第25話 作戦会議

 何かを相談するような声がカーテンの向こう側から聞こえる。

 ヒスイはその声が気になって、身体を起こしてみた。まだあちこちに痛みはあるが、先程よりは痛みも引いていて頭もスッキリしている。


「おはよう」


 ベッドから起き上がり皆が何かを相談しているテーブルの方へ歩いていくと、過保護なヴルムと蒼河が慌ててヒスイの元へ駆け寄ってきた。


「もう起きて大丈夫かい?まだ足元がふらついているけど……」


「ヒスイ、まだ横になっていなさい」


 その姿を見て、ダコタがボソッとつぶやく。


「わぉ! 過保護~! あの子のこと、本当に大切なんだねえ」


 そして、横にいた柴を見るとニンマリと笑い、小声でこう言った。


「なに? 柴クンもあの子の元に行きたいの? キミはあの子に惚れちゃってるのかな?」


「うるせー。仲間だからな、心配してたんだよ。」


 分かりやすく顔を赤くした柴を見て、ダコタは心の中で『なんだ、真面目じゃん』と呟くと、肘でコツンと柴をこづいた。


「そんなに心配したんなら、ちゃんと伝えないと損しちゃうよ?」


「いいんだよ、俺は。アイツらの方が、俺の何万倍も心配していたからな」


「ふ~ん? キミたちの関係性は良く分からないけど、やっぱり今はちゃんと輪に入っておきなよ」


 ダコタがバシっと柴の背中を叩いて押し出すと、ヒスイの近くまで柴が吹っ飛ぶ。


「痛って~~~~~!!! 何するんだ、このバカぢから!!!」


 急に目の前に吹っ飛んできた柴に目を丸くしたヒスイが、少々の間を置いてクスクス笑い出す。


「柴もありがとう。私のために危険をおかして薬を取りに行ってくれて」


「いや、そこまで危険な目には遭ってない。俺だけじゃなくて、ダコタも居たしな」


 柴は自分を吹っ飛ばしたダコタを指差し、他にも功労者が居ることを伝える。指を差されたダコタは、ヒスイに向かってひらひらと手を振っていた。


「そうだ、ヒスイ。我々のために、こちらのゼフとダコタが尽力を尽くしてくださったのだ」


 ヴルムが診療所の二人を紹介する。


「はじめまして。私を助けてくださってありがとうございます。それから、皆にもすごく迷惑をかけてしまったのに……助けてくれてありがとう」


 ヒスイは感謝を伝えるために頭を下げる。

 自分の所為けれど見捨てずに懸命に名前を呼び、助けてくれたことはぼんやりと記憶に残っている。


「いいよ、気にしないで。こっちも最初はキミたちの素性が分からなくて、一瞬でも受け入れることを躊躇ったんだし」


「あの時はすまなんだな。こちらも医療班を取られて警戒しとったからのぅ。しかし、絶滅したと言われておった竜種を診察できるとは……いやはや、長生きはするもんじゃて」


 ホッホとゼフが笑う。

 今まであった緊張感が解け、その場に居た全員が笑顔を取り戻していた。


「ところで、ゼフ。我らは旅の途中で寄る予定の無いこの村にやってきた。ここに長居をするとあなた方にも迷惑をかける。ヒスイの具合が良くなり次第、村を出立したいと思っている」


「それはそうじゃろうな。じゃが、衰弱が酷かったからの。竜種とはいえあと二晩は安静にしておくが良いじゃろう」


「なるほど。二日もあれば恩も返せますね、グルムさん」


「恩を返す? そんなの気持ちだけで充分だよー! ね? ゼフ!」


「ああ、ワシも見たことのない症状を見れたし、それに尽きていたミノイが手に入ったのは助かったからの」


「あ~、だから! 要するに! あの学校に巣くってる魔物を倒すって言ってるんだよ! 俺たちが!」


 ハッキリ言わないと通じないと思ったのか、柴がぶっきらぼうに本題に入った。

 ヒスイが眠りについて、目覚めるまでの間に三人で話し合って決めた。こちらには万全ではないとはいえ、竜のヴルムがいる。しかも、街では右に出る者がいないほどの魔法が使える蒼河に、同じく戦闘に関しては一目置かれている柴も。

