最終話「BE TO INFINITY!!」

 一夜明けると、セツヤは妙に早く目が覚めてしまった。

 いつも遅刻すれすれになるまで寝てるので、母親の驚いた顔が少し面白かった。それから家族で朝食を食べて、普段ならまだベッドにいる時間に家を出る。

 学校への道は人影もまばらだったが、やっぱり自分と同じような少女と会った。


「あっ、おはようございますセツヤ君っ」

「おう、おはよ。カナミもはえーな」

「なんだか目が覚めてしまって」

「ん、俺と一緒だな」


 ばったりカナミと出会って、二人で並んで歩く。

 まだまだ登校には早い時間で、時刻は七時前だ。

 早朝の空気はいつもよりピンと張りつめていて、どこか薄荷のような味がした。

 こうしていると、昨夜の数秒に凝縮された大冒険が嘘みたいだ。


「セツヤ君……わたし、あのあと家で考えたんです。チギリ先生のお母様は、ひょっとしたら」

「ひょっとしたらもなにも、玉藻さんだろ」

「じゃ、じゃあ、歴史に記された話……一説には、玉藻前の正体を見破ったのが安倍晴明だったというくだりは」

「なにがあったか知らないけど、本来の歴史の流れじゃチギリ先生が安倍晴明をやってたんだろうさ。つまり、そういうことだよ」


 謎の校医チギリの正体が、少しだけ知れた。

 どういう理由があって狭間中学校に居座っているか知らないが、その人間離れした雰囲気には理由があったのだ。

 そもそもチギリは、妖狐と人間の間に生まれた娘だったのだ。

 そして、その母親は玉藻前……大陸では九尾の狐、妲己と恐れられた大妖怪だ。

 何故、母親である玉藻前を告発し、討伐されるように仕向けたのか?

 それはわからない。

 セツヤがわかってカナミにも納得できるのは、親子のことは親子にしかわからないということだった。


「本好きで歴史好きなカナミ的には、その、どうだ? 玉藻さんの娘が安倍晴明だったって話は」

「ちょっと信じがたいですが、妙な符合は感じます。ただ」

「ちょっと荒唐無稽だろ?」

「は、はい」

「ならさ、なら」


 もしそうなら、もっと無茶な話だってあっていい筈だ。

 恐らく、世の中には安倍晴明や玉藻前が架空の存在、物語のキャラクターだと思っている人も多いだろう。だが、セツヤはカナミと見てきたし、直接かかわってきた。

 確かに過去の歴史に触れて、史実とは違う未来へ向かうのを見送ってきた。


「だからさ、チギリ先生は……安倍晴明は玉藻さんを討伐されたことにして、逃がしたんじゃないかな。それで、殺生石なんてそれらしい話をでっちあげて、毒ガスが出る場所にわざわざ岩を置いたんだよ」

「セツヤ君……っ!」

「そう思ってた方が、気が楽で……ん? どした、カナミ?」


 ガッシ! とカナミが両肩を掴んできた。

 そしてそのまま間近に顔を近付けてくる。


「それです、セツヤ君っ!」

「な、なんだよ、顔が近いって」

「きっとチギリ先生は、安倍晴明は……ああっ! セツヤ君には物語の才能があるのではないでしょうか! 解釈違いでもなく、なんの矛盾も感じさせぬのは、わたしも平安時代に行って見てきたからですね! 確かに玉藻さんは」

「あーもぉ、付き合いきれん!」

「ま、待ってくださいー! セツヤ君っ!」


 カナミを振り払って走り出し、カナミが追いつける速度で逃げる。

 そうして子犬の様にじゃれ合いながら二人は学校についた。

 神域としてゲートの入口と出口を司る狭間中学校は、まだ静かだ。部活の朝練の声が、遠くグランドの向こうから聴こえてくる。

 二人はどちらからともなく、保険室へと向かった。

 そこには予想通りの二人がコーヒーを飲んでいた。


「おや、おはよう。昨夜はよく眠れたかな? 少年、そして乙女よ」

「因みに我はあのあと、妙な世界に迷い込んで大変だったわ。ついさっき帰ってきたところ」


 当然のように、チギリとリネッタがいた。

 予想の範囲内で、リネッタにいたっては気の毒だが本人は気にした様子がない。以前のようにチギリを責める様子もなく、あぐあぐと菓子パンを頬張っている。

 早速セツヤは、チギリに昨夜から思っていたことを話した。


「チギリ先生、槍……この間さ、アーサー王って人が通ったろ? あの時、代価として受け取った槍は」

「ん、ああ……どこにしまったかな? どれどれ、ちょっと待ち給え」


 よいしょ、と起ち上がったチギリが、バサリと白衣をひるがえす。

 瞬間、無数の槍が床に突き立った。

 形も色も長さもバラバラで、どこにしまっていたのか十本以上はある。


「さあ、勇者よ。好きな武器を選ぶがいいー、とか? 因みにそうだね、少年……ボクのオススメはこれかな? ロンギヌスといって――」

「いや、アーサー王の槍じゃなきゃ駄目なんだ。俺が昨日の冒険でブン投げたの、平安時代に置いてきちゃったのはその槍だからさ」


 ぽかんと見詰めていたカナミも、セツヤの考えがわかったようでポンと手を打つ。


「ゲートが開いて、俺を助けるようにこの槍が飛んできたんだ。そう、間違いない……この槍だ」


 アーサー王の槍を引き抜けば、かなり重い。そのずしりとした重量も不思議と手に懐かしい。


「チギリ先生、次のゲートは? 俺は、こいつを届けなきゃいけないんだ。昨日の未來に向かってる、俺自身に」


 ふむ、と唸ってチギリは笑った。

 その屈託ない笑顔が、不思議と昨日の恩人に重なる。

 血は争えないということだった。


「なら、急いだ方がいい。今朝一番のゲートは屋上だ。鍵はね、これが不思議と開いてるんだな」

「おおかた、頻繁に出入りしてるリネッタさんが壊したんだろ」

「なにおう! 本当のことを言うなんて失礼でしょ!」


 笑ってセツヤは走り出した。

 戸を開け廊下に向かおうとして、一度振り向く。


「カナミ、行こうぜ」

「は、はい、でも……そのゲート、本当に昨日の平安時代に繋がってるんでしょうか」

「未來が無数に分岐してるとかいうなら、ぶっちゃけ繋がってないかもな。でも」


 それでも、何もしない時の可能性はゼロだ。

 だから、新たな分岐を呼ぶにしろ、本当に過去の自分に届くにしろ、アクションを起こすのが大事なのだった。


「わかりましたっ、セツヤ君っ。いきましょう」

「ああ。それと……あとでホームルーム前に図書室にも付き合ってくれよ。なんか、こう、あれだ……中学生になったんだし、本くらい読もうかなってな」

「なっ、なら、セツヤ君! わたしに任せてくださいっ!」

「だから、顔が近い! どうどう! カナミ、ステイ! とりあえず、こっちが先だって」


 チギリとリネッタに見送られて、セツヤは走り出した。

 その先にはもう、新しい環境への戸惑いや迷いはない。

 飛び出ての冒険、戻るのも冒険……そういう時間を過ごして、セツヤは改めて日常の見方が変わった。なんでもない毎日が今も、あらゆる可能性を内包した自分だけの大冒険に思えてワクワクしてくるのだった。

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