25 楽しむ

 光たちと合流し、バッティングセンターにて打ちっ放し特訓をした。

 俺は勿論バッティングなんて今まで経験もなければ興味も皆無だったので、フォームとかシステムとか何もかもとんと見当もつかず、光たちにみっちり教わった。教えがわかりやすかったからか、一応当てることは出来た。そのときは、運動は嫌いなはずなのに正直スカッとした。ただまぁ、普段使わないところを酷使したので、筋肉痛は免れないだろう。

 で、今は次に行くコーナーを相談中だ。この階だけでもかなりの数あるし、みんな行きたいところがありすぎてまとまらない……かと思いきや、全員の興味はある一点のコーナーに集中していた。

「あー俺ボウリング行きてー!」

「私も私も! 秋葉ちゃんはどう?」

「私も、興味あります」

 そう、地下にあるボウリング場だ。

 あとでわかったことだが、ここのボウリング場は、開店以来この施設のコーナーのなかで一二を争う程の人気で、時と場合により、飛び入り参加では遊べないレベルで子連れやら学生やらでごった返しているらしい。しかし、この日はタイミングが良かったのか、どうやら空きがあった。


 予想以上の広さだった。

 レーンが右にも左にもずらりと並んでいる。そしてそのほとんどが埋まっている。

「すごいですね~! こんな場所で特訓できるとか!」

「っ! ……そう、ですね」

 冬樹の感嘆を聞いた妹さんが何かハッとしたように見えたが、今は気にしないことにした。

 俺たちは、奇跡的に空いていた二つのレーンを陣取った。何故わざわざ二つ取ったのか説明しなければならないので説明すると、単純に人数の問題で、一つのレーンにつき五人までしかスコアを集計する機材に、これ以外にしっくりくる言い方が思い付かないのだが、登録出来ないからだ。ちなみに分け方はグッパーで決め、その結果、俺・妹さん・光・唯奈・美玲のグーチームと、冬樹・秋人・小春・初夏のパーチームに分けられた。一発でいけたのでそれはすごいと思った。

 隣の小春が改めて感動する。

「ほんとすっごく広いね!」

 唯奈と秋人が応えた。

「そうだよね。噂には聞いてたけど、近所にこんな場所ができたなんて」

「マジ、こんな楽しいとこ毎日通いてーわ!」

 俺も概ね同意見だ。一階のゲーセンもすごく広かったし、回り足りなかった。某太鼓のゲームだけでなく、他の音ゲーも充実していた。非常に楽しかったのは勿論だが、太鼓だけに熱中してしまったことが悔やまれる。また近いうちに一人で、人数はどうだって良いが、来ても良いかもしれない。スポーツの方は……考えてはおこう。何らかのアニメやゲームの特典があるなら、やっても構わないかな。

「って、一体何様なんだ俺は」

「おい、何ぶつぶつ言ってんだよ」

「あ、いや、独り言。もう始める?」

「ん。でもまず、自分に合う球を見つけねぇと」

「あぁそうか。自分で投げるんだもんな」


 多忙で必死な就活生と同じように、多種多様なボールたちが自分が選ばれるときを待ちわびている。俺たちは言わば面接官だ。質疑応答こそしないものの、自分に合っている球はどれか、我が社に合う人材は誰かをふるいにかける。実際そんな深いことは考えちゃいないが、比喩的に言えばそういうことになる。

 そうは言っても、俺はボウリングの球選びなんて初めてだ。幼い頃に一度くらいは経験しているのかもわからないが、既に記憶にはない。

 試しに、偶然目に留まった適当なものに手を伸ばす。

「これは、どうだ」

 指を入れようとするも、第一関節までしか入らない。こいつはどう見たって不適合だ。元の位置に戻し、他のものを探す。

 陳列棚の前で右往左往する俺を、見るに見かねた小春が話し掛けた。

「まだ探してるなら、あっちの方が良いと思うよ!」

「え?」

「ボールの棚って、エリア毎にサイズが分かれてるの。要さん、背高くてその分手も大きいから、ここじゃちょっと小さいんじゃないかな。あ、でも、指は少し細めだなぁ」

「そうか。アドバイスありがとう。何せ俺初心者だから、何もわからないんだよ。助かった」

「どういたしまして! スコア対決、負けないよ!」

「え、いや、対決?」

 助言をくれてありがたい、という気持ちと、対決とかそんなんいつ決まったんだよ、という気持ちと、小春に俺が勝てる訳ない、という気持ちとをごちゃまぜにさせながら、俺は教えてもらった場所に移動した。


