敵襲

 その夜、庸平と千紗は宿の一室で机を挟む。

「今日は、怖くはなかったか?」

「うん」

「成長したな」

 庸平は穏やかに笑った。

「だがあんな危険なことはもう二度としないでくれ」

 庸平の声色が急に凄味を持った。

「なんで?この任務に危険はつきものでしょ?

 それに私は庸平を助けたいと思って…」

「そこだ。

 俺のために危険を冒してちゃ命がもったいねぇ」

 そう言いながら庸平はどこか寂しそうだった。

「庸平こそ、もっと自信を持って自分を大事にした方がいいわよ」

 千紗もまた、こういう庸平を見るのが嫌だった。

 気まずい沈黙が流れる。

 そこへ林が入ってきた。

「いいところに来た。

 ちょうど今日の成果を確認しようと思っていたところだ」

 千紗が移動し、林は二人と対面して座る。

「で、在り処はわかったのか?」

「うん、あのお堂は世界の潮流から切り離されていた。つまり宝の在り処を表していたのよ」

「…それで?」

 庸平は結論を急ぎすぎる。

「お堂は水の上にあったでしょ。つまり宝があるのは水の上。島よ」

「島っつっても色々あるだろ?」

「この国に最初に神が降り立ったとされる島があるでしょ」

 庸平は首を傾げる。林は微動だにしない。

「ハァ…神話も読みなさい。

 とにかく、そういう島があるの。

 宝はきっとそこよ」

「よし、明日は島が見えるところまで行ってみよう」

 ちょうど女将が戸を叩いて入ってきた。

「お食事の用意を…」

「ああ、お願いします。

 お、そうだ」

 庸平は林を見た。

「あんたもここで食っていけばいい」

「いや、俺は…」

「いいじゃねえか。

 女将さん、こいつの分もお願いします」

 強引に決めてしまった。

 人嫌いの庸平にしては珍しい。


 膳を運び終えると、女将たちはそそくさと出ていった。

 スタッフルームへ戻ると女将はヒソヒソと電話をかけ始める。

「ええ、女は二階に」

 電話を終えた女将の号令で、スタッフたちは裏口から旅館をあとにした。


 そんなことを知るよしもなく、庸平たちは膳を囲む。

「惜しいな」

 庸平は上機嫌で話し出す。

「俺はあんたみたいなのがうちの隊にほしかった」

「悪いが俺は永井さんだから忠誠を尽くしている。永井さん以外だったらこんな風にはなってない」

「そこがいいんだよ。

 あんたは幸運だ。自分の運命を預けられる飼い主に出会えたんだ」

「まぁ、そうかもな」

 庸平は終止笑顔だった。

 しかしその時間も長くは続かなかった。


 庸平の顔から笑みが消え、同時に林の箸を持つ手が止まる。


 次の瞬間、窓から無数の銃弾が轟音をたてて飛び込んだ。

 林が机を蹴倒し、庸平は千紗をその裏に押し倒す。

 銃弾の嵐が止むと、外からスピーカーの声がこだます。

