改造

「やっぱり間に合わなかったな」

 時計を見ながら高橋が呟く。

 もう会議の時間だが、庸平は急遽橘邸に呼び出されていた。

「会議は中止だな」

 ホワイトボードには庸平が残していった議題が書かれている。

 "今後のチームの方針"

 高橋が席につくと、それぞれが談笑を始めた。

 高橋の横には藤田。

「チームの今後って、問題はどこの所属になるかだよな。

 国に雇われると言っても色々ある」

「王室所属は勘弁だぞ。今の王室は政府に利用されるだけだ。用が済んだらポイだぞ」

「それよりもだ、今回の一件でボロボロになった政府軍なら俺たちが入る隙があるんじゃないか?」


 30分もして庸平が帰ってきた。

 皆が集まる広間へ行くと、まだ話続けている高橋に藤田が目に入る。

 さらに奥では、千紗と加藤が話している。

 愉しげに笑っている。

 黒田は昼食をとっている。

 寺内に太田はなにやらコインで賭け事をしているようだ。

 それらを野村は腕を組んでぼんやり眺めている。

 それに目をつけた庸平は野村を外へ呼び出した。


「おい、なんだあの体たらくは?

 無法地帯じゃねぇか」

「ひどいもんだろ?あいつらもうダメだぜ」

「お前は何やってたんだよ」

「俺にはどうにもなんねぇよ」

 確かに、野村は黙って仕事はやるが、人に指示や説教をできるような奴ではない。

「とにかく、あいつらの調子に迎合すれば俺たちゃおしまいだよ」

 それを聞くと庸平は吸っていたタバコの煙を大きく吐き出した。

「そう思っている奴がいてよかった。

 場所を移そう」


 近くの喫茶店の席につくと、庸平はメニューも見ずにタバコに火を着ける。

「いいか野村、お前にだけ計画を話すぞ。

 あのチームは所詮、烏合の衆だ。

 それを一本に締め直す必要がある。

 そこで、邪魔な奴は炙り出して排除しようと思っている。

 異論あるか?」

「いや、そうしてくれ」

「やるからには徹底的にやるぞ?

