第32話 仲間
「本当にごめんなさい」
温泉から上がると、ショックで子どもの姿に戻ってしまったヒスイが平謝りをはじめた。不可抗力とは言え魔法を暴走させてしまい温泉をボロボロにしてしまった上に、あろうことか男性陣全員に修繕させてしまった。
自分の裸を見られてしまったことよりも申し訳なさが勝り、皆の前に姿を現さない不義理は出来なかった。
「ううん、ボクこそヒスイちゃんの裸見ちゃってごめんね? しかもショックで元の姿に戻っちゃったみたいだし、なんと言っていいか」
ダコタが目の前に手を合わせゴメンのポーズを取るのを見て、それを見たヒスイも再び慌てて頭を下げた。
「そんな! 裸を見たのはお互い様ですし、私のような粗末な裸を見せてしまいかえって申し訳なく……」
ヒスイ自身は成長した身体が粗末だとは思わなかったが、沢山の女性の身体を見てきたと言うダコタの目で見れば大したことないだろうと想像したからこその発言だったが、帰ってきた言葉でヒスイは顔から火を噴くことになる。
「え~、なんで? ヒスイちゃんのボディ、すっごく魅力的だったよ」
その言葉でヒスイは言葉を発せなくなり、なぜか後方で後片付けをしていた柴と蒼河は持っていた廃材を落とし、固まっている。ダコタはそんな二人を横目に、悪びれる様子もなくあっけらかんと続けた。
「ヒスイちゃんはちょっとネガティブ過ぎるよ? 本当に素敵な女の子なんだから自信を持ってよ、ね!」
軽くウインクを投げると、ダコタはわたわたと落とした廃材をかき集めている柴と蒼河の方へ歩いて行った。ヒスイは耳まで熱を帯びた顔をどうして良いか分からず顔を覆い、ちいさく呟いた。
「もうやだ……このあとみんなとどうやって接していけばいいの……」
嘆くヒスイの元にヴルムがやってきて肩に手を置くと、自分がお湯で幕を作っていたのでダコタ以外の誰にも裸を見られていないことを伝え、慰めながら自身の手を差し出した。目の前に差し出された掌の上には、先程ヒスイが大暴れすることになった原因であるトカゲが、チロチロと舌を出し入れしている。
「あ、あのトカゲ……」
ヴルムのおかげで落ち着きを取り戻したヒスイは、目の前に居るトカゲをまじまじと観察した。背側から側腹にかけて赤からオレンジへと美しいグラデーションがチラチラとオーロラのように揺れながら変化しており、腹は黄味がかった白で濃い黄色の小さな斑点が入っていた。
よく見ると綺麗なトカゲだと思ったが、ふと疑問が頭をかすめる。
犬や猫、鳥などの小動物が人間に懐くことは知っていたが、トカゲが逃げずに掌の上で大人しくしている姿は珍しいと思った。ここは人間の世界とは違う
「おじさま、このトカゲはどうして逃げないのですか?」
ヒスイは感じたことをそのままヴルムに伝える。ヴルムはトカゲが乗っていないもう片方の手でヒスイの頭を撫でると、いつもヒスイだけに見せる優しい笑顔で答えた。
「うむ。このトカゲはサラマンダーと言うのだが、どうやらヒスイのことが気に入ったらしくこの場を離れようとしない。サラマンダーは我ら竜種の下位に属する者だ。心を通わせれば言葉も理解できよう」
「言葉が分かるように……なるの?」
サラマンダーはヒスイの問いかけに、その通りだとでも言うようにぱちくりとまばたきをした。ヒスイがおずおずと手を伸ばすと、サラマンダーはヒスイの手にぴょんと飛び乗り一気に肩の上まで伝いのぼると、ほっぺたにキスするようにちろちろと舌で何度か舐めたあと頭を擦り付けた。そして自分の場所だとでも言うように、ヒスイの肩に引っ掛かるような格好で張り付いた。
「あの、おじさま……私、どうしたら……?」
「ヒスイを気に入ったのだろう。我は共に同行させても良いと思うが、決めるのはヒスイが決めなさい」
いつもより優しい言葉遣いと声が心を更に深いところまで癒すように響く。目を閉じて暫く考え、ヒスイは決意したように目を開いた。
「おじさま、私この子と一緒に旅をしたい! これも何かの縁だから」
「そうか、ではそうしなさい。大切にすればするほど、ヒスイの良きパートナーになるだろうからな」
ヒスイの頭をヴルムが再び撫でたところでダコタが二人を呼んだ。その声に応じて二人は他の三人と合流し、山を下りた。下山をすれば次の道程をどうするのか決めなくてはならない。いつまでも緩い顔をしていられないとヒスイは気合を入れ直した。
――――――――――――
診療所に戻り、次のルートを決めようと地図とにらめっこをしていると、ゼフが声をかけてきた。
「ヴルム殿、ヒスイ様、ケプーラ山脈を目指されておるのでしたな。でしたらキートまでダコタを届けてくれませんかな? あの街まではダコタが良く道を知っておりますし、
「もちろん! ダコタさんが一緒に来てくださるのは嬉しいです。ですが……その、ヒスイ様って言うのやめてくださいませんか?」
ヒスイは気恥ずかしそうに顔を赤らめる。このボロスに巣食う魔物を撃退し、捕まっていた人々を解放したことで彼らから英雄扱いをされるのは理解できなくもないが、慣れない呼ばれ方はかなりくすぐったい。
「いえ、ヒスイ様。ボロスを解放してくださった英雄を気安く呼ぶなど儂にはとても……」
「それでもやめてください。私はただのヒスイです。記憶も戻らず力も解放できていない半端な存在ですから」
「そんなの、力が解放出来ていないのはボクだっておんなじだよ! 記憶が戻らないのは仕方ないことだし、焦らなくても何かのきっかけで戻るかもしれないじゃない?」
ダコタはヒスイの正面に回り込むと両肩に手を置き、顔を覗き込む。目を伏せるヒスイの顔を無理やり覗き込み、思考が暗い方へ行かないようわざとウインクをして気持ちを和ませる。
「もう、ネガティブ禁止! ヒスイちゃん、せっかくボクが一緒に旅するんだから楽しくしよ?」
「はいっ! ダコタさんと一緒だと元気が凄く出ます。ありがとうございます」
ヒスイはダコタの気遣いが嬉しかった。思えば、今までは蒼河にも柴にも腫物に触られているようなちょっとした距離があるように感じていたが、ダコタからはそれを感じない。明け透けなダコタの態度はヒスイにとっては有難かった。
「では、キートまではご一緒しましょう。まだ魔物が出るかもしれませんし、お互い戦闘力が増えるのは願ったりです」
蒼河が珍しく人を褒めているのを見て、柴は複雑そうな顔をしていたが黙ったまま大きく頷いている。ヴルムも頷いて同意を示すと、机の上で地図の上に陣取っていたサラマンダーが任せろとばかりに口から小さな火を吐いた。
サラマンダーの動きが可愛らしく、その場の誰もが笑顔を浮かべる。まだ目的の半分しか道を進めていないが、仲間がいることで一人では乗り越えられないような事も少しずつ力を合わせて乗り越えていける。
ヒスイは、改めて仲間の存在を有難く思い、その中に思い描いていた家族の温もりを感じていた。
翡翠の境界線~ボーダーライン~ MURASAKI @Mura_saki
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