「女を差し出せ。あとの奴は見逃してやる」

 うつ伏せていた千紗が顔を上げた。

「大丈夫か?」

「うん…」

 こちらの建物からも銃声が轟き応戦が始まったところで、山内と斎藤が部屋に飛び込んできた。

「無事か?」

「ああ」

「敵は俺たちがここで食いとどめる。二人は裏口から逃げろ。林、援護を」

 林は黙って頷き、二人を廊下へ促した。

 部屋を出て階段を下ると、蒼龍隊の城島と立石を呼び出した。

「立石、これをつけろ」

 と、渡されたのは女もののカツラ。

「二人は表から出て囮になれ」

 立石は渋々カツラをかぶる。細身の体にはピッタリだった。

「無事を祈る」

「こんな格好で死ねるかよ」

 庸平は無線を取り出した。

「高橋、見えるか?」

 基地の高橋が向かう画面には、一帯の地図が映っていた。

 その中で赤く光が点滅している。

「ああ、バッチリだ」

 機関銃を手に林が降りてきた。

「俺が最初に出よう」

「頼んだ」

 林は扉を開いて足を踏み出すと、その手中の機関銃が向かいの建物へ猛射される。

 二回の窓からは斎藤が銃口を覗かせ援護する。

 林の背後から城島と立石が飛び出した。

「出たぞ!」

 敵の陣営から声が上がり、二人を追って動き出した。

 庸平と千紗は激しい銃声を背に裏口を飛び出した。

「高橋、どっちだ?」

「次を右に」

 角を曲がって建物の隙間へ入る。

「シッ…」

 庸平は千紗を壁際へ寄せて息を潜めた。

 裏手に回ってきた敵軍たちの声がする。

「敵が来ている。道を変えたい」

「よし、そこを左に曲がって2つ目の建物を右だ」

指示の通り2つ目の建物まで来た。

 周囲を警戒しながらソロリソロリと隙間を抜け出して通りへ出る。すると、奥の交差点からも敵軍が通りへ出てくるところだった。

 敵が無線を取り出す間もなく、庸平の手からナイフが放たれる。

 狼狽える集団へ庸平は突進。あっという間に敵を斬り倒した。

 あたりに敵がいないのを確認すると、二人は息を整えながら歩く。

 後方の銃声は次第に遠ざかっていく。

 そこへ無線から斎藤の焦った声が飛び込んだ。

「桐野!城島と立石がバレた!」

「生きてんのか?」


「……いや」


 横で聞いていた千紗の顔が硬直した。

「仕方ねえ。敵は?」

「もうお前たちの方へ行った!」

「わかった」

 無線を切って千紗の怯えた顔を見る。そのとき、庸平の後ろで何かが動いた。

 気配を察した庸平が咄嗟に振り向いたときにはもう、巨漢が目の前に立っていた。

 かわす間もなく、砲丸のような右拳が庸平の顔を襲う。巨漢は後ろへよろめく庸平の胸ぐらを掴むと、間髪入れず左のフック。さらにみぞおちを蹴り込まれると、庸平は後ろの壁を突き破って吹き飛んだ。