 そうなりゃ斎藤のいない今、お前の協力が必要だ。いいな?」

「ああ。で、どうするんだ?」


 その夜、全員が会議室に集められた。

「なんだろうな」

 高橋に藤田が談笑している。

 他の隊員も、話し込んでいる者、自分の作業をしている者と様々だ。

 そこへ、のそりのそりと桐野が入ってくる。

 先頭に立つと、持っていた刀を床へ叩きつけた。


「…何をしている?」


 部屋が静まり返る。

「会議室ってのは談笑の場じゃねえんだ。仕事を始める。黙って、こっちを見ろ」

 このとき隊員たちは、自身に向けられた桐野の殺気を初めて肌で感じた。

 全員の視線が集まると、話が始まる。

「今朝、橘さんのとこでチームの名前が発表された。

 今日から俺たちは、王室附属(royal)特殊作戦( S)部隊(Force)、略してRSFだ」

 皆桐野の殺気に圧されて声こそ出さないが、顔に驚きが現れている。

「SはspecialのSか?」

 かろうじて今井が声を上げた。

「secretとも読む」

 再び一座が静まり返る。

「そしてだ。今日からこのチームに規律を立てる。

 これが、このチームのリーダーだ」

 先頭に座っていた高橋がプリントを受け取り、配って回る。見れば、10条の規律が並べてある。

「今後必要とあれば増やしていく」

「破ったら?」

「処罰する」

「処罰って?…」

「さあな」

 唾を飲み込む音が鳴る。

「厳しすぎない?」

 声の上がった方へギロリと桐野の目が移る。

「言った通りだ。

 これが、このチームだ」

 それ以上声を上げようという者はいない。

 沈黙は服従の証だ。

「いいか、人間を人間たらしむるのは信念だ。

 少なくともこのチームは、そうあるべきだ。

 それをなんだ今のお前たちは。

 遊びじゃないんだ。

 この規律がこのチームを強固たらしめる」

 次に桐野の口から出た言葉は衝撃が強かった。

「当面の敵は政府になる。

 まだ表面化はしとらんが、今の政府は王室を乗っ取ろうとしているっつう噂らしい。

 斎藤が軍と政府の切り離しに動いているが、それまでは厄介な敵になるだろう」

 目を見合わせる者、呆然と固まる者、それぞれ動揺を隠せない。

「いいか、これからは俺たちの緩みが王室の危機になる。この規律が俺たちを、王室を守る」


 桐野が会議室を出ていった後も、全員席を立とうとせず俯いて黙っている。

 最初に口を開いたのは高橋だった。

「全員納得したのかよ」

「んなわけあるか。

 俺はこの技術を生かして国家の表舞台で活躍するのが夢だったんだ。

 それを明日をもわからぬ王室と共倒れなんてしたくないぜ。しかもsecretって…」

「それに何だこの規律は?

 こんなガチガチに縛られちゃ俺たちは桐野の駒じゃねぇか」

「桐野は俺たちを試しているんだ。

 使える隊員か、そうじゃないか」


「処罰って、どうするつもりだろう…」


 加藤の呟きに一座が固まった。

「あの人は殺しが楽しいんだ。味方だろうと。

 見たかよあの生き生きした顔」

 蒼龍隊の中からも不平が漏れる。

 千紗も前のめりだ。

「とにかく庸平をなんとかしなきゃ。

 何か方法を考えましょ」

 野村は感心した。

 桐野の言っていた通りだ。このチームに共通の敵ができた。


 昼間、桐野が野村に話した計画はこうだ。

「まずはガツンと一発必要だ。

 一発で空気を変えるような一手が。

 今夜、全員を集めて今後の隊の方針と規律を発表する。そこでまず奴らの背筋を叩き直すんだ」

「そこからは?」

「小さなことでもきっかけを掴むごとに俺が取り締まる」

「要するに難癖つけていくんだな」

「場合によっちゃな。

 そうすることで奴らの日常に規律が染み付いていく」

 ここで野村の頭に一つの疑問が浮かんだ。

「だが奴らがそれに堪えられるか?