「あれ、冬樹」

 同じ場所で、年下の親友がボールを精査していた。

「要さん! 要さんも、初夏ちゃんに教えてもらいました?」

「いや、俺は姉の方。でもお前と同じだよ」

「何にもわかんないですよね~。僕、初夏ちゃんに『流石に、ボウリング音痴すぎじゃね?』って言われちゃったんですよ」

「何だそれ」

「なかなかユーモラスな言い方だなって思って。初心者って言ったらそれでおしまいですけど、そこを言い換えるだけで、不思議と笑いが生まれるんですから」

「確かに。仲間内で使う分には悪くないよな」

 当然のことだが、仲間内で叩き合う軽口は、それ以外の人間にはとても使えそうにないものがほとんどだ。

「じゃあみんな、何かしらの音痴だな。俺は運動音痴だし、他人との関わりも苦手だから人間関係音痴だ」

「あはは、なら僕は勉強音痴でもありますかね。って、こっちから切り出しといてですけど、無駄話はここまで!」

「ま、そうだよな。早くボール見つけなきゃ、みんな待ってるだろうし」

 ボールの穴に指を入れ、そのまま片手で持つ。その単純作業を繰り返し、俺も冬樹も漸くこれだというボールに出会えた。


 周りに迷惑が掛からない程度の急ぎ足でレーンへ戻る。ほぼ全員がそこにいたが、光だけが見当たらなかった。トイレにでも行っているのだろうか。それとも、俺らと同じようにボール選びに手間取っているのか。とか考えていたら、光は何事もなかったかのように悠々と現れた。

「悪い、遅れた」

「俺らも今来たとこ。どうしたんだよ、ボール選んでた? それともトイレか?」

「あー……まぁ、そんなところだ」

 少し歯切れの悪い返事を聞いた初夏が、呆れたように大きな溜息を吐いた。何故かはよくわからないが、まぁそれといった理由もないだろう。

「うっし! みんな揃ったね! 始めんぞー!」

「ちょ……お兄声大きい、うるさい!」

 秋人の威勢の良い掛け声と共に、第一回ボウリング大会がスタートした。次回があるかはわからないが、一応第一回だ。

「あっ、まず要君だよ」

「へ? 俺がトップバッター?」

「え、パネルに名前が一番最初にあるから、そうなのかなって」

 唯奈に言われパネルに目を向けると、確かにその通りだった。おい誰が入れた? 冬樹か?

「気乗りしねぇなぁ……」

「……要君、手足長いから、上手そうなのに」

「いやいや、身長の高さと運動神経の良さは比例しないんだよ。まさに俺が証明してるから」

「いいから早くやれよ。ここにお前を笑う奴なんかいない」

「一宮さん、私も微力ながら応援します」

「はぁ、わかった。どうせやんないといけないわけだし、これじゃいつまで経っても始まらないしな」


 意を決してボールを手に取る。投げ方もコツもわからない。レーンめがけて投げたところで、ガターとなってピンひとつも倒れないのは正直目に見えている。けれど、まぁ、少しは本気でやろうとしても、それも悪くはない。

「……よし」

 深呼吸をして、勢い良くボールを投げ込んだ。が、案の定、一直線に右脇の溝に入り込み、そのまま向こうへ消えていった。

「……やっぱりな」

 口ではこう言った俺だが、周りからは非常に肩を落としているように映っていたと思う。

「気落ちすんな、最初なんてみんなこんなもんだよ」

「そうそう。少しずつコツを掴んでいこう」

「うん。そうだよな」

 みんなの励ましが心に沁みる。

 ふと、俺がトップバッターを渋っている際、光に飛ばされた言葉が反芻された。

『ここにお前を笑う奴なんかいない』──その一言が、やけに心地良く優しく、俺の心の内側に入り込んだ。本人からしてみれば何てことない冗句に過ぎなかったのかもしれないが、それが一番手を努める後押しになったと言っても過言ではなかった。