「庸平!」

 叫んだ千紗へ巨漢の目が向いた。

 巨漢は重い身体を反転させ、ゆっくりと千紗へ歩み寄る。


 逃げないと…。でも、足がすくんで動かない…。


立ち尽くす千紗へ巨漢の左手が伸びる。千紗は観念して目を閉じた。

 そのとき、巨漢の脇の下をくぐって庸平が割って入った。振り返り様、巨漢の顔へ右肘を入れる。

 巨漢がよろめいている間に、千紗の手を掴んだ。

「逃げるぞ!」

 叫んだ庸平の口からは血が流れている。

 千紗は引っ張られるまま無心で走った。

 周囲からバタバタと無数の足音が響く。

「高橋!逃げ道は?」

「次を左!」

 曲がり角を左に折れると、奥からもう敵が来ている。

 慌てて反対方向へ振り返ると、そちらからも敵。

 元来た方向へ走る。

「そっちへ!」

 二人は建物の隙間へ。やはり敵が来ている。

「私の後ろに!」

 庸平は一瞬躊躇ったが、千紗の背中に隠れた。

 前進してくる千紗に、敵は構えていた銃を慌てて下げる。

 そこへ庸平の拳銃が火を噴いた。

 敵が怯んだ隙に、千紗の背中を飛び出す。

 先頭の男の懐に入ると、弾を吐ききった拳銃をしまい、男から機関銃を取り上げる。

 あっという間に前方の敵を撃ち倒した。

 しかしまだ、前からも後ろからも無数の足音が近づいてくる。


「庸平!」


 後ろの角から千紗が顔を出していた。

 駆け寄って千紗の指す方を見ると、建物の扉が開いている。

 二人はそこへ飛び込むと、壁を背に座り込んで息を潜めた。

 あたりから二人を探す音がする。

「おとなしく女を出せ。命だけは助けてやる」

 スピーカーの声が響き渡る。

「斎藤、どこだ?」

「……」

 無線から声は返ってこなかった。

 庸平はガチャガチャと弾倉を入れ替える。

 その顔は珍しく焦っていた。


「私、行くわ」


 ボソッと、千紗が呟いた。驚いた庸平がその目を見る。本気だ。

「何言ってんだ!」

 両肩をがっしりと掴み、立ち上がろうとする千紗を押さえつけた。

「これ以上は島に行かないとわからないわ。

 今投降すれば、邪魔されずに島に行くことができる」

「でも…!」

「感情に任せちゃだめ。これは仕事よ」

 庸平は言葉を失った。

「島に着いたら、迎えに来てくれるわよね」

 庸平は鋭い眼差しを千紗に向けた。殺しのときとは違う、固い覚悟の眼差しで。

「必ず…」

 それを聞くと千紗はニコリと笑い、立ち上がった。

「待ってるから」

 その言葉を残し、千紗は去っていった。

 庸平は唇を噛んでただ見送ることしかできない。

 千紗の背中が見えなくなると、反対へ駆け出した。


 敵の目を掻い潜り小さな公園にたどり着くと、庸平は膝に手を乗せて息を整える。ここが緊急時の待ち合わせにしてあった。

 すると奥から、人影が近づいてくる。

「桐野か?」

「ああ、そうだ」

 斎藤の顔を見て安心したかのように、庸平は地面に座り込んだ。

「他は?」

「木村が死んだ。あとは壬沓社と一緒にいる」

 血だらけの斎藤も隣に腰を下ろす。

「やられたな」

「……」

「助けに行けず悪かった。敵のやつら、俺たちを分断させて一人ずつ殺りにきやがった」

 庸平は地面を睨み付けている。

「どうすんだよ」

「どうするもこうするもねえよ。

 やることは一つだ」


 翌日、庸平は斎藤と浜辺に来ていた。

 昨晩の襲撃が嘘のように、海はひどく穏やかだ。

「あれか?」

 双眼鏡を覗きながら斎藤が尋ねる。

「そう、あれ」

 双眼鏡の先には小さな島が見える。

 島の周辺には、政府の軍艦がいくつか見える。

「チッ、政府の奴ら堂々と動き出しやがった」

「そりゃそうさ。今となっては国賊は俺たちだ」

 それもそうかと、斎藤はまた双眼鏡を覗きこむ。

「こりゃ海を渡るのがちょっと厄介だな」

「やれるか?」

「任せろ。

 お前は伊藤の奪還だけ考えてりゃいい」

 とは言いつつも、斎藤は島を眺めながら考え込んでいる。ついには座り込んで目を閉じた。

 庸平は庸平でスマホの画面を睨み付けている。

 地図の中で点滅する光は、島の中央にいた。

 突然、庸平は大きく目を見開いた。

「おい」

「ん?」

「あの寺覚えてるか?」

「バクの別荘?

