第23話「Between そして To それから」

 その光に誰もが驚いた。

 誰よりもセツヤが驚いた。

 それは、見間違いようもなくあの光だ。

 そう、ゲートの開く時の輝きである。


「セツヤ君っ、あれは!」


 カナミの声が指さす先へと、既にセツヤは走り出している。

 ちょうど、巨体を月に映した酒呑童子の背後だ。

 以前は、ゲートからアーサー王の槍が出てきた。

 今度も何かしらのお役立ちアイテムが出てくるかもしれない。

 なにより、ゲートはまだセツヤの大事な幼馴染を返してくれていなかった。


「わかってる、カナミ! あの光!」


 猛ダッシュでセツヤは走った。

 流石の酒呑童子も、背後の光に振り向いて固まっている。

 リッタの息をのむ気配に、セツヤは一縷の望みというものを感じた。

 そして、隣に玉藻前が追いついてくる。


「やあ、あれが例のゲートだね? 乗るかい?」

「頼むっ!」

「やれやれ、ボクもとんだお節介になったものさ」


 肩を竦めるような気配を残して、玉藻前が加速する。その白い毛並みの背へと、セツヤは全力でジャンプしてしがみついた。

 あっという間に夜空へ駆け上がれば、目の前に赤い巨躯がそびえたつ。

 呆然と佇む酒呑童子の向こうで、ゲートはゆっくりと一人の少女を吐き出した。

 その名を叫んで、跳躍する玉藻前の背でセツヤは叫んだ。


「キリカアアアアッ!」


 空中で頭から落ち始めた少女は、自分の名に振り返る。

 その目にあふれた涙が、星明りを反射してはっきりと見えた。


「セツヤッ! あ、あれ? なんであんた……えっ、なに? キツネ!?」

「お前、光に飲み込まれてからどれくらいだ! ったく、待たせやがって!」

「すぐよ、すぐっ! 引きずり込まれたと思ったら、こんなところに……って、あたし落ちてる! ちょ、ちょっと!」


 すぐに玉藻前が空を泳ぐ。

 静かに滑るように、馳せる。

 ほどなくして、セツヤは落ちてきたキリカを無事に抱き留めた。

 そして、中空に鎮座する巨大なロボットに叫ぶ。


「あのゲートは、狭間中学校に……ゲートとゲートを繋ぐ神域に繋がってる! 俺はみんなと帰るけど、あんたはどうするんだ! リッタさん!」


 鋼鉄の人型武器庫が、その中で葛藤と苦悩を発生させていた。

 見下ろせば、既にビレットたちが集まっている。

 皆、銃を捨てて源氏の武士たちに投降しているようだった。

 戦いが終わったのは明らかで、それはリッタにも伝わった筈だ。それでも迷っているのは、元居た場所での同胞、仲間たちが今も戦っているからだ。

 どうしても戻るというなら、ゲートをまた試すしかない。

 そのためにも、起点にして終点である狭間中学校に戻る必要がある。


「リッタさん、みんなを連れてゲートへ! 俺を信じて、俺たちについてきてくれ!」


 もう既に、ふわりと近くにリネッタやカナミが浮かび上がってきた。

 流石は最強の陰陽師、安倍晴明を演じてるだけはある。リネッタは式神がどうこうと説明しつつ、ゲートを見上げる。

 彼女にとっては、またしても狭間中学校への出戻りの旅だ。

 だが、その先の違うゲートでしか、本当の目的地へは帰れない。

 それがビトゥインダー……狭間に紐付けられし者の宿命。

 それでも、リネッタは笑顔だった。


「さて、またチギリのしけた顔でも見に戻りますか、っと。あ、その前に」


 彼女の魔法もこれが最後、まだまだ未知と神秘が満ちた平安時代だからこその復活だった。陰陽術にアレンジされた魔力が、地上へ向けてキラキラと光る。

 あっという間に、未來の兵士たちが捨てた銃が花へと変わった。

 拾って回収しようとしていた武士たちが、まるで狐に化かされたように目を丸くしている。

 そして、リッタの答えは聞くまでもなかった。

 酒呑童子はそっと下りると、仲間たちを大切そうに両手ですくって再び飛び立つ。

 セツヤたちの突然の大冒険にも、ついに終わりの時がきたのだった。


「ふむ、じゃあ少年。キミたちはゲートを通って元の世界に戻るんだね? 彼らはまあ、そこから更にゲートを使うのか……ふむ」

「大丈夫だよ、玉藻さん。俺、三年間はあの学校にいるし、ちゃんとゲートには管理者がいるから」

「ああ、そうだったね。ではお別れだ、少年。馬鹿なボクの娘にも宜しく伝えておくれ」

「えっ? そ、それって――」


 玉藻前は勢いをつけて、キリカごとセツヤをゲートへと放り込んだ。

 最後の一瞬、彼女は人の姿に戻って手を振ると……そのまま夜空の彼方へ消えてしまう。リネッタとカナミも飛び込んできて、最後に巨大な酒呑童子がゲートを通過した。

 この先はまた、狭間中学校だ。

 そして、キリカの言葉が本当なら……屋内プールの筈である。

 巨大ロボットが突然現れたら、内側から建物が破裂してしまう。

 そう思ったが、それは杞憂だった。


「やあ、おかえり。とっとっと、随分質量の大きな物が通過しようとしたね」


 気付けばセツヤは、皆と一緒にプールの中に浮いていた。びしょ濡れになりながら岸にあがると、周囲に例の軍人たちがいる。泣きじゃくるリッタは、丁度ビレットによって引っ張り上げられたところだった。