 体育の授業の際は味わえない、味わったことのない、この感覚。

 もしかして俺は──。

「運動を、楽しんでる?」


 二投目も全く同じ結果だった為、定位置を離れ、ベンチに腰を下ろす。次は妹さんの番だった。

 どこか緊張した面持ちで立ち上がり、ボールに手を伸ばそうとする。と、何故だか美玲も不意に立ち上がり、妹さんに近付いてきた。

「美玲?」

「ど、どうしたの美玲ちゃん?」

「え、な、何……?」

 妹さんも当然、困惑気味だ。

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫って、どういう?」

「……ごめんなさい、ちょっとだけ、緊張してるように見えたから」

「そ、そういうこと? 心配してくれてたんだ。なら大丈夫、ですよ。ありがとうございます」

 そう返してはいたものの、未だ表情は固めだった。

 妹さんはボールを持ち、一拍置いて、それを投げた。しかし俺のと同じように、溝に吸い込まれてしまった。

「こんなんじゃ駄目だ……」

「あ、秋葉さん、フォームは悪くなかったから、コツさえ掴めれば、次からは絶対に一つは倒せると思うよ」

「……お心遣い、ありがとうございます」

 ぺこりと一礼した妹さんだが、その表情は険しく、余裕といったものも感じられなかった。先程、バッティングセンターにいたときまではそうでもなかったのに、何かに追い詰められている風だった。

 一体どうしたんだ……?


 妹さんの二投目。

 本人がそうだからか、心なしか緊迫した空気が辺りを包み込む。

 それを察知したのか、光と唯奈が声を掛ける。

「そんな固くならないでいい。もっと肩の力抜きな。そっちの方が当たる」

「うん、難しいかもしれないけれど、リラックス」

 これで実際リラックスできれば良い。だが、良かれと思って掛けた言葉が、その相手の心ではなく喉元に突き刺さる場合もあると、俺は知っている。

 妹さんの顔色を覗いてみる。

「……」

 ……とても、リラックスできているようには見えない。

 そんな彼女に、俺ができることは何だ?

 そもそも、何で彼女はいきなりこんな様子に?

 ──何だろう。その理由、俺が一番知らなきゃいけないような気がする。

 考えてみよう。まず、ここへ来たのは妹さんの特訓の為だ。代理である兄からの依頼を受け取り、まさに今それを遂行している最中だ。彼女の通う中学で近々体育祭があって、そこで、一念発起して取り組んでいる。

「足を、引っ張らないように……?」

 彼女は、とてもしっかり者だ。出会って数分でわかる程の。俺たちに対しても「時間をわざわざ割いてくれた」と恐縮していた。

 そして彼女は、自分の運動神経に自信がない。そんな人間が、非常に肩身の狭い思いをするイベントの一つが──。

「──何だよ、考えるまでもなかった」

 簡単なことだった。何故、今の今まで気付けなかったのか、不思議に思うのを通り越して憤りさえ覚える。


「おーい、ちょっと良いかな」

 気付いたら俺は、二投目を投げようとする妹さんを呼び止めていた。

 彼女は勿論、光たちも怪訝そうに俺を見つめる。当たり前だ。今から四度目のホイッスルが鳴らされようとしているときに、突然の観客席からの発声。しかも当人からしてみれば、不意に碌な会話もしていない奴から呼び掛けられた訳だし。

 最初に、当惑気味に口を開いたのは妹さんだった。

「ど、どうかしましたか?」

「あーいや、少しな」

 しかし、脊髄反射的に声が出たも同然だったので、言いたいことは全く纏まっていない。

 とりあえず、いくら奇特な目で見られたとしても、赴くままに話すか。はっきり言って、そういう経験は嫌という程ある。

「えっと、昔から俺ってすげぇ運動嫌いなんだよ」

「はい?」

 いきなり何を言っているんだ、それが流れをせき止めてまで話すべきことか、という意味を孕ませたであろう相槌。周りからは挙動不審にしか映っていないに違いない。

「物心ついた頃から比べられてる感じがしてさ。運動はできた方が優秀だ、的な押し付けがましい風潮を幼心に覚えた、て言うべきかな」

「はぁ」

「わかってんだよ、得意不得意なんか誰だってあるってことは。でも『できて当然』ができない、身体を使う行事で周りの足を引っ張る。そんな自分が許せなかった。それでしょっちゅう自分で自分を責めてたんだけど、急に馬鹿らしくなっちゃったんだよ。何で俺こんなことしてるんだろう、運動なんて別にできなくたって良くないか、少し動けるくらいでみんな何をそんなに威張ってるんだ、俺を見下すな、俺を笑うな、って」


