File.03 バディ

  「えーと、8ーBは……ここか。」


 7Fの簡素な作りの長い廊下を歩き、目的の部屋の前までたどり着く。

白い壁に直接型どったかのような、フラットなドア。

横の小さなモニターが、中に人がいることを示す緑色に光っている。

――あれ、もういるみたいだな。

左腕の端末をスキャンさせると、音声に切り替わる。


 「同室になった城川ミナトです。入ります」

 [どうぞ]


その声とともにドアが開いた。

中に足を踏み入れると、僕が入ってきた音を聞いて顔を上げた、部屋の奥にいた人物と目が合う。

 

 「神崎かんざきヒイロです。よろしく。」


 明るめの茶髪に、くっきりした目鼻立ち。神崎ヒイロと名乗った人物は、人気俳優だと紹介されても納得できるほどイケメンだった。華やかな顔立ちと対照的に、どこか落ち着いた雰囲気がある。

 必要最低限のことしか言わない主義らしく、それだけいうとすぐに荷物の整理に取りかかってしまったので、僕が話しかけた。


 「よろしく。名前……ヒイロって呼んでもいい?」

ヒイロは顔をあげて、うなずいた。

 「僕のことも呼び捨てでいいよ。荷物片付けたら一緒に施設見にいかない?」

ヒイロは少し驚いた様子だったが、「いいよ」と答えた。


 部屋は一般的な1戸建てのリビングくらいの広さで、中央に小さいソファと丸テーブルが置かれていた。壁をくりぬく形で上下にベットが2つ。この寝室スペースは、ブラインドを下ろすと完全にプライベートルームになる。

 収納はすべて壁の中にできるようになっているので、部屋は広く見えた。

僕はカプセルホテルみたいだ、と思った。








 約1時間後に片付けを終えた二人は、施設を回るため部屋から出た。


 「うわ、ほんとに広いな。迷いそうだ」


 ISP本部には、クライアントの情報や、任務内容に関わる重要な機密を閲覧できるデータベースがある。そのため、内部の構造が外部に漏洩リークして、情報管理の要となる施設がテロなどで占拠されないように、マップが作成されていない。

つまり、はやく自分で覚えないといけない。


 8階は司令本部、つまりお偉いさん方がいるエリアで、それより上の階は隊員でも許可が無いと入れないようので、僕たちは下へ下へと降りていくことにした。書庫や資料室ばかりで、人気ひとけが全くないフロアもあった。

 「静かだな……にしてもこんなに大きな書庫ってはじめて見るね」

 「アナログの書類自体がめずらしいしいからな。図書館とかも少なくなったし」

などという雑談をしながら、中央の吹き抜けとエスカレーターがあるところまできた。

 部屋で片付けをしていたときから感じていたが、ヒイロはどちらかというとおとなしく、愛想があるタイプではない。それでもミナトは不思議と、話しやすいと感じていた。

 

 吹き抜けを覗くと、はるか下で職員や隊員らしき人が忙しく動き回っているのが見える。下に降りようとして、エスカレーターに足をかけたとき、横並びの上りエスカレーターから入隊式の時隣にいた女の子が上がってきた。

 向こうも僕らに気づき、「あ」と声をあげる。

「同期の隊員の人ですよね?わたし、庶務で採用になった、花園はなぞのカリンといいます。よろしくお願いします」

 エスカレーターを登り切ると、彼女は近づいてきてそう言った。

僕は平静を装って、できるだけ笑顔で答える。

 「こちらこそよろしく。城川ミナトです」

 「神崎ヒイロです」

軽く頭を下げたヒイロをみて、花園はちょっと顔を赤らめる。

 イケメンは得だなあ。

 

話によると彼女も寄宿組で施設を見学していて、これから部屋に戻るらしい。

 「同い年だし、敬語じゃなくてもいいよ。」

僕がそう言うと、花園はうれしそうに、

 「本当?じゃあ城川君、神崎君、明日から頑張ろうね!」

と手を振って、去っていった。

 「いい子だね」とヒイロに同意を求めたけれど、あまり興味がない様子だったので、内心ほっとする。

 本部内には他に、トレーニングルーム、カフェテリア、ラウンジなどもあり、かなり充実している印象をうけた。1階の医務室の前まで来たとき、


 グゥ~~~


 恥ずかしながら僕の腹が鳴った。

気づけば時間は18時を超えようとしていて、2人は夕食を食べに行くことにした。







 3階のカフェテリアには、既にたくさんの人がいた。

入り口のマイクに向かって注文すると、基本的に何でも出てくるようである。

何万というレシピがインプットされた調理用AIがすでに一般家庭にも普及している。

2人は無難にカレーを注文した。ものの十数秒で、レーンにできたてが流れてくる。   他に空きがなかったので、2人は4人がけの窓際の席に座った。

 