 それがどうした」

「あのお堂と同様に、宝は水の上にあった。

 ということは?」

「……!」

 斎藤も目を見開いた。

「「地下道もある」!?」

「だがどこに?」

「たぶんあそこだろうな」

 庸平は斎藤の後ろに目をやった。

 海に面して神社が建っている。

「なんだあれ?」

「あの島を祭っている。もっと勉強しろ」

「どうせ伊藤に教わったんだろ」

 庸平は黙りこんだ。

「お前は嘘がつけねぇな」

「うるせえ。行くぞ」


 社務所の戸を叩くと、中から初老の男が出てきた。

「やっと来たね。待っていたよ」

 庸平と斎藤は顔を見合わせる。

「武内のばあさんから話は聞いている」

 納得して庸平は頬を緩めた。

「だったら話が早い。

 俺たちはあの島に行きたいんだが、海はあの通り封鎖されている。そこでだ…」

「わかっている。ついてこい」

 二人はまた顔を見合わせ頷いた。

 社の前まで行くと、手前に小さな石塔がある。

「その塔を動かしてくれ」

 二人は言われるがまま塔を担ぎ上げる。

 すると塔に石板がくっついて持ち上げられ、地面に大きな穴が開いた。

「これが?」

 庸平が後ろを振り向くと、老人はニコニコ笑っている。

「ああ、あの島に出るのは間違いない。

 島のどこに出るかは運次第だな」

 二人は同時に穴の中を覗き込んだ。

 といっても、真っ暗で何も見えない。

 斎藤が顔を上げた。

「どうする?一か八か、やってみるか?」

「ああ。やるしかねぇ」

「よし、じゃあ準備の時間を見積もって…」

「明日だ」

 庸平は顔も上げずに言い放った。

「林と山内を呼べ。すぐに作戦を練るぞ」

 斎藤は頷くと電話を取り出した。


 翌朝、野村と今井は林の中を走っていた。

 二人が行き着いた先には小さな石塔があった。

 野村は無線を取り出す。

「こちら野村、いつでもいいぞ」

 社の前に立つ斎藤は庸平の方を見た。

「いいってよ」

 庸平はスマホで野村から送られてきた島の地図を見ている。

「今井も行かせて正解だったな」

「え?」

「野村一人じゃこんな細かい地図は作れねぇよ」

 それもそうだ。

「で、作戦は?」

「予定通り、始めよう」

 頷くと斎藤は後ろへ振り返った。

 蒼龍隊の面々が揃っている。壬沓社の男たちに、林が率いる永井組も総出で来ている。

 それらへ向かって、斎藤が大きく叫んだ。

「いいか、俺たちの役目は桐野を無事に伊藤のもとへ送り届け、伊藤とバクの宝を取り戻すことだ」

 全員の顔に緊張が走る。

「自分が帰ってこようなんて思うんじゃねえぞ。覚悟ができた奴だけついてこい」


 庸平と斎藤から穴へ入る。

 上から山内が覗きこむ。

「合図したら順番に送り込め。あとは斎藤の指示に」

 山内が頷くと、庸平と斎藤は奥へ駆け出した。

「ところでこの穴、下手すりゃ俺たちが初めて通った人間なんじゃねえか?」

「さあな」

 暗くてよく見えないが、斎藤は庸平の表情に異変を感じた。

「まさかお前、緊張してんのか?」

「いや」

 どうやら笑っている。興奮が抑えきれないらしい。

 愛のために大好きな殺しができる。

 いや、殺しは別に好きではない。殺し「合い」、ただ戦うのが気持ちよかった。

 いずれにしても、庸平の人生でも最上位のイベントになるだろう。

「なあ、俺決めたよ」

「何を?」

「やっぱり俺には千紗しかいねぇ。

 これが終わったら…」

 最後の言葉を濁した。

「そうか」

 斎藤は少し嬉しそうだった。

 ようやく前方に光が見えてきた。

「野村、もうすぐ着くぞ。山内さん、蒼龍隊から送ってくれ」

「了解」

「オッケーだ」

 光の下に着くと、上から野村が覗きこむ。

 それを確認して庸平から地上へ出た。

「様子はどうだ?」

 庸平と斎藤は野村の持つ地図へ顔を寄せる。

「これは社務所のじいさんから貰った地図だが、敵軍のほとんどはこっちの沿岸部に張り付いている。

 残りはあっちの穴の入口を固めてある」

 野村の指す方を見ると、林の下に石の通路がある。

 それは明らかに人工の遺跡であり、この林はその上に生い茂っているらしい。

「入口はそこしかないのか?」

「いや、他にも穴はあるが、どこに繋がっているかがわからねぇ」

 それを聞くと庸平は立ち上がり指示を出し始めた。

「斎藤は全体を率いて沿岸の部隊を背後から襲え。

 野村は沿岸部への案内、蒼龍隊の指揮を。

 今井、他の穴へ案内しろ。入口を探す」

 ちょうど蒼龍隊の寺内が穴から顔を出した。

「よし寺内、お前も俺と来い。

 その後は…」

 ひとしきり指示を出し終えると、永井組に壬沓社の面々も穴から出てきたところだった。

「よし、各自武運を祈る」

 天気は快晴、風は少し強い。

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