 あー、長くなってんな。もっと簡潔明瞭にするつもりだったのに。こういう、長々と自分語りして結論を全力で引き延ばす奴、俺も大嫌いなはずなんだけど。事実、現在俺は数多の訝しげな視線に囲まれている。聞いてる側はうんざりに決まってるよな。

 そろそろ締めにかかろう。

「ごめん長くなったけど、まぁ、結局何が言いたいのかというと」

 彼女の、愚直さと篤実さが綯い交ぜになった両眼を見据える。


「そんなに自分を追い詰めなくて良いんだよ。できなくたって良い。堂々としてりゃ良いんだ」


「──!」

「いや、勿論周りの足を引っ張りたくない気持ちは大事だし、その姿勢は素晴らしいと思う。だけど、それに囚われすぎた結果、自分の身滅ぼしたら意味ないだろ」

 目を大きく見開かせ、唇を噛み締めながら、俺の言葉に耳を傾ける妹さん。

「まぁ要するに、頑張りすぎるな、無理するな、的な。うん、そういうこと。あ、とは言っても、サボりすぎも良くないからな。俺みたいになっちゃうし。いやこれは助言するまでもないか」

 自嘲気味に笑って締めようとすると、後ろから幾つか声が聞こえてきた。

「ったく、急に話し掛けるもんだから、何事かと思ったぞ」

「要君がこうやって進んで発言すること、あまりないもんね。でも、すごく良いこと言ってた」

 あと、どうやら隣の試合も一時中断させてしまったらしい。

「要さ~ん、何ですか、かっこつけちゃって~」

「ついこっちまで聞き入っちゃったよ~」

「今日一喋ってたよな」

 これは、勝手に彼女にシンパシーを感じた俺の、独り善がりな説法だ。故に、彼女が何を思い、どんな感情を抱いたのであっても、これ以上は俺の干渉すべきところではない。

「悪い止めちゃって。続けて」とだけ告げ、持ち場に戻ろうとする。

 と、ずっと声が聞こえなかった彼女の兄──秋人が、ふっと俺たちに小走りで近づいてきた。その表情は、真剣そのものであった。

「お兄?」

「いや、ちょっと俺も言いたいことあって。まず要さん!」

「お、おう」


「ありがとう」

「え?」

 何を言われるのか一瞬だけ身構えたが、秋人から告げられたのは感謝の言葉だった。

「実は俺も、全くおんなじこと思ってて。でも、どう伝えりゃ良いのかわかんなくて。なのに要さんは、しっかりと言葉にできてた。俺の気持ち──代弁してくれた」

「秋人……」

 まるで正反対の彼ら兄妹。同じ言葉を掛けられたとしても、受け取り方は違う。秋人はそれを痛い程理解していて、だから、妹さんを励まそうにも励ませなかった。己の言葉選びが原因で誤解を招く事態を危惧した。

 妹さんも、面食らった様子だ。

「見抜かれてた、んだ」

「そりゃあ、ね。正直秋葉が依頼するってなったときからちょっと不安だったし」

「そんな前から」

「兄ちゃん舐めんなよっ」

「……ふふ」

 久々に彼女の顔が綻んだ。

 やがて、床に視線を落としながら、訥々と語り始める。

「一宮さん……と、お兄の言った通りです。今回の特訓、皆さんにご協力していただいているのもあって、気が張っていたというか。おかしいですよね、自分から依頼した癖に。それでも途中、純粋に楽しんでいる私もいたんですよ。なのに、ふとこれは『特訓』なんだって思い出してしまって。真剣にやらなければならないのに、って」

