File.02 入隊式

 

 時は、ミナトが第8区画に到着する約2時間前に遡る。


 第3区画の廃工場群。

銃声と、複数人の足音が反響するコンテナ置き場の合間を、ダークグレーのスーツの男2人が駆けていく。


「"リバティ"の連中……だよな?今日はずいぶんしつこいねぇ」

「あと500mで居住区だ。このまま突っ切るぞ」

「了解」

 

 コンテナ置き場を抜け、空き地のように開けた場所に出たところで、2人は突如足を止めた。約200m先には、マンションやアパートが建ち並ぶ、3区の居住区が見えている。2人の狙いは、部外者アウトサイダーである襲撃者が侵入することができない、居住区へ入ることである。そのためにはこの空き地を通過しなくてはいけないが、見晴らしのいいこの場所で追っ手に姿をとらえられるのは危険だ。

 今この時にも、背後の足音は着々と迫っている。


 2人は、素早く視線を合わせてうなずく。と同時に、2人の内の1人、小型のアタッシュケースを持った黒髪の男が走り出す。


 2人を追ってきた三人の男たちは、その数秒後に同じ場所にたどり着いた。居住区に向かって走って行く、黒髪の男の後ろ姿をとらえる。


「いたぞ!」


 1人が叫びながら、その背中に向かって銃を構える。その瞬間。


――――ドシャッ


 3人の男達は、一斉に崩れ落ちた。


コンテナの陰に隠れていた金髪の男が、銃をゆっくりと下しながら微笑む。


 「おやすみ」



・ 


 






 ――よかった、無事に着けた。

 ISP本部のエントランスで、ミナトはほっと一息をついた。時間も余裕だ。

10階建てというと、第8区画の中では低いような気がするISP本部は、宿舎のある7階を除いて天井が高く設計されているためか、実際はかなり高い建物だった。エントランスから6階までが吹き抜けになっていて、各階に最新のテクノロジーを反映した設備がある。 

 入隊式は、その3階のホールで行われた。

内容は、規定の読み上げと、任務のシステムや隊員の心構えを確認した後にそれに正式に同意する、という簡素なもの。意思確認の時に返事さえすれば、あとはただ突っ立っていればいいにもかかわらず、ミナトはずっと緊張しっぱなしだった。

 ミナトたち新人は、300人近くの前に立たされていたからである。隊員の数自体は100もいないはずだが、入隊式は情報管理局全体の顔合わせを兼ねており、エンジニアやオペレーターなど、サポートチームを含めるとかなりの人数になるようだ。

 

 そしてもう1つの原因は、式の直前に、施設内で見かけた女の子だった。

「すみません、乗ります!」

エレベーターにぎりぎりで飛び込んできたその子に、僕の目はくぎ付けになった。印象的な目尻のほくろ。スタイルが良く、肩より少し下まで伸ばした桃色の髪にはウェーブがかかっている。

 つまり、ストライクだったわけだ。

 

 そして、その子がなんと、今隣に立っている。

隊員として採用されたのはミナトを含めて8名。隊員が先にホールに入り、タイミングをずらして入ってきた新規のサポートメンバ―の中に、その子はいた。

 同期だったんだ…!

嬉しいような、何かに期待するような。ふわっとした気持ちになったのはほんの一瞬で、その子が横に並んだ瞬間から、ミナトは二重の意味で緊張することとなる。


 自分がきちんと返事できたか記憶に残っていないが、気がつくと式は終わっていた。本格的に仕事に入るのは明日からということで、新しく入った隊員は完全に解放された。

 進行していた人の話によると、

 「今日は帰ってもいいし、邪魔にならない程度に施設見学でもするといい」

とのことだった。



 

 ミナトはひとまず、今日から住む宿舎ドミトリーに行くことにした。

部屋は前に一度手続きに来たときに覗いていたが、送った荷物をほどく時間はなかったのでそのままにしてある。

 それに、入隊から3年間は同期との2人部屋なので、はやく同室の人にも会っておきたかった。式の時は横一列に並んでいたため同期の顔をしっかり見られなかったのだが、あの中にいたはずだ。

 宿舎のある7階に行こうと、がやがやと動き出した人々に混じってホールを出ようとした時、後ろから軽い声が聞こえた。


 「新人さんですよね?むさ苦しい男ばかりの中で輝いている方がいると思えば――痛って!!」

 

 振り返ると、どうやら金髪で垂れ目の長身の男が、さっき僕の隣にいた女の子に話しかけ、その横にいる黒髪の男に思いっきり足を踏みつけられた……という状況らしかった。


 「邪魔しないでよー、瀬名せな

 「はやく報告書レポート片付けにいくぞ、アホ。すみませんね、こいつは空気だと思ってくれて結構なので」


瀬名せな、と呼ばれた黒髪の男が真顔で金髪の男を女の子から引き離す。

最初は呆然としていた女の子だが、その様子をみてクスッと微笑んだ。

 

 か、かわいい…!

 

 「櫻庭さくらばといいます。以後お見知りおきを、お嬢さん」


キザな台詞を吐いてまた瀬名に足を踏まれた櫻庭という人物に、僕はちょっとだけ感謝した。

 

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