 それじゃかえってチームの勢いを削ぐことになりはしないか?」

 桐野は次のタバコに火を着けた。

「堪えられなくなった奴らが敵視するのは?」

「…あんただ」

「そう、俺だ。

 俺という敵に、奴らは初めてチームとして結束し始める。

 だがそのためには奴らにも時間が必要だ。

 俺への不満を吐き出す時間、俺への対抗手段を話し合う時間。

 それを与えるために俺は仕事のとき以外は奴らの前に顔を出さない」

「対抗手段って、結束してチームを抜けたり、最悪政府側に走ったらどうする?」

 桐野がニヤリと笑った。

「そうなりゃ好都合だ。

 いいか、俺の立場は微妙だ。上は今のメンバーでの部隊新設を望んでいる。

 それを俺が堂々と抜けたい奴は抜けろなんて言ったら、上から俺やチームの信頼を損なう」

 野村は真剣に聞き入った。

 自分で考える頭は無いが、その分他人の話はよく聞ける。

「奴らが自分から逃げた、政府側に寝返ったとありゃ、排除する絶好の大義名分を得るわけだ。

 敵味方もはっきりするしな」

「だが排除すれば、ただでさえ少ないメンバーが激減するぜ?」

「メンバーが減ればまた募ればいい。

 今朝上に許可はとってきた。

 明日から新メンバーの募集を始める」

 桐野の行動の速さに野村は舌を巻いた。

 こうなることは読んでいたのだろう。

「で、俺は何をすればいい?」

「俺がいない間のチームのまとめ役をしろ。

 俺が鞭ならお前は飴だ。不満を吐き出しやすい空気を作れ。

 そして奴らの動向は逐一俺に報告しろ」

「了解」

 全てを聞き終わると、野村は頭の後ろで手を組んで大きく息を吐いた。

 天井を見上げて笑っている。

「奴らがみんなで抜けたら二人でやり直しか」

「三人だ」

 ん?と桐野へ目を下ろした。

「伊藤は責任感のある奴だ。

 この仕事を抜けたりしねぇよ」

 おや、やけに自信があるらしい。

「組織には狼がいる。

 狼の仕事は羊を狩ることだ。そしてこのチームの狼は俺だ。

 問題は今のメンバーが減ることじゃねぇ。

 メンバーでまだ羊になっていない奴が羊に染まりきる前に、羊たちを駆逐する」

「伊藤が染まる前にか」

「そうだ」


 その夜、食堂で数人が談笑していると、桐野が静かに入ってきた。

 場がシンと静まり返る。

 桐野に何を言われるかと、皆怯えきっているのだ。

「藤田ぁ、ちょっと来い」

 藤田がとぼとぼと出ていく。

「おい、早くしろ」

 二人は扉の向こうに消えていった。

 残された者たちに緊張が走る。

「今朝出してた書類かな」

「まあ、そうだろう」

「……」


 皆考えていることは一緒なのだ。

 明日はわが身。


 空気を察した伊藤が立ち上がる。

「こんなの嫌。わたし行ってくる」

 周りの制止を振り切り伊藤は出ていった。

 暗闇の中に二人は立っていた。

 伊藤はそっと聞き耳を立てる。

「次はねえと言ったはずだ」

「わかってる。わかってるけど、他の仕事も重なって…」

「俺が聞きたいのは何故起こったかじゃない。

 起こったことに、どう落とし前つけるかだ」

「……」

「もしここの抜けから敵が侵入してきたら、どうなるかな?そのときお前、落し前つけれんのか?」

 桐野が抜きとったナイフに藤田が震え上がる。

「いい加減にして」

 柱の影から伊藤が出てきた。

「桐野、やり過ぎよ」

「こいつのミスは…」

「全体の危険につながる。わかってるわ。

 でもこうも縮こまったチームじゃできることもできない」

 伊藤がそっと藤田を帰す。

「いいか。規律を失った組織に待つのは破滅だ」

「だからってやりすぎじゃないの?これじゃあいらない奴は処分するって言ってるようなものよ。

 私はこのチームを、信頼し合えるチームにしたい」

「もうそんな時代は終わろうとしている!このままじゃこの組織は、この国は生き残っていけない!

 伊藤は平和ボケしてるんだ!」

 伊藤は信じられなかった。

 時に冷酷でも自分に対してそんなことを言う男じゃなかった。

「平和ボケでなにが悪いの?それが人間として理想の姿じゃないの?そういられる世の中にするべきでしょ!そっちこそ殺人ボケなんじゃないの?」

 桐野の表情に迷いが出た。


「あなたはただの殺人鬼よ」


 怒声に驚いた加藤が駆け入った。

 加藤を見た伊藤の表情はみるみる柔らかくなった。

 そしてもう一度キッと桐野を睨んで、加藤に肩を抱かれながら出ていった。

 誰もいなくなった部屋で桐野は一人、拳を握りしめた。


 二人が食堂に戻ると、全員が立ち上がった。

「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ」

 藤田が駆け寄る。

「すまない伊藤」

「いいの。みんなで何とかしないと」

「そうだな、これからどうするかだ」

「桐野を追い出すか?」

 飄々としたまま野村が言ってみる。

 だが誰も応えようとはしない。沈黙が起こる。

「そんなことできない…」

 伊藤が呟いた。

「とにかく何か行動を起こす必要があるな」

 真剣な眼差しで言う加藤に皆が頷く。

 この加藤の真剣な顔が、仰々しくて桐野も野村も嫌いだった。


 部屋に戻ると、桐野はベッドに仰向けになる。

 初めて会った神社の祭り。川辺で星を眺めた日。

 今日の伊藤は、同一人物とは到底思えなかった。

 あれだけ俺に笑顔を向けてくれていた人間が、俺の幸せを願ってくれた人間が。

 覚悟はしていたはずだった。むしろそれが狙いのはずだった。

 変わったのは、本性を現したのは俺の方なのだ。

 俺に味方を作る方法は一つ。

 恐怖で、従わせる。

 今までもそうやってきたんじゃないか。

 しかし…伊藤の前でそれができるのか?

 迷うな。迷いを、断ち切れ。

 桐野は唐突にナイフを抜きとり、左腕に突き刺した。

 血が必要だ。血をとるか、伊藤をとるか。

 違う。伊藤のために、血をとるのだ。

 そうやってしか生きて行く方法がなかった。

 好きで殺人鬼なんかやっているんじゃない。

 だが一度怪物にされてしまえば愛も得られない。

 愛を受けてきた人間だけが新たな愛を得られる。

 桐野は全ての人間を憎んだ。

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