苦悶

 東の空がほの白く染まる中、人々の寝静まる路地裏は烏の街と化す。

 その奥では、男たちがたむろしていた。蒼龍隊の連中だ。

 あくびをしながら斎藤が到着する。

「よう寺内。桐野は?」

「ああ、前の方にいますよ」

 はたして、最前で向かいの旅館を睨みつける桐野がいた。

「どうだ?奴はいそうか?」

「ああ。中の野村からの情報では、まだぐっすりお休みだそうだ。

 今井の別働隊が整い次第突入する」

 おや?今日はまた随分と楽しそうだ。

 血が欲しくてうずうずしている時の顔である。

「奴は捕まえて…」

「いや、殺る」

 目だけはぎょろりと旅籠に向けたまま無表情で呟いた。

「そこまでしなくても」

「危険分子は殺っておく」

「……」

 そこへ桐野の無線が鳴った。

「こちら今井。いつでもいいぞ」

「おし、合図で一気に囲め」

 無線を切った桐野は、振り返って一同を睨みつける。

「お前ら気ぃ締めろ。

 一人も逃がすな。抵抗する奴は皆殺せ」

 言い終えるとスタスタと旅館へ向かう桐野の後を、慌てて隊員がついていく。

 ゆっくりと玄関を開くと、野村が顔を出した。

「奴は?」

「二階は全部奴らだ。一階の客は出してある。

 階段あがって後ろが奴の部屋だ」

「ご苦労」

 と桐野は階段へ突き進む。三人が後に続き、斎藤ら残りが一階を固める。

 なるほど、二階の部屋には無数の人影がある。

 桐野は足音も気にせずズカズカ進んでいく。

 部屋の中でも物音に気付いたらしい。

 左の扉が開き、ボウズの男が顔を出した。

 しかし次の瞬間には、そのボウズ頭に銃弾が入った。

 二階中が一斉に騒然とする中、奥の部屋のふすまを桐野が蹴倒す。

 そこには、慌てふためく男たちの中央に、山内がいた。

 瞬く間に男たちは銃弾に倒れ、残った山内が発狂する。

 桐野はそれを蹴倒して後頭部を鷲掴みにし、こめかみに銃を押し当てた。

「落ち着け。

 いいな?おとなしくついてこい」

 後ろ手に手錠をかけ、山内を廊下へ引きずり出す。

 各部屋から壬沓社の残党が出てきている。

 それらの前で山内を跪かせた桐野は、その後頭部に銃を向けた。

「お前らはもう終わりだ。

 自首する奴は武器を置いて一階へ下りろ」

 それを聞いて、六人だけが後ろめたげに下りて行った。

 六人の後頭部が階下へ消えたところで、桐野は無表情のまま頷く。

 それが惨劇の合図だった。

 桐野の後ろの三人が機関銃を構え一斉に掃射した。

 階下の者たちが顔を見合わせる。

 無機質な破裂音と生命の終りを告げる唱歌に、桐野は浸っていた。


 野村に宿主への金を預け、先に隊員を撤収させると、庸平と斎藤は並んで表へ出た。

「やけに張り切ってたじゃねえか」

「あ?」

「久々に殺しに浸った桐野を見た」

「千紗もいないしな」

「ハハハ…にしても、あそこまでする必要あったのか?」

「攻撃こそが最大の防御さ。これからは"あれ"を欲しがる奴らが狙ってくる。

 特に危ないのは千紗だ。

 不安要素は今のうちに徹底的に片付けておく」

 こいつの仕事をする目的は美学のためではなかったのか。これじゃ完全に千紗のためだ。

 斎藤は少し庸平が心配になった。

 こいつがそんな急に変われるのか。


 本営に帰ると、情報部の面々が出迎えた。

 千紗もいる。

 それらの労いの言葉にも背を向けて、庸平は部屋に帰った。

 さすがに斎藤も気になった。態度があからさますぎる。

 千紗は少し淋しげに顔を曇らせた。

庸平がまた離れていくように感じた。

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