第35話 アザミウマと戦う

 萌音がニラの出荷作業を手伝うためにわだつみ町に来て一月が過ぎた。

 今では功の毎日は、周囲がまだ暗い早朝に起きてビニールハウスでニラを刈り取り、コンテナに詰めることから始める。

 刈り取る量は自分と真紀、そして萌音が出荷調製できる量が基本となって自然と決まってくるのだった。

 ニラは株元で刈り取るため、切り株から再びニラが伸びてくる。

 野口は同じ株をシーズン中に七回収穫するサイクルで十アールあたり年間十トン以上の収穫量をあげている。

 功にとって当面は野口に追いつくことが目標だった。

 功は収穫したニラをハイゼットワゴンの荷台積み上げて、家の離れにある作業場に運んだ。

 収穫した葉物野菜は直射日光が当たると急速に劣化するため、功はクーラーを利かせた作業場にコンテナを運び込む。

「功ちゃん、おはよう。ご飯出来ているよ」

 真紀が母屋から顔を出すのを見て、功は張りつめていた気持ちが緩むのを感じる。

 朝食を挟んで少し休憩したらニラの出荷調整作業にかかるのだ。

 離れの二階で寝泊まりしている萌音も起きて、三人で朝食を食べるころにやっと朝が訪れる。

 ハードな生活のようだが、功はお昼過ぎに仮眠を取るようにしているので、睡眠不足がたまっている感じではない。

 真紀と萌音がテレビを見ながら他愛のない雑談に興じているのは功にとって心和む風景だった。

 食事が終わると、功は真紀と萌音の二人と共にニラの出荷調整作業を始めた。

 刈り取ったニラの長さを揃え、外側の葉と共に汚れた部分を取り去って綺麗にして百グラムの束にして和ゴムでとめる。

 単純な作業なのだが、販売して収入を得るためには避けては通れない作業だ。

 萌音を加えて三人体制となった功たちは一日に十五箱程度を仕上げて出荷するが、その売り上げは秋ならば三万円から四万円、価格が高騰する年末ならばその倍近くになる。

「ねえ、功にいちゃん。ニラのこの辺りが白くなっているのはどうしてなの」

 萌音が作業の途中で何気なく尋ねたのだが、功は萌音の手元を見て言葉を失った。

「それはアザミウマに食害された跡だよ」

 功がやっと言葉に出すと、真紀が顔をあげた。

「功ちゃんが頑張って防除していたのにいつの間に増えたの?」

 功と真紀は禍の予兆のような白い斑点が浮いたニラの葉を眺める。

 よく見れば、ニラの葉や茎にアザミウマの成虫の姿が見え、その密度はかなりのものだ。

 功は出荷調製作業を続ける気分ではなくなり、ニラが育っているビニールハウスまで行き、害虫であるネギアザミウマの発生状況を調べることにした。

 功は野口に教わったアザミウマ調査用のパネルを持ち出してニラ畑のあちこちでニラの株元置いたパネルの上でニラの葉や茎を揺らして落下したネギアザミウマの密度を調べる。

 ネギアザミウマは体調が二ミリメートル足らずの小さな昆虫で、その成虫は黒っぽい体色をしている。

 幼虫はさらに小さいが体色が白いため、パネルの黒い面を上にしてアザミウマを揺り落とすと幼虫が目立ちつ。

 逆に、パネルの白い面を上にしてアザミウマを揺り落とすと成虫が目立つのだった。

 功と真紀は二十アールのビニールハウスで経営を始めたのだが、ビニールハウスの半分の面積は遅く定植したため、まだ収穫するほどには成長しておらず、先に定植した畑から出荷をしている状態だ。

