File.05 急襲


 「次は……こっちか」


 隊員は任務中の公共交通機関の利用は無料となっていたが、目的地がそう遠くなかったので、2人は徒歩で向かっていた。時計型の端末にナビが入っているため迷うこともなさそうで、ミナトはふつうに街を散歩して歩いているような気分になる。

 平日の午前に街を歩くのは新鮮だった。

通勤ラッシュを過ぎた時間帯、それでも大通りは人が多かった。当たり前のことだけれど、ここにいるみんなにそれぞれ違う生活があるんだなあと思うと不思議な気持ちになる。

 

 「あと少しだ」


 15分ほど歩いたところで、ヒイロが端末を確認しながら言った。

ナビに従って、大通りから脇道にそれた細い路地に入る。

 「――狭いね。こっちであってる?」

 

ビルやオフィスに挟まれたこの路地は200メートルほど続いていて、路地を抜けた先の通りを曲がったところに目的のビルがあるようだ。

日中だというのに、路地はビルの陰になっていて薄暗かった。

高い建物の間からの覗く青空はやけにまぶしく、遠くにあるようにみえて、見上げると目眩めまいがしそうだった。

 しそう、というか上を見上げた僕は、一瞬の鋭い光に目がくらんで、少し前のめりになった。


 ――なんだ、今の?


 「おい、大じょ……」

 

 ―――ドンッ

 

少しふらついた僕を心配して手を伸ばしかけたヒイロと僕の間の地面に、鈍い音をたてて何かがめり込む。


銃撃だ、とすぐには理解できず、2人とも数秒固まっていた。


しかし、次の銃声を合図に、2人はほとんど本能的に走り出した。


 「これDランク任務じゃなかったっけ!?なんで狙われてんの!?」

 「俺に聞くな!」

僕は半ばパニック状態で、半分叫びながら走る。

 「いちおう銃を!」


 ヒイロにいわれてハッと気がつき、急いで銃をとりだす。ヒイロは割と冷静だ。

全力で走りながらの、初めての操作にもたつきながら、モード1を起動させておく。実弾を使う勇気はまだない。


 もう少しで通りに出られる!

そう思った瞬間、視界が灰色で覆われる。

 目の前に、灰色のパーカーのフードを深くかぶった男が飛びおりてきたからだ。男は地面に足がつく直前で、空中で静止する。


 抗重力シューズだ!


道をふさぐように立ったその男は、片手に拳銃をもっていった。

あまりにも一瞬のことで反応が遅れたが、2人はそれぞれ麻酔弾を発砲した。


 この至近距離。絶対に当たる、と思った。


男はそれらすべてをかわして、ものすごい速さでアタッシュケースを持ったミナトに殴りかかってくる。

 

「!!」


ミナトは男の拳を左頬に受けながらも、足の裏に力を込めて後方に飛ぶ。

考えてそうしたのではなく、ダメージを最小限にするための防衛本能だった。

抗重力シューズのおかげで、自分が思ったよりも男との距離がとれる。

男が殴りかかった反動で少し体勢をくずしたのを見逃さず、ヒイロが足払いをかけようと前に出る―――



 僕は目がいい。フードのせいで顔に影が落ちて表情が読み取りにくくかったが、今確かに男の口角が上がった。


 「ヒイロ!だめだ!」


 嫌な予感がして、ミナトは叫んだ。

明らかにわざと体勢を崩して準備していなければできないような、重い蹴りがヒイロを襲う。

 ドゴッ、といやな音がしてヒイロがビルの壁にたたきつけられ、地面に落ちる。

駆け寄ろうとした僕に、男はすかさず襲いかかってくる。


 「っ…!」

 全身から冷たい汗が噴き出るのを感じる。それでも情報を渡すわけにはいかないという思いから、ケースをかばうようにして攻撃をかわす。

 右ストレート、避けたところで左からの蹴り。男は異様に身軽で、戦い慣れしているようにみえ、ミナトはいつまでもかわしきれないと判断した。

 そのとき、ふと男の肩越しにヒイロが痛みに顔をゆがめながらも立ち上がるのをみた。


 『イチかバチかだけど……!』


 ミナトは、右足に力をこめて思いっきり空中に飛んだ。そのまま階段をかけ上がるように空中を走る。男もすぐに反応して、追ってくる。

 よし、狙い通り。あとは―――――


 できるかはわからない。でも、やるしかない。


 ミナトは一点でふいに立ち止まり、男に向かって実弾を放つ。狙ったさきは足。

もっと言うと、シューズだ。

 ラッキーなことに、弾は避けようとして右足をあげた男の左の靴にかすめた。重力に抗うための精密機器が内蔵されているシューズにダメージをうけ、男は少しバランスをくずす。

 「いまだ、ヒイロ!」

 ミナトが下で銃を構えたヒイロに向かって叫ぶと、



 「あ―――待った待った、待った!!そこまで!」


 男は急に両手を頭の上に掲げて叫び、そのまま軽やかに地上に降りる。

そして、フフッと笑いながら言った。


 「いやー、はじめてにしては上出来じょうできだよ君たち。銃を下ろしてくれないか?」

 「「??」」

 

 何が起こっているのかよくわからないミナトとヒイロは、頭上にはてなマークを散らしたまま固まっている。ミナトは警戒しながらも、ヒイロの横におりてきて銃を下ろした。


男は、フードに手をかけ、ゆっくりとはずした。

赤みがかった茶髪に天然パーマ、少し眠たそうな目の男の顔があらわになる。

歳はたぶん30過ぎくらいだろう。


 あれ……?この顔どこかで…。


 「!!」

 

ヒロトが、あ、という風に口を開きかけて一歩後ずさる。


 「……え?なに誰?知り合い??」


見たことがあるような気がするのだが、全く誰かわからないミナトはヒイロに小声で尋ねる。

 

 「馬鹿、昨日会ったろ!この人は…!」

 「昨日?」

 「messenger84名を束ねる隊長……朝日奈さんだよ、つまり本部の長官!」

 

 「え、ええええええええ!?」

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