元気がなくなる上に、葉の表面に病斑が生じるために商品価値が著しく下がる。

 功のニラは収穫が始まったばかりで、少なくとも翌年の四月までは収穫を続ける予定なので、ネギアザミウマは一刻も早く退治してしまいたいのだ。

 功はネギアザミウマの防除作業を終えると作業場の真紀と萌音に合流した。

「功ちゃん防除作業した後は手を洗って着替えをするまでは出荷関係の作業をしては駄目よ。出荷物に農薬が付着したら大変なことになるから」

 真紀は安全管理規定に沿って注意したのだが功は自分が作業を急ぐあまり基本的なことをおろそかにしていたことを気付かされた。

「そうだったね。防除着を着替えてくるよ」

 功は手を洗ってから着替えを済ませて、再び作業場に向かう。

「功兄ちゃん、今日はすごくたくさん刈り取ったのね」

 萌音は文句を言うわけではないが、事実を指摘する雰囲気で功に指摘し、功自身も作業場に積み上げてあるコンテナの量を見てうんざりする気分になる。

「ごめんよ。四月植えのニラが育ちすぎて倒れる前に収穫を終えたいからつい多めに刈り取ってしまったんだ」

 真紀は作業する手を止めないで告げる。

「六月植えのニラにネギアザミウマが移動する前に防除してしまいたいから、今日は日が暮れてからも作業して予冷庫に入れて翌日出荷する手も使うべきね。萌音、残業手当上乗せするから頑張るのよ」

 萌音は真紀の言葉を聞いて顔を輝かせる。

「いくら上乗せしてくれるの?」

「そうね。一束2円!」

 手伝いに来た萌音には専従者給与を支払う方法もあったのだが、歩合制の方がモチベーションが上がると本人が言うので一束九円で報酬を支払うことになっていた。

 報酬アップの提案を聞いて萌音は微妙に機嫌が良くなったが、報酬が上がる時間外勤務が始まる時刻にはまだしばらくある。

 功も加えた追った三人は黙々とニラの一番外側の葉やごみを取り除き、草丈を揃えた上で一束百グラムにして輪ゴムで束ねる作業を続ける。

 しばらく作業した頃に功のスマホの着信音が鳴り、手を止めて画面を見た功はつぶやいた。

「農林業公社の山本事務局からだ。オペレーターの仕事はしばらくできないと言っておいたのだけど」

 功と真紀は臼木農林業公社が請け負った農作業のオペレーターとして働くこともあるのだが、当面は自分たちの出荷作業が忙しいからと断っていたのだ。

 功が通話ボタンを押すと、受話音量を大きめにしてある功のスマホから山本事務局長の声が流れる。

「山本ですが、ちょっと功ちゃんに相談があってね。うちの今年度の研修生の研修受け入れをお願いできないかと思っているんだが、差し当たって収穫と出荷調整の研修をお願いできないかな」

 功は現在の自分の状況を考えて、研修受け入れと聞いただけで気分が引いていた。

 研修となれば研修生に作業内容を教えなければならず、そのために余計に手間を取られると思ったからだ。

 しかし、真紀は功の雰囲気を察して先回りして釘をさす。

「丁度いいから引き受けるのよ。今の私達には人手が必要なの」

 功は自分の想いを真紀に話そうかと思ったが、真紀の判断を尊重して山本事務局長の依頼を受けることにした。

 それだけでなく、今年度の研修生と言えば親友の秀志のはずだという思いもあった。

「いいですよ。いつから研修に来るのですか」

 功が答えると、間髪を入れずに山本事務局長が告げる。

「できれば今日からがいいな。功ちゃんの都合さえよければ今からでも研修生二人を連れて行くよ」

 研修生が二人と聞いて功は意外な気がしたが、今更断るような話でもない。

「わかりました。受け入れは大丈夫ですからお待ちしています」

 山本事務局長は功の返事を聞いたらさっさと通話を切ったらしく、功のスマホには通話が切れたことが表示されている。

「研修生が二人とはどういう事だろう。秀志以外にも研修生が入ったのかな」

 功がつぶやくのを聞いた真紀は鷹揚な笑顔を浮かべる。

「人手不足で大変なのだから研修生が増えたのならばいいことなのよ。それに、タイミングが良すぎるから山本事務局長は私達が出荷を急いでいる話を野口君に聞いて、手伝うつもりで研修の話を持ち掛けたのかもしれないわ」

 功は言われてみればその通りかもしれないと納得して再び作業を始めるのだった。

 臼木農林業公社の山本事務局長は少しせっかちなところがあり、功が研修生をしていた時期は慌てさせられる場面があった。

 この日も、功たちが作業に戻って数分も立たないうちに、臼木農林業公社のキャブオーバータイプの軽四輪バンが功たちの借家の庭に現れた。

 山本事務局長が研修生を連れてくるのはお昼過ぎになるだろうと決め込んでいた功は慌てて出迎えに行き、真紀と萌音もその後に続く。

 山本事務局長は連れてきた研修生二人を横に立たせて功に話し始めた。

「急な話で悪かったな。この二人には稲刈りの研修をしてもらう予定だったが、コンバインが故障して数日間予定が空いたので、実のある研修を行うために急遽功ちゃんにニラの収穫と出荷調整作業の研修をお願いすることになったんだ。よろしく頼むよ」

「研修生が来てくれたら僕も収穫作業がはかどるので助かりますよ」

 功が正直なところを山本事務局長に告げると、彼は嬉しそうに功に言う。

「いやいや、研修生に教えるのは手間がかかって大変だと思う。それでは研  修生諸氏に自己紹介してもらおうか」

 自己紹介するまでも無く、研修生の一人は功の友人の秀志なのだが、秀志は言われるままに自己紹介を始める。

「初めまして。私は東京都出身の浜田秀志と申しますよろしくお願いいたします」

 秀志の硬い挨拶を聞いて、萌音がつぶやいた。

「秀志さんて功兄ちゃんの友達でしょう?なんで初めましてなのかな」

「それは彼流のジョークなのよ。今のは笑うところだと思うわよ」

 真紀が適当に解説するが、二人の声は結構大きい。

「二人とも本人に聞こえてるよ。もう少し小さな声で話してよ」

 功は常識的に注意しているつもりだったが、もう一人の研修生が咳払いしたので首をすくめる羽目になった。

「金子春樹です。臼木集落の出身ですのでよろしくお願いします」

 功は、地元出身者が農林業公社で研修を受けていると聞いて意外に思う。

 その後、功たちが自己紹介し、真紀がニラのそぐり作業を教えることになり、二人を作業場に案内する。

 萌音もその後に続いたので後には山本事務局長と功が残された

「すいません。僕たちの状況を聞いて救援に来てくれたのですか?」

 功が素直な質問をぶつけると、山本事務局長は気にするなと言うように片手を振るが、少し訳ありな雰囲気で功に話し始めた。

「実はあの春樹君は少々訳ありな人物なんだ。功ちゃんにも協力をお願いしたい」

 功は断るわけにもいかず、彼の次の言葉を待つしかなかった。

 

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