 でも、と顔を上げた。

「一宮さんの言葉で、少しだけ、肩の荷が下りたような気がします。本当に、ありがとうございました」

 深く綺麗なお辞儀と共に、お礼の言葉を述べる妹さん。が、その頭はすぐに上げられ、次のように言葉が続いた。


「あと、お言葉ですが、一宮さんは運動嫌いじゃないと思います」

「……え?」

 予想外の言葉に、思わず聞き返す。

「だって、今日ずっと楽しそうにしてらしたじゃないですか。少なくとも、私の目にはそういう風に映りました」

「いや、でも」

 良い返しが見つからず、口籠ってしまう。

 俺は、運動嫌いじゃない? そんなこと、だって俺は、ずっと運動という存在に苦しめられてきて、楽しいと思えた瞬間なんか今まで一度も……。

  それじゃあ、 今日、俺は確かに、いなかったか?

 嫌いなことをやっているとき、楽しめる奴なんかいない。嫌いだからだ。なら──。

「そっか、俺」

 俺が本当に嫌いなのは──人と比べられ、執拗に下げられることなんだ。

 幼少期から運動で優劣の差をつけられ、やがて身体を動かす行為が、それ自体が嫌いになった。そう思い込んでいた。

 今日ここまでやってきてわかった。周囲からの査定のない運動は、こんなにも楽しいんだ。

「あの、すみません、おかしなこと言いましたか?」

「あ、ううん。ただ、その通りだなって思って」

 それに気付かせてくれた、この場にいる仲間たち全員に、感謝の意を捧げたい。

「それより、マジで滞っちゃってるから、早く再開しよう? 俺も……やりたいから」

「楽しもう、秋葉!」

「あ──」

 妹さんが、観客席の方にも視線を投げ、俺たち全員と目を合わせた後、声高らかに叫んだ。

「──はい、楽しみましょう!」


     ○


「たっだいまー!」

「ただいま」

 特訓帰り、家のドアを勢い良く開けるや否や、リビングにいる両親に二人揃って挨拶する。

「おかえりー! 特訓はどう? 楽しかった?」

 母ちゃんが、今日のことについて尋ねる。

「うん、マ~~~ジで楽しかった!」

「そっか、そっか~! 秋葉はどうだった?」

「私、は」

 一瞬だけ、言い淀んだように見えた秋葉だが、すぐに頬を緩めた。

「うん、私も、すごく楽しかったよ」

「ふふ、そっか、良かった」

 母ちゃんも、新聞を黙読している父ちゃんも、心の底から安堵している様子だ。無論、それは俺も。

「楽しかったかぁ~。具体的にはどんな場面が?」

「お兄にはもう帰り道で散々言ったでしょ。その台詞も、耳にタコができる程聞いた」

「何だよそれ~。こういうのは何度でも聞きてーじゃん」

「そんなことより、お兄テスト勉強はしてるの? もうすぐ期末じゃない」

「そっ、それは禁止カードじゃね?」

「いいから、部屋戻って勉強しなよ。また赤点とったりでもしたら、高崎さんたちに何言われるか」

「あーもーわかったよ! やりゃいいんだろ? 秋葉も頑張れよ!」

「はいはい」


 俺にはもう一人口うるさい親がいるみたいだ、と思いつつ、リビングを後にする。

 部屋のベッドに飛び込みくつろぎ、何の気なしにカレンダーへと視線を向ける。確か秋葉ももうそろそろ期末だったはずだ。延期になった体育祭を、スケジュールの都合上だと思うけど、わざわざその時期と重ねるなんて、意地の悪い先生もいるもんだなぁ。

 しっかし、こないだ入学したと思いきや、もう六月も終わり。早いよなぁ。期末終わったら夏休みじゃん。ぼーっとしてたら七月も終わって、八月も……。


 七月──か。


 そっか、今年もが来るんだ。


 だからって別に──俺はどうもしないけど。


「……よしっ、そろそろやるとするかな」

 流石にこれ以上だらだらしてるのはいけないと思い、ベッドから起き上がる。

 通学バッグに突っ込まれたままの勉強道具を取り出して机に並べ、椅子を引き、そこに腰掛けた。

 目指すは赤点回避。俺は要領良いわけじゃないし、人一倍頑張らなきゃ。そして、楽しもう。

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