File.11 戦闘訓練、始まる


「悪いな、勤務時間外こんな遅くに。この時間じゃないと全員そろわなくてな」

 

 20:00、ISP本部8階。

 ミーティングルームの1室に集められた8人は、13期の教育係となった面々だ。全員、長官である朝日奈の呼び出しを受けてここに来た。


「受け持ちの新人について、簡単に報告を頼む。――通勤組の4人は?」

「佐倉、赤平は順調です。基礎体力も問題ないので、Dランク任務に出していいと思います。残りの2人は正直微妙ですね、辞めそうです」

「誰の担当だ」

朝日奈から向かって左に座っていた2人が手を挙げる。

「分かった。そのまま辞めさせろ。この時点で怪しいのなら任務には向いてない。サポートメンバーの道もある。寄宿組は?」


 朝日奈は端末にメモを取りながら、淡々と話を進めていく。


「特に問題ないかと」

「同じく。素直で教え甲斐がありますよ」

「北見はちょっと他と劣りますが、やる気があるので大丈夫でしょう。射撃に関しては私に匹敵する腕です」

朝日奈の問いかけに、瀬名、櫻庭、日下部が順に答える。

「――わかった、じゃあ来週からのDランに出られるのは6人だな。海堂に伝えておく」

海堂、というのはISPの任務統括総長の名である。隊員全体への、任務の割り振り等を担当している。

「じゃ、引き続き頼む。何かあればいつでも報告してくれ」


 ミーティングはそこで解散となった。人がはけ始めたとき、朝日奈が思い出したように、「ああ、そうだ」と、瀬名と櫻庭を呼びとめた。

「近いうちにあいつらに模擬戦を見せたいと思ってる。お前らに頼めるか」

瀬名と櫻庭は顔を見合わせる。

「……分かりました」

「ボーナス、よろしくお願いしますね」

内心嫌そうな2人の様子を見た朝日奈は、

「バディ同士の模擬戦はベテランでも嫌がる。気持ちはわかるが、お前らにとってもいい機会だろ。楽しみにしてるぞ」

と言って、2人の肩をドンと叩いた。

「ところで、城川はどうなんですか?」

ミーティングルームにいるのが3人だけになったところで、櫻庭が朝日奈に尋ねる。

「良くも悪くもふつうだよ。テストのときはまぐれだったのか……追い込まれると力発揮するタイプかもな」

「かといって、追い込まないでくださいね。人手不足なんですから」

「ははは」


朝日奈の乾いた笑い声が、ミーティングルームに響いた。









 訓練が始まって、1ヶ月も過ぎた頃。

ミナトは、追い込まれていた。


 先日から、基礎訓練ベーシックで「戦闘訓練」、実戦訓練アドバンスで「模擬戦」が追加されていた。任務でmessengerが最優先すべきは、情報を守り切ることであって、襲撃者の撃退ではない。しかし、情報以外はどうなってもいいというスタンスで攻撃をしてくる襲撃者をかわすためには、こちらも相応の戦闘能力が求められる。

 ベーシックの「戦闘訓練」は、主に抗重力シューズを活かした体術の習得と強化。

アドバンスの「模擬戦」は、任務中の襲撃を想定した、仮想空間での戦闘訓練である。

どちらも教育係の先輩が、自分の任務の合間を縫って相手をしてくれるのだが、

ミナトの教育係、朝日奈は信じられないくらい強かった。



 最初の戦闘訓練の日。

 朝日奈から訓練用のペイント銃と、抗重力シューズを渡されたミナトは、

「拳でも蹴りでも銃でもいい。俺に一発でも、きちんと攻撃を入れられたら、合格だ」

と言われた。

 どんなきつい戦闘訓練になるかと身構えていたミナトは、そんなものでいいのかと、拍子抜けした。決して先輩の力を侮っていたわけではないが、いくら戦闘に長けていた相手だとしても、こっちだってそれなりに武術の経験がある。

 ペイント銃も、シューズもあるのだから、上手く組み合わせれば一発くらい、と。


 ―――が、すぐにその考えが甘かったことに気づかされる。


朝日奈との距離を詰めようとした刹那。


 「……???」


ミナトは、気づくと床に転がっていた。

トレーニングルームの天井が見える。何が起きたのか分からない。

全く見えなかったが、どうやら朝日奈がミナトより一歩早く動いて背後に回り込み、足をかけられたらしい。

「さあ、本気で来ないと当らないぜ」

もう一度。結果は同じだった。こちらが攻撃にうつる前に、足を絡め取られて床に転がされる。結局、2日目も3日目も、ミナトの攻撃が入ることはなかった。


 そして「模擬戦」。

 教育係が「襲撃者役」として仕掛けてくる攻撃をかわしながら、時間いっぱい情報(が入っている想定のカラのケース)を奪われないようにする、仮想空間での訓練である。

 5分間、仮想空間で情報を守りきらなくてはならないのだが、ミナトは何度やっても1分と保たなかった。体術の技量以前に、脚力、敏捷性アジリティ、すべにおいて朝日奈に劣るせいで、「敵と距離を取る」という単純なことをさせてもらえないのだ。入隊式の次の日のテストで、朝日奈の攻撃をかろうじてかわせていたのが奇跡だったことに気がつく。


 実際の任務に近い形だけに、自分がmessengerに向いてないのでは、とミナトはひどく気落ちした。

 「あ、城川。朝日奈さんは規格外だから、落ち込んじゃだめだよ」

暗い表情でトレーニングルームから出てきたミナトを見て、たまたま通りかかった櫻庭さんが声をかけてくれた。

 「……やっぱりそうなんですか?」

 「朝日奈さん相手に5分は俺でも無理。現役トップの瀬名でギリかなって感じ。新人きみたちなら1分守り切れれば充分でしょ」

うすうす気づいていた。自分が弱すぎるのかと思ったが、朝日奈が異常なのだ。

抗重力シューズがあるにしても、同じ人間の動きとは到底思えない。


――というような訓練での苦労話を、ミナトはよくヒイロにこぼしていた。

「ほんと毎日、力の差を見せつけられて心折れそう……」

「朝日奈さん、現役時代から最強って呼ばれてたらしいからね」

「どうしてそんな人が僕の教育係になっちゃったんだろ……」


 戦闘訓練が始まったことで、ミナトたち新人は教育係の先輩の都合によって訓練の終わる時間がバラバラになった。そのため最近は別々に夕食をとるようになっていたので、ミナトがこうしてヒイロとゆっくり話をするのは、就寝前のことが多くなった。

 「――瀬名さんはどんな感じなの?」

ミナトが筋肉痛予防のストレッチをしながら何気なく聞くと、ヒイロは訓練を思い出したのか顔がこわばる。

 「……すごく、厳しい。というか、容赦ない。それに俺もまだ、1分守り切れてない」

「へぇ~。普段の様子からは想像つかないけど……あ、でも確かに瀬名さんは、現役トップだって櫻庭さんがいってたよ」

「そうなんだ、やっぱり。……めちゃくちゃ強いもんな」

ヒイロが納得がいった、というようにうなずく。

「来週からは、Dランク任務も始まるんだよね。はぁ~大丈夫かな」


 Dランク任務は、一般郵便物―――つまり私的文書、契約書類等(未記入)等の移送を受け持つ任務だ。企業間でのメール文書が多く、本部で情報を受け取り任務へ出るA~Cランクとは異なり、現地で直接受け取って、指定場所へと届けることになっている。

「それまでに先輩相手に1分は守りきれるようになりたいな。お互い」

「そうだね…がんばろ」


訓練の日々は、もうしばらく続く。 


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