第23話 潜入

 ボロス医術治療学校の前に案内され、柴はその中から感じる禍々しい魔力に圧倒されていた。


「これは、ヤバい奴が居そうだな!」


「この学校に入ったみんな、ひとりも帰ってこなかったもんね。」


 ダコタは、軽い口調で怖いことを言う。

 柴は武者震いを感じると同時に、強者に挑むワクワクとした感情が湧き上がってくるのを感じた。


「ハッ、上等じゃねえか! いくぜ! そのミノイとかいう薬草がありそうな場所はどこだ?」


「こっち!」


 猪突猛進に柴が突っ込んで行く勢いだったので、ダコタは柴の前に飛び出して先導する。

 ダコタはウサギ耳が生えているので、多分「強兎族ごうとぞく」だろう。強兎族は戦闘能力が高いと聞いたことはあるが、デクトの街付近では見たことのない種族だ。その走る速さは柴も舌を巻くほどだ。

 しかも足音がほとんどしない。負けていられない!と柴も丁寧に足音を立てないよう走る。


 こっそりと裏口から校内へ忍び込むと、すぐに階段があった。ダコタの案内で木製の階段が軋まないよう慎重にゆっくりと登っていく。


「あそこ。あのドアが薬品管理室だよ」


 ダコタが指をさす先には、人影のようなものが見える。

 柴は戦闘前の背筋がゾワっとする感覚に襲われていた。戦闘に向けて目をギラつかせていると、ダコタが冷静に柴にツッコミをいれてくる。


「そんなギラギラした殺気を放たないでよ~! ここはこうやって……」


 ダコタが魔法を展開する。蒼河が放つような大掛かりな魔法とは違い、手のひらの上に小さく展開する。魔法は陣を描くと、陣の中から蝶が数匹ひらひらと飛び出してきて人影の方に向かって飛んで行った。

 何かが倒れるようなドサっという音が聞こえると、ダコタが小声で「今のうち」と薬品管理室に向かって歩き出す。

 見張りがいるのに堂々と廊下を歩く姿を見て、柴がダコタの手を掴みそれを阻止する。


「危ねぇだろ、敵がいるかもしれねぇのに!」


 小声で注意すると、ダコタはスンとした顔で廊下を指さしてみせる。


「大丈夫だよ、敵はほら」


 良く見ると、薬品管理室前に数名人が倒れている。気持ちよさそうにすやすやと眠っているようだ。


「おまえ、さっきの魔法で何をしたんだ?」


「戦闘はね、スマートにするものだよ~! まだ敵に見つかっていないうちはね。ちょっと魔法で眠ってもらったの。睡眠作用のある薬草と伝言魔法を合体させて生み出したボクのオリジナル魔法なんだ。いいでしょ?」


