第11話「Between 奇々怪々 To 機械」

 ――おに

 それは太古の昔より恐れられる、魔にして邪なる存在。

 地域を問わず、地球上のあらゆる場所に痕跡を残すバケモノである。

 勿論もちろん、架空の存在、空想の生き物だと思われていた。

 だが、違った。

 エルフがいるのだから、鬼だっていてもおかしくない。

 危うく思考停止しそうになったが、夜空にそびえる青い巨躯きょくを見上げてセツヤは叫ぶ。


「これが、鬼だって? いやいや、待てって……おかしいだろこれ!」


 こればっかりは、流石さすがのカナミも沈黙してしまった。

 驚いたのもあるだろうが、完璧に彼女の常識の埒外らちがいなのだ。

 そして、セツヤには酷く馴染なじみのある光景でもある。

 耳をつんざくメカニカルなノイズ音。

 滲み出るようなオイルの臭い。

 巨体から排気される、けた熱風。


「あっ、あああ、あの、セツヤ君」

「落ち着け、カナミ! こいつは鬼なんかじゃねえ……もっとタチが悪いぜ」

「い、いえっ、そそそ、そうじゃなくて」


 顔を真っ赤にして、カナミは両手で口元を抑えている。

 当然だ、敵意もあらわにこちらを見下ろす鬼は、全身いたるところが発光している。赤や青、緑の光が随所に明滅していた。

 これはもう、セツヤが男の子だから気付けたとか、そういう問題じゃない。

 誰もが見ればわかる、そういう鬼とは別種の脅威だった。


「セツヤ君、てっ、てててて、てぇ……」

「手? 手がどうした、って……ほああああああっ!?」


 セツヤは恐怖を忘れるほど、驚いた。

 カナミをかばって引き寄せた、その身を抱き寄せたとこまでは覚えている。

 だが、セツヤの左手はしっかりとカナミの痩身そうしんをホールドしていた。

 