 「「いただきます」」

 

 食べ始めようとすると、横から 「隣いい?」と声をかけられた。

顔を上げると、入隊式の後にみかけた黒髪と金髪の男(瀬名せなさんと櫻庭さくらばさんだっけか?)がプレートをもって立っていた。

 「あ……どうぞ」

 「ありがとう」

そして僕の隣に瀬名さん、ヒロトの隣に櫻庭さんが座った。


 「この時間に食べられるの久しぶりじゃない?」

 「ああ、入隊式様様だよ、任務が1件で済むなんて」

 「にしても混んでんね。――ま、今日は全員 出勤てるから仕方ないか」


すると隣に座った瀬名さんが、

 「今日新しく入った隊員だよね。広いだろ?本部」

と、新人2人だけでは話しにくいこの状況を気遣ってか、話しかけてくれた。

 

 「はい。広くてまだ回り切れてないです」


その流れで、4人は食べながら互いに自己紹介をすることになった。

 「俺は瀬名マヒロ。この仕事は5年目になる。よろしく」

 「瀬名と同期でバディの櫻庭シュウヤ。わからないことあったら何でも聞くといいよ、新人たち」

 「こいつ困ったやつでね、任務中だろうがなんだろうがかわいい子みると声かけにいく女たらしだから、櫻庭はあんまりあてにならないよ」

 「心外だなあ、瀬名はまじめすぎるの。それだからいつまでも彼女できないんだよ」

 「余計なお世話だ、おまえもいないだろ」


messengerの隊員はもっと厳格な雰囲気の人がたくさんいるイメージがあったので、僕はあっけにとられてそのやりとりを聞いていた。それはヒイロも同じだったようで、食事の手がさっきから止まっている。


「バディってなんですか?」僕は機を見計らって、気になったことを尋ねた。


「任務は基本ツーマンセルなのは知ってるね?その組み合わせは任務によって毎回変わるんだけど、特に重要な案件は相手が決まってるんだ。簡単に言うと任務で1番よく組むことになる、相方ってところかな」

「”青の思考回路”が選んだ、ベストな組み合わせらしいよ」

瀬名さんのわかりやすい説明に、櫻庭さんが付け足す。


 ―――システム、”青の思考回路”。

 この国の人間すべての情報を管理するAIのことだ。

生体マイクロチップの導入と同時に、運用が始まってもうすぐ100年になる。”青の思考回路”は、住所やいった職業といった書類的な情報だけでなく、マイクロチップを通して個人の心身の健康状態、行動や思考のパターンなど実に様々なデータを常に集積している。そのデータは、個人端末の運用、商品開発、採用人事などに幅広く応用され、今や社会の円滑な運営に欠かせないものとなっている。


「性格、趣味嗜好、知能指数、ポテンシャル……トータルでみて1番相性がいいと判断されたってことだね、俺と瀬名は」

「俺はこいつと相性がいいと感じたことはないけど。あくまで同期の中でって話だからな」

「冷たいな~、今日の任務だって俺抜きじゃ厳しかったでしょ」


 なるほど。同期の中で1番合う相手、って感じか。

僕のバディは誰になるんだろう。まだヒイロ以外の同期に会っていないけれど、気になる。

 そんな僕の心の内を読んだかのように、櫻庭さんが驚くようなことを言った。 

「2人とも寄宿組?もしかして同室だったりする?」

「はい」

「あーじゃあたぶん、城川のバディは神崎だね」

「「 えっ 」」

ミナトとヒイロは顔を見合わせる。

 「バディが正式に決まるのは入隊1年後なんだけど、採用になった時点でもう思 考回路の判定は出てて、それを参考に部屋割りも決めてるらしいよ。だから寄宿組は十中八九同室になった奴がバディってこと。俺たちも同室だったし」


 そうか、だからヒイロは話しやすいのか…?

今日初めて会う相手と同室で、それなりに気苦労することは覚悟していたのだが、なんというか、一緒にいてストレスがない。

 

 それにしても、瀬名さんは厳しそうなイメージとは裏腹に話やすいし、櫻庭さんもなんだかんだいって面倒見のよさそうな人だったので、僕は安心した。

 

 「いろいろ教えてくれてありがとうございました。」

 僕とヒイロは、先輩2人にお礼を言って席を立った。

 部屋に戻ると、時間は19時を回っていた。その後部屋の設備を確認したり、シャワーを浴びたりしていると結構な時間になったので、早めに寝ることにした。


 慣れない空間にいて疲れていたのか、眠気はすぐに訪れた。

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