 胸を張るダコタを見て、柴は大したもんだと呟いた。

 ここに蒼河が居たら絶対この魔法を習得したがるんだろうなと思うと、ここへ来たのが自分で良かったと心底ホッとする。

 中に人が居る気配が無いのを探りゆっくり薬品管理室の扉を開けると、ずらっといろんな薬草や薬瓶が並んでいる。


「すげー」


 思わず声を上げる柴を横目に、ダコタは薬品棚には目もくれず奥へと歩き出す。

 ダコタが示したのは次の部屋に続く扉だった。


「確かこの先に目的のミノイが保管されているはずだよ」


 扉を開けようとするも、鍵がかかっているのかピクリとも動かない。柴が扉を破ろうとまた物理の力に頼ろうとしたのだが、その手をダコタが制する。


「待って、ここはこれで…」


 どこから取り出したのか、ダコタは針金で鍵穴をカチャカチャと探り始めた。数秒でガチャっと扉が開く。すごい。盗賊のように鮮やかな手さばきだ。


「お前、本当に看護スタッフなのか?」


 柴が疑わしいという目でダコタを見ると、ダコタは笑顔で「さあ?今はそうだけど」と質問をかわす。

 中に入ると、薬草が束になって山のように積みあがっていた。


「この中からミノイを探すのか。というか、ミノイってどんな植物なんだ?」


 見たこともない植物をこの中から探すのは困難に思えたが、ダコタは難なくこれこれ!とミノイを見つけ出した。

 そこには、木の実を乾燥させたものが瓶に詰められ丁寧に保管されている。


「木の実なのか。俺はてっきり葉っぱかと思ってたぜ」


「うんうん、ボクが一緒に来たのはそんな単純なキミを補佐するためだもんね!」


「これってお前がここに来れば全部済んだ話じゃね?」


 柴は自分から飛び出してきたのに活躍の場がなく口を尖らせる。まあまあ、と柴をなだめるダコタの雰囲気は一変し、顔は緊張感に包まれている。


「来たね」


「ああ」


 ここまでの道のりは、罠だったようだ。どうやら敵は目的を果たし安心したところで絶望させるのが得意な、いやらしい性格の持ち主らしい。


「俺がやるから、お前はそいつを診療所に届けてくれ」


「大丈夫だよ。これでもボク、だいぶ強いから!」


 言うが早いか、二人は側にあった窓を破って外へ飛び出す。

 間一髪、同時に飛び出した場所が派手な音を立てて爆発した。難なく着地した二人をどこに居たのかと思う数の魔物が取り囲む。

 取り囲んだ魔物を見て、ダコタが叫んだ。


「キミ! あまりダメージを負わせないようにして! 中にこの学校へ魔物討伐で出向した村人たちが混ざってる!」


「なんだって!? 全部ブッ飛ばしたらいいわけじゃないのか! 魔物かそうじゃないかなんて俺には区別付かねえぞ!」


「わかった、ちょっと待ってて!」


 そう言うと、ダコタは何やらブツブツと唱え始めた。

 魔法が展開すると地面から赤っぽい色の魔法陣が現れ、その場一帯に一気に広がった。避けられるような速さではない。鮮やかな展開は蒼河に匹敵……いや、それ以上に洗練されたものがある。

 本当にこの女は一体何者なのだろうと柴はちらっとダコタを見る。


「これは選別魔法ソートだよ! 見て、魔物だけピンクの光で薄く光ってる。光ってる魔物てきはヤッちゃってOK!」


「へえ、分かりやすくていいねぇ! じゃあいっちょ暴れるか!」


 柴とダコタは背中合わせになり戦闘態勢を取る。

 光っていない相手には手刀を放ち気絶させ、光っている相手には思いっきり打撃を食らわせる。ごちゃまぜに襲ってくる敵を二人が鮮やかにより分けながら倒していく。

 柴はダコタの戦闘能力の高さに驚きながらも、肉弾戦の連携プレーを楽しんでいる自分に気付いた。


ここまで息ピッタリに戦うことが出来る相手なんて今まで蒼河しか居なかったけど、本当にこいつ何者だ?

いや、何となくわかるぞ。これは合わせてもらってるのか?やべーな。


 強い者と一緒に思いっきり戦える状況に思わずニンマリとする。

 しばらく戦っていると、ダコタが苦しそうに息を上げ始めた。一瞬よろけたダコタの隙をついて敵が炎球魔法ファイヤーボールを放った。

 火球はダコタのうさ耳をかすり、その衝撃で思わず膝をついてしまう。


「おい、大丈夫か?」


 柴が駆け寄ると、ダコタのうさ耳が焦げてちぎれ飛んでいる。

 痛々しいその姿に目を背けようとしたが、柴の視線が一瞬止まる。


……ん?中に何かある?


 ダコタのうさ耳の下からはちょこんとした可愛らしい黄色に黒のシマの入った耳が覗いている。


これは…これが本当の耳?


「お、お前…お前……、強兎族ごうとぞくじゃなくて爪虎族そうこぞくだったのか!!!」


「てへ、ばれちゃった」


「なんでうさ耳なんて付けてんだよ!紛らわしい!」


「ボク、こう見えて超絶体力なくて。虎の威を借る狐っていうか……兎の皮をかぶった虎、みたいな?」


 力なくにへっと笑うダコタを見て、柴はダコタがもう限界なのだと悟った。


「その話はあとでじっくり聞かせてもらうからな! つーか大丈夫かよ、体力かなりヤバそうだけど?」


「うん、ちょっとヤバいかも」


 汗の量が尋常じゃない。息も上がり足元もふらふらとしているのが見て分かる。

 敵の数は三分の一程度に減ってはいるものの、全部片づいていない上にまだ親玉を引きずり出せていない。


どうする?


 正直、今ここで戦闘を続けてもダコタの体力はもう底をついている。今すぐ逃げたほうが良いのは分かるが、ダコタは走れるのだろうか。

 ダコタを担いで逃げるにしては敵の数が多い。

 柴があれこれ考えている間にダコタが倒れた。意識が無いように見える。容赦なく襲ってくる敵に向かって柴は魔法を展開する。


風防御壁ストームシールド


 隔たれた防御壁シールドの中に取り残された敵をまずは一掃する。ダコタを肩に担ぎ上げると、竜巻魔法トルネードで出口に向かって一気に魔物を吹き飛ばす。

 魔物以外の操られている村人も吹っ飛んで行ったが、今は敵味方を選別するほど繊細なことはできない。

 学校の門まで道ができたのを見て、柴はそこを転変して一気に駆け抜ける。

 横から襲ってくる敵を咆哮で吹き飛ばしながら、何とかボロス医術治療学校の敷地内から脱出することができた。

 魔物は学校の敷地から出て追ってはこないようだ。

 ホッとしたのは束の間、苦しそうにハアハアと息をあげるダコタと、ヒスイに必要なミノイを早く診療所まで届けなくては。


 柴は風のような速さでもと来た道を走り抜け、診療所まで戻ったのだった。

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