 三人が本気でかかれば、魔物を討伐することは可能だろうと結論付け、世話になった礼にと考えたことだった。


 ゼフとダコタは驚いた顔で三人の顔を見直したが、ヴルムも蒼河も、柴の発言に同意とばかりに首を縦に振る。


「ええっ!? そんな、お礼にしては大きすぎるよ! ボクでも倒せなかった強敵だよ?」


「そうじゃ。いくらお前さんたちが猛者だろうと、あ奴らを倒すのは……」


「柴の話から考えても戦力としては十分かと思います。私や柴、それにヴルムさんもいらっしゃいますから」


 すでに三人の意思は固いと表情から見て取れる。

 ヒスイも一緒に行きたいと言いたかったが、きっとそれは三人の足を引っ張ることになるだろう。体力が回復していない自分が行けば、三人は自分を守るために全力を出せない。

 身の程が痛いほど分かるだけに、自分も一緒に行きたいとは言えなかった。


「はーい! 提案があるんだけど、ボクも一緒に行ってもいい?」


「いや、お前は体力ねーだろ?」


「えー、ヤダヤダ却下~! それに今回は体力回復ができるメンバー居るし大丈夫ですー」


 ダコタは口を尖らせてはいるが、耳がぴょこぴょこ動き何だか楽しそうに見える。

 ゼフが隣で『またか』とばかりにため息をついた。ダコタは身を隠しているとはいえ爪虎族そうこぞくだ。戦闘を楽しむ民族性がある。度々このような無茶を言い出すことがあったのだろう。


「こう言いはじめたら、ダコタは意地でもついて行くじゃろう。ダコタの友人やこの診療所のスタッフも囚われておる。申し訳ないが、連れて行ってくれんか」


「確かに、柴を凌駕する戦闘センスだと聞いています。戦力としては申し分ないでしょう。勝率は上げておいた方が良いと思いますが、どうでしょうか」


 蒼河がヴルムを見ると、ヴルムは静かに頷いた。柴も二人がそう言うならと了承した。

 そこからは、全員で村周辺の地図とにらめっこをしながら作戦を練る。ヒスイはその場に行くわけではないが、ゼフと一緒に何かしらサポートが出来るかもしれないからと、作戦を立てる会議にだけは参加をさせてもらった。


「ボクの見立てでは、敵の魔力範囲はボロス医術治療学校内だと思ってる。何かの制約があるのかもしれないね」


「確かに、奴らは学校からは出られないみたいだったぜ。あと、ダコタを担いで走ってた時に思ったが、スピードはそんなに速くなかった」


「では、まず本体を炙り出す方法を考えましょう。慎重そうな相手ですから、どうやって私たちの前に引きずり出すかです。人質をタテにとられては動けませんしね」


「そうだね、実は魔力がどこから発せられてるか、ボクにもいまいち分からないんだよね。何か学校の敷地内に入ると頭にモヤがかかったみたいに、少しフィルターがかかった感覚があるんだ~。上手く説明できないんだけど」


「相手は魔物だろう? おそらく魔族が絡んでいるだろう。間違いなくその場には結界が貼られている。蒼河は結界を破る術は持っているか?」


「あるにはありますが、魔族の結界に効くかどうか……」


 ダコタの話を聞きながら、全員でまずは意見を出していく。魔族相手の戦闘なら、準備を怠ることはできない。綿密に作戦を決めて備品の在庫を確認し、足りないものは作る。

 特に魔力については回復薬は必須だろうと、ゼフが秘蔵のレシピで丸薬を調合してくれる。薬の調合をヒスイも一緒に手伝って、夜も更けた頃には準備を整えることができた。

 魔族は夜の方が活発に動く。こちらの戦力は手練れとはいえたった四人しかいない。

 少しでも有利に働くよう作戦は昼間に決行する。


 ヒスイは不安に駆られながらも、無理やり眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る