第24話 目覚め

 診療所に戻ってきた柴は、落ち着かない。

 ウロウロと休憩室のテーブルの前を往復している。


「柴、落ち着け。何か、子どもが生まれる前のお父さんって感じだ」


「なっ!!?????? 子ども!!? お父さん!!? 俺は独身だーーーー!!!」


「ほら、ここは診療所だ。大人しく座っていろ」


 お父さんと呼ばれ、真っ白な耳が真っ赤になるんじゃないかというほど照れている柴を軽くからかいながら、蒼河は柴を椅子に座らせる。


 数刻前、柴の持って帰ってきたミノイを煎じてヒスイに投与した。熱は下がったが、まだ額の竜紋は消えていない。

 魔力が尽きてしまわないよう、ヴルムと交代でヒスイを看ることにした蒼河も、やはり落ち着いたふりをしているだけだった。


「いつになったら、あの額の紋章は消えるのだろう?」


 口から不安が思わず漏れる。

 ヒスイの過去を知るために始めた旅が、ヒスイの死という最悪のシナリオで終わる事は避けたい。


ただ、回復するよう祈るだけしか出来ないなんて、情けない。


 ちらりとベッドの方を見る。

 ヒスイの手前のベッドには、まだ魔力の枯渇で意識が戻らないダコタが横になっていた。あのダコタという助手が、まさか爪虎族そうこぞくだったとは。

 慎重で用心深い蒼河ですら見切ることが出来ないほどの「うさ耳」を作った人間は誰だろうか。纏う魔力まで強兎族ごうとぞくに見えるよう、完璧なまじないがかけてあった。

 蒼河から見ても、相当に見事な出来栄えだった。


早く、色々なことを整理したい。だが、今は。


 とにかくヒスイが無事に目を覚ますことを待つしかない。

 またウロウロし始めた落ち着かない柴と一緒に、時間がただ過ぎるのを待った。


 夜中に戦闘があったとは思えないほど、静かな朝を迎える。

 とは言っても、戦闘があったのは村を出て少し離れた場所にあるボロス医術治療学校内だったのだが。

 ゼフが井戸の場所に案内してくれたので、顔を洗い朝の身支度を済ませる。皆、腹が空いているだろうと、蒼河は台所にあるもので手際よく朝食を作る。

 ゼフもヴルムも、一晩中ヒスイの面倒を見ていたのだから、ねぎらいの気持ちもあった。


 柴も蒼河を手伝い、慣れない手つきでテーブルをセットしたりと朝食の準備を整える。蒼河がスクランブルエッグを皿に盛りつけ終わった時、ダコタの気の抜けた声が聞こえた。


「おはよぉ~! 良く寝たぁぁぁ~!」


伸びをしながら食卓まで歩いてくる。足取りがしっかりしているのを見ると、回復出来ている様子だ。


「柴クン! 昨日はお疲れ様~! ありがとね!」


 ダコタはおもむろに、食卓の準備をしている柴に背後から抱きついた。驚いた柴は、もう少しで皿を落とすところだった。


「あっぶねっ!!! 何してんだ!? お礼を言うならもっと方法があるだろーが!!!」


 ダコタを引きはがすと、柴はダコタに食って掛かる。いわゆる、誰が見ても…照れ隠しだ。その様子を見て、ダコタはニンマリ意地悪そうに笑ってみせる。


「キミの乗り心地悪くなかったよ、すごーくふわふわで。また今度乗せてね!」


「い・や・だ!!!」


 ダコタの方を見ようともしない柴がそっけなく対応しているのを横目に、蒼河が出来たばかりのスクランブルエッグを食卓に並べる。


「そこまで元気なら、もう大丈夫そうですね。丁度、朝食が出来たところです。私が作ったのでこんな程度ですが、よければどうぞ。」


 ダコタをスマートにエスコートして椅子に座らせる。


「ええ!? これ、キミが作ったの??? チョー美味しそう! あったかい食事なんて久しぶりだよ~!」


「味の保証はないですよ? どうぞ召し上がってください。私はあちらの二人を呼びに行きますので。」


 ダコタにスープを出して、蒼河はヒスイを看ているゼフとヴルムを呼びにベッドに近付いていった。


「ヴルムさん、ゼフさん、朝食ができました。ヒスイを看るのは私が交代しますので、食事休憩にしてください。」


 ベッドの周りに引かれたカーテンをすこし開けると、ヒスイの身体がうすぼんやりと光っているのが見えた。