 そして、ニマニマと笑うチギリの姿がある。

 その手は、小さな小さな人形のようなものをもてあそんでいた。


「チギリ先生……あっ! そ、それ!」

「ああ、これかい? うん、今度こそ代価としてなにか貰おうと思ってね。危うくプールが亡くなってしまうとこだったから、少し小さくしたんだ」

「……俺たちが飛び込んでから、どれくらい経った?」

「ほんの数秒だね。どうだい? 少しは楽しい冒険ができたかい?」

「ああ、いやってほどな!」


 皮肉も込めたつもりだったが、慣れないことはするものではない。

 チギリの「それはよかった」という言葉と、満面の笑みとが返された。

 キリカをカナミとリネッタが助けて、交互に事情を説明している。

 そして、チギリはゲートの管理者らしく白衣をひるがえしてビレットたちの前に立った。


「さて、お歴々……どうだったい? 争いのない土地での暮らしは楽しめたかな?」


 小さくなってしまった酒呑童子を片手でポンポン遊ばせ、酷く愉快そうにニイイと唇を歪める。その姿は、ビレットやリッタたちにとって腹立たしく見えたかもしれない。

 だが、チギリの言葉は帰還した者へのいたわりに満ちてゆく。

 意外に思えるほど優しげな声音で、彼女は語り出した。


「キミたちの世界、キミたちの時代のことはボクはよく知らない。まあ、よくもあんな大変な局面に分岐した未来だなとは思うけどね。だけど」


 そう、だけど……それもまた可能性、無限に存在する未来の大切な一つなのだ。

 そして、セツヤは今ははっきりとわかる。

 今自分がいる現代の世界も、過去から分岐した無数の未來の一つなのだと。

 だから、できる限り大事にしたいし、大事に生きてくだけの価値があると思えた。なにより、そこには今だけの出会い、そして仲間がいる。

 そのことをチギリは兵士たちへも問いかけた。


「キミたちが元の時代に戻るというなら、ボクは次のゲートを案内しよう。ただし、その先が目的地である保証はない」


 ゲートの発生と行先、これは守護者たるチギリでも制御ができない。

 ただ、ゲートは必ずどこかへ繋がっている。

 それを希望だと信じて疑わない声があがった。


「我はそれでいい! チギリ、次のゲートはすぐ開くんでしょうね?」

「ん、リネッタ……キミも懲りないね」

「次こそ故郷に帰るの! まあ、そこの新米ビトゥインダーさんたちも、一緒に行くっていうなら引率してあげるわよ? 我の故郷についたら、それなりにもてなしてあげるし」


 兵士たちは顔を見合わせ、すぐには結論を出せないようだ。

 だが、セツヤはカナミと頷きを交わすと、皆の前に出る。


「リッタさん、行ってみたら? もう銃もロボットもないけど、かえって身軽でいいと思うよ」

「……私がいた場所では、まだ戦いは続いている」

「その時代に戻れるかもしれないし。違う場所に出るかもしれない。でも、挑戦しなきゃ何も変わらないよ。ま、俺たちのこの時代がいいっていうなら、歓迎するけど」

「隊長、私たちは」


 ビレットは皆の視線を集めて見渡し、静かに頷く。

 こうして、新たな旅人が生まれた。

 彼らが向かう先は新天地か、それとも戦いの故郷か。

 どちらを望むにせよ、皆はビレットとリッタに連れられ、自ら選んで踏み出す道を選んだのだった。


「あ、そういえば……チギリ先生」

「ん? なんだい、少年」

「玉藻さんが……玉藻前って人が、よろしくって言ってました。それって」

「ああ、そうかね。キミたち、随分と昔の時代に行ってたんだね。その名、久々に聞くよ……まだ元気だったかい?」

「物凄く、先生に似てましたよ」

「はは、逆だよ、逆。ボクが母親に似てるのさ」


 それだけ言うと、次のゲートの時間を告げてチギリは歩き出す。リネッタと軍人たちがぞろぞろと移動するのをセツヤは見送った。

 最初はパニクっていたキリカも、どうやら落ち着いたようだ。

 その夜は下校時に、皆で話すことが多くてにぎやかになるのだった。

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