 慌てて離れつつ、今度は気を付けて肩に米俵こめだわらのようにかついだ。


「ひあっ!? こ、今度は、これはええと」

「逃げるぞ、カナミッ! ありゃ鬼なんてもんじゃねえ!」

「え、ええ……ロボ、ですよね? えっ、どうして? ロボットですよ、セツヤ君!」

「ああそうだよ! くそっ、訳がわからねえ! けど、まごまごしてたらやられる!」


 ひょろりと自分より背が高いカナミは、驚くほどに軽かった。

 セツヤはそのまま猛ダッシュで走る。

 後頭部でカナミの声を聴きながら、一目散に逃げだした。

 振り返ろうとして、めくれ上がったスカートの中身が見え、赤面と共に逆側から背後をうかがう。肩越しに見れば、先程の女は巨大ロボットの胸へと飛び乗っていた。

 どうやら胸部にコクピットがあるらしい。


「逃げるんじゃないよ、子供たちっ! 手荒な真似まねはしたくないけど、こっちだってもう手段を選んでる余裕がないんだ!」


 そんなことを言われても、知ったことではない。

 だが、走る大通りの真ん中へと閃光が走った。

 わずかに遅れて、ビィン! と空気が震える。

 レーザーかビームか、その両方かが放たれたのだ。着弾地点は白い煙を巻き上げているが、そこを飛び越えセツヤは走る。


「おっ、おお、降ろしてくださいセツヤ君っ! 自分で走りますので!」

「無理だ! お前の脚でとろとろ走ってたらやられる! あと、スカートしっかり押さえてろ!」

「は、はいっ!」


 地面を烈震が走る。

 鬼のような角を頭部に生やしたロボットが、通りへと上がってきたのだ。

 無数の音と光とが入り混じる一歩が、徐々にリズムとテンポを上げてくる。

 歩幅の大きさが全然違うので、ゆっくり歩く鬼にあっという間に追いつかれた。いかつい手が伸びてきて、いとも簡単にカナミごとセツヤを握って捕らえる。

 高々と星空に掲げられて、セツヤは見た。

 平安京と呼ばれるいにしえみやこが、月明かりの闇に沈んでいた。


「さあ、一緒に来てもらうよ。隊長に会って、なにもかも話してもらう」

「くそっ、放せよ! 鬼! 悪魔! 人でなしっ!」

「私は汎人類解放軍はんじんるいかいほうぐんの、リッタ・ネッタ中尉だ! 鬼でも悪魔でもないが、今後のお前たちの態度次第では」


 さっきまでジタバタ暴れていたカナミが、今は必死でしがみついてくる。

 放せとは言ったが、この高さで放り出されたら大怪我をしてしまう。

 完全に手詰まりになったと思えた、その時だった。

 不意にリッタの声が唸るように呟かれた。


「なに? 対人反応……? こんな夜更けに見回りか? だが、この文明レベルの地球人類になにができるというのだ」


 セツヤは確かに見た。

 自分を捕縛したまま、鬼のごときマシーンがサーチライトを放つ。

 まさしく眼光、鬼の双眸そうぼうにらむ先に……小さな人影があった。

 ポニーテールを夜風に遊ばせた、その姿に思わずセツヤは叫ぶ。


「なっ……キリカ! おい馬鹿、なにやってんだ! 逃げろ!」


 幼馴染おさななじみのキリカに見えたが、すぐに違うとわかる。

 背格好も容姿も物凄く似てるが、その全身から漲る殺気がセツヤの勘違いを確信させていた。キリカは当たりがキツい女の子だが、抜き身の刃の如き気迫を纏う少女ではない。

 そう、まるで絵本から飛び出たかのようなさぶらいがそこにはいた。

 そして、腰にはいた豪奢ごうしゃかざざや太刀たちへと手をかける。

 信じられないことに、彼女は巨大ロボットに生身で戦いを挑もうとしていた。

 その声が静かに闇を突き抜ける。


「宝刀、髭切ひげきり……抜刀。鬼よ、滅しあそばせ!」


 りんとした通りの良い声が、漆黒の空気を切り裂いた。

 セツヤは侍の少女を凝視していたが、その太刀筋が全く見えなかった。僅かに身を屈めた彼女は、太刀を抜く勢いでそのまま振り上げたのだ。

 その切っ先は物理的に届かずとも、光が突き抜け風が疾走はしった。

 一拍の間を置いて、セツヤは無重力に放り出される。


「っと、ナイスだキリカ! じゃなくて、お侍さん!」


 美貌の女剣士は、太く長い鬼の腕を両断していた。まるでバターをスライスされたように、鋭利な断面を見せて腕が落ちる。その手に握られていたセツヤは、拘束が緩むや改めてカナミを担ぎなおした。

 そして、暗い中で地面だけを見据えて身を躍らせる。

 どうにか着地し、脚から全身に痺れと震えが込み上げるのを耐える。

 振り向けば、切断面をバチバチと火花で飾りながら……巨大な鬼ロボがひるんで下がった。


「くっ、馬鹿な! 先日の戦いでは、こんなことは」

源氏げんじの武者をめるものではなくてよ、鬼風情の分際で……頼光ライコウ様より源氏の至宝を預かるこの身なれば、二度の敗北はありませんわ!」


 自信に満ちた、勝気な声音だった。

 そして、彼女はそのまま両手で太刀を正眼に構える。

 冴え冴えとした月の光が、白刃はくじんまばゆい輝きを宿していた。


「くっ、大事な機体を……ここでは修理もできず補給もないというのに!」


 リッタの乗るロボットが、周囲へと白煙をまき散らしながら夜空へとジャンプする。その姿は、遠くへの着地と跳躍を繰り返しながら消えていった。

 どうやらセツヤとカナミは、助かったようである。

 しかし、危機は去っていなかった。

 カナミを降ろして立たせてやると、不意に周囲に槍を持った一団が現れる。あっという間に二人は、穂先ほさきを向けられ包囲されてしまった。


ツナ様! 渡辺綱ワタナベノツナ様! 怪しき童子どうじを捕らえましてございます!」

「この者たちは、奇怪な装束しょうぞくを……角はありませぬが、鬼の仲間かと!」

「いかなる怪異か、もののけか! 綱様、御采配ごさいはいを!」


 さっきまでいなかった癖に、鬼が去ったあとの大人たちは強気である。そして、渡辺綱と呼ばれた侍の少女が振り向いた。剣を鞘へと戻しつつ、彼女はニッコリと微笑ほほえむ。


検非違使けびいしの皆様、おつとめご苦労様です。ここはこのお綱にお任せくださいまし。そして……お二人さんは我らが棟梁とうりょうの屋敷にお招きしたいですわ。受けてくださいますわね?」


 質問の形だが、有無を言わさぬ凄みがあった。

 側でカナミが教えてくれたが、渡辺綱とは源氏の武者でも名うての剣豪という話だ。それがどうして女の子なのかは、それはわからない。

 だが、誘いを断れば斬られる。

 そう思わせるだけの凄みが、綱からは滲み出ていた。


「と、とりあえず、助けてくれてありがとな。俺は春日井カスガイセツヤ」

「わたしは渡良瀬ワタラセカナミです。そ、それで、あのっ! 頼光四天王の一人、渡辺綱さんですよね! わたし、小さい頃から本で読んで憧れてて、あの、えと、その!」

「ちょいまち、カナミ。そういうのはあとの楽しみに取っておこうぜ」


 そう、ようやく危機を脱したのは、さらなる危機に飲み込まれたからかもしれない。

 そして、この場には本来助けようと思っていたキリカの姿はなかった。それに、一緒にゲートへ飛び込んだリネッタも見当たらない。

 一難去ってまた一難だが、鬼よりも人の方が話が通じるだろう。

 巨大ロボットを鬼としか認識できなくても、時代違えど日本人……そう思ったセツヤだったが、その考えが甘かったことをこのあと思い知るのだった。

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