 ヒスイの身体が若干浮いているようにも見える。


「これは……どうしたのですか?」


 蒼河が声をかけると、ヴルムが状態を聞かせてくれる。


「竜紋は消えたが、毒素に長く侵されたからだろう。細胞の組み換えが起きているようだ。

 見ろ、もうすぐ組み換えが終わる。意識が戻るかは、我にも分からんが。」


 ヒスイを包み込んでいた光がふわっと飛散したと思うと、もう一度全て身体に吸収されていく。苦しそうだった呼吸も落ち着いて、ただ眠っているように穏やかだ。

 その様子を見たゼフは、安堵したようにため息をつく。


「ヤマは越えたようじゃな。あとは意識が戻るのを待つだけじゃ。さて、ワシは有難く朝食をいただこうとするかの。」


 軽く伸びをして、心配はいらないと蒼河の肩をポンと叩き、ゼフは柴とダコタと一緒にテーブルを囲んだ。

 蒼河は、ヴルムにも朝食を取り休憩を挟むよう促し、代わりにヒスイの様子を見る。早く目が覚めるといいのにと、額の汗を拭こうと布をタライの水に浸して絞る。


「蒼・・・河・・・?」


 かがんでいる蒼河の頭の上から、小さいが聞きなれた声が聞こえた。

 喜んで顔を上げた蒼河は、ヒスイを見て目を見張る。


「おはよう、蒼河。私、どうしたんだっけ?」


 上半身を起こし、ヒスイは蒼河の方を見る。蒼河は少し困ったような顔をしたが、すぐ笑顔に戻り応える。


「おはよう、ヒスイ。何ていうか、その……ちょっと成長した?」


「!!?」


 ヒスイは蒼河の言葉を聞き、自分の手を見る。

 確かに、ほんの少しだが成長しているように見える。あの時みたいな程では無いが…自分の身体の変化が良く分からず、鏡を見ようとベッドから立とうとすると上手く力が入らない。

 よろけた身体を蒼河が抱き止める。


「ごめんなさい、蒼河」


「ヒスイ、もう少しベッドに横になっていよう?さっきまで生死の境を彷徨っていたんだから。

 ヴルム様を呼んでくるから、もう一度ベッドに横になって待っていてくれるかい?」


 蒼河の申し出に、うんと頷くとヒスイはベッドに横になる。

 立とうとして分かったが、蒼河の顔がいつもより近く感じた。身長が高くなっているのだろうか?胸も、触ってみると手のひらにおさまる程度の大きさはあるように思う。


ナイスバディのあの姿に少しだけ近づいたみたいだけど、何があったのか全然思い出せない。


 ヒスイは自分が若干ではあるが成長したことに喜んだものの、状況が飲み込めずにいた。

 最後に覚えている記憶は、洞窟の中で戦闘になり、何か強い力に足を掴まれて逆さ吊りになったところまでだった。

 どうしてもその後の事は思い出せない。とにかく無事なのだから、戦闘からは逃れられたのだろう。


それにしても、本当に分からないことだらけだなぁ。


 額に腕を当てて、これまであったことを思い返す。

 デクトに入ってからはかなり自分を出して生活することができたし、能力も少しずつ使えるようになって、私は獣人界こちらの住人だったのだと改めて実感したのはつい最近の事だ。

 自分の知らない事ばかりのこの世界では、不思議なことが起こるものなのだろうと無理やり自分を納得させる。


 成長痛なのか戦闘のせいなのかは分からないが、全身の節々が軽く痛む。

 ぼんやりと天井を眺めていると、カーテンが開いて蒼河と共にヴルムと柴が姿を見せる。


「ヒスイ! 良かった!!!」


 ヴルムはヒスイの手を取り、なんだか泣いているように見える。柴も嬉しそうに笑顔を向けてくれている。


「おじさま、私…何があったんですか?」


「それについては、もう少し落ち着いたら話そう。今は身体を厭いなさい」


 ヴルムの言葉に首をうんと縦に振ると、急に押し寄せてきた眠気に身を委ねる。

 すとんと眠りについたヒスイが、もう一度目を覚ました時には、陽が傾き始めた頃だった。


 間もなく、また夜がやってくる。

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