 功が調査した結果、ネギアザミウマの密度が高いエリアは換気をするためにサイドのポリフィルムを開閉する側面の壁に沿ったうねに集中していた。

「葉が茂っている状態だと、農薬をかけてもアザミウマを退治しきれない。どうしたらいいか野口さんに聞いて来るよ」

 功が告げると、真紀は硬い表情で答える。

「私は萌音と一緒に出荷調製を続ける。食害痕が激しい株はより分けて、綺麗な株だけ使って出荷品の等級が落ちないように荷造りするから」

 功は真紀にうなずいてからビニールハウスを出た。

 夏場からネギコガやネギアブラムシ、そしてネギアザミウマが増えないように定期的に殺虫剤を使って防除を続けていただけに、出荷に支障が出るほど害虫が増えていたことに功は打ちのめされていた。

 野口の家に着くと、彼は朝食を終えて自分のビニールハウスに灌水しているところだった。

「おはよう功ちゃん。しけた顔をしているけど、真紀ちゃんと喧嘩でもしたのか?」

 野口は陽気に功に声を掛けるが、功は深刻な表情で野口に相談を始める。

「野口さん、いつの間にかネギアザミウマが増えてしまったんですよ。上手く防除する方法を教えてくれませんか」

 野口は功の生真面目な雰囲気に苦笑しながら出かける様子を見せる。

「そんな死にそうな顔しなくてもどうにかなるよ。とりあえずどんな状況か見せてもらおうか」

 功は野口が灌水作業の途中だったと思い慌てて尋ねる。

「野口さん水出しっぱなしで大丈夫なのですか?」

「真紀ちゃんに教わって農業用水のパイプに電磁弁を取り付けてタイマーで止まるようにしている。設備投資をして省力化を図らないとな」

 野口は整然と片付いたした自分の施設を満足そうに見てから功の車に向かった。

 功たちのビニールハウスに着くと、野口は功が育てたニラの草丈を測ったり、功が説明するネギアザミウマの密度が高いエリアについて説明を受けると功にゆっくりと告げた。

「功ちゃん、このサイド際のうねはもうあきらめて刈り取って捨てろ。買刈り取った後で薬剤散布すればネギアザミウマを減らすのに効果がある」

 功は四月に植えてから毎日見守ってきたニラを刈り捨てろと言われて、穏やかな気分ではない。

「捨てるんですか?」

「そうだ。ここまで綺麗に育てているが、功ちゃんたちの収穫ペースが追いついていないからこのニラは後二、三日で倒れる。倒れたら病気も発生しやすくなって出荷調製には更に手がかかって悪循環に陥る。一うね刈捨てて残った切り株に農薬を灌注処理したらネギアザミウマを退治できるし、残っている二うねを全速力で出荷して直後にアザミウマ退治をしていけばアザミウマを押さえることができる。そしてそれが終わった頃には後から植えたニラの収穫が始まる」

 野口は自分たちの作業ペースまで計算した上で助言してくれたことに気づいて、功は彼に言われたとおりに一うねのニラを刈り取って捨てることが最善だと悟った。

「わかりました。一うね刈り捨ててアザミウマを退治します」

 功の言葉を聞いて野口は人の好さそうな笑顔を浮かべた。

 野口を自宅まで送ってから、功は真紀と萌音に状況を話して害虫のネギアザミウマが増殖したうねのニラを刈り取り始めた。

 爪楊枝サイズの苗を植えてから成長を見守ってきただけに最初の収穫を捨てるのは悔しいが、これからの長い収穫期間を考えると最初でつまずくわけにはいかない。

 アザミウマが増殖したニラの刈り取りを終えると、ネギアザミウマの防除用薬剤を灌注処理するのだが、普通の防除と違い灌注処理は短く刈り取ったニラの一株あたりに時間をかけて薬剤を注入していく処理だ。

ネギアザミウマの防除作業を終えると功はぐったりするくらいに疲れていた。

「お疲れ様。明日から収穫をペースアップしないといけないね」

 ビニールハウスから家に戻った時、真紀が穏やかな表情で告げる。

 功は彼女の顔を見て、明日も頑張らなければと強いて笑顔を見せるのだった。



 

 

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