File.04 初任務へ


「――君たちにはこれから、任務に行ってもらう」 

「?!任務……ですか?」


ミナトとヒイロは予想外の言葉に驚愕する。


ここはISP本部の最上階。時刻は午前8時。

ちょっとしたホールぐらいの広さがある長方形の部屋の壁は、上から下まで窓。


窓際には、瀬名さんと櫻庭さんが立っている。

その部屋――指令室にくるようにと連絡が入ったのは朝起きてすぐ。

2人は早めに朝食をすませ、スーツに着替えて現在に至る。

入隊式の次の日である。今日の予定を確認するんだろうくらいに思っていたら、まさかの任務ときた。


「ものは試しってね。なあに、ただ文書を一枚届けるDランク任務だから大丈夫。任務の雰囲気もつかめると思うし」


僕ら2人と対面している、これまた大きなデスクの、大きないすに腰掛けている男――くすのきソウイチロウ司令は、小型の銀色のアタッシュケースを半ば押しつけるように僕に手渡した。


 あれ……?実際の任務はしばらくさせてもらえないんじゃなかったっけ!?

 

「距離も遠くないし大丈夫だとは思うんだけど、一応武装はしていってくれ。銃の使い方は……使わないと思うけどいずれは使うから説明しておこう。瀬名、よろしく」

「はい」


 司令に指名されて、僕たちの前まできた瀬名さんは、それぞれに透明なケースを手渡した。

 ずっしりと重い――中身はもちろん銃。

 

 「……まず、隊員が持つ銃はあくまで自衛のためで、こちらから積極的に発砲することはないってことは覚えておいて」

 そういって瀬名さんは腰から自分の銃を取り出す。


 「この銃は3つ機能がある。側面のスライダーで3段階に調節できるようになってるんだ。弾は麻酔弾と実弾があるから、取り扱いに気をつけること」

 瀬名さんが引き金に指をかけると、音声が流れた。

 

 [正しい指紋が認証されました。トリガーを解除します。]


そして側面のスライダーを一番奥へスライドさせる。すると銃身が緑色に光った。

 

 「これがモード1、麻酔弾。30分程度、相手を麻痺させて無力化することができる。それで……」

  

瀬名さんが今度はスライダーを真ん中まで引き上げる。


 [実弾をセットします。慎重に照準を合わせてください。3秒後に射出可能です]

と音声が流れ、こんどは銃身が赤色に光った。

 

 「これがモード2の実弾。いくら襲撃者でも殺していいわけじゃないから、こっちはあんまり使わないって思うだろ?」

 「つ、使うんですか……?」

ミナトはおそるおそる聞き返す。

 

 「ほとんどこっちだね。威嚇いかくとか牽制けんせいに使ったりもそうなんだけど……抗重力シューズがあるだろ?任務ではあれを履くのは知ってると思うけど、相手も持ってると空中でやり合うことになるから、麻酔弾だとかえって危ないことがある」


 ”抗重力シューズ”とは、重力に逆らって空中を歩くことのできる靴のことである。50年程前に開発されたが、不要な事故をふせぐために現在使用許可が出ているのは工事業者や警察などの一部の職業に限られている。ISPの隊員もその1つで、任務の際に妨害から効率よく逃れるためシューズを常用している。しかし、裏ルートで入手したシューズを使って、妨害してくる襲撃者もいるらしい。

 

詳しい仕組みはよくわからないけれど、靴底にふれた分子をうまく組替えて、瞬間的に足場をつくり出しているらしい。なるほど、バランスが大事な空中で麻酔なんか撃たれたら――――地面に真っ逆さまだ。


 納得した様子の僕とヒイロをみて、瀬名さんはさらに続けた。

 「そして最後がモード3、――櫻庭!」

 「はいはい」


瀬名に呼ばれた櫻庭は、その意図を理解したようで、上着の内ポケットから紙の束を取り出す。そして胸の前に掲げた。

スライダーを一番手前に引き上げた今、銃身は青色に光っている。


 [情報を保護するため、対象を破棄します]


 -バシュッ!


瀬名が櫻庭の手元に向かって引き金をひく。

軽い音がしたと思った、次の瞬間。

櫻庭の持っていた紙の束が青色の炎に包まれ、ハラハラと跡形もなく燃え尽きた。


「これは最終手段。情報が敵の手に渡りそうになったら使うんだ。そのアタッシュケースは特殊な素材だから、ケースごと破棄できる。任務は失敗ってことになるけど情報を渡さないことが一番だから、迷わず使うことも必要になる」


 モード1が麻酔で、緑色。モード2が実弾で赤。モード3が情報破棄で青色。

 

 「ざっとこんな感じかな。……まあ今日はどれも使わないと思うけど」 

一通り説明し終えた瀬名は銃を腰に戻す。


楠司令は満足そうにうなずくと、僕らに向かって言った。

 「誘導マップはもう君たちの端末に送信してあるけど、第9区のB-26にある公益産業ビルね。受付に渡せばわかるから」



 こうして2人は、軽くて動きやすく、丈夫な素材でできた任務用のスーツに着替え、抗重力シューズをはいて、早くも初任務に出ることになった。

 たまに任務中の隊員を街で見かけてあこがれてはいたが、まさかこんなにはやくこれを着ることになるとは……。


 「緊張しなくても大丈夫。狙われるほどの文書でもないし」

 「そうそう。お使い程度に思っていってきなよ」


 瀬名さんと櫻庭さんが、本部出発時刻と到着時刻を登録するゲート(ゲートは六角形の短いトンネルのようになっていて、中を通り抜けると自動で記録が残るようになっている)まで見送りに来てそう言ってくれた。だからミナトはいきなりの初任務に驚きながらも、どこか安心してヒロトとともにゲートをくぐった。

 


このとき、ミナトたちは気づいていなかった。本部を出て行く2人の後ろ姿を、どこか申し訳なさそうな顔で見送る瀬名と櫻庭の表情に。




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