第10話

翌日の夜、課長から内緒でもらったバスツアー参加者名簿を頼りに、美貴子と琢磨はある一軒家を訪れていた。

名簿が欲しいと美貴子が言うと、課長はあっさり渡してくれた。役所の人間というのは、融通が利かなすぎる人間と、融通が利きすぎる人間の2種類が存在するが、課長は利きすぎるほうの人間のようだった。


美貴子はここまできたら、もう最後まで犯人捜しをやる気だった。琢磨はそれに付き合うと言って、一緒に参加者の家を回ることになったのだった。


その木造平屋建ての家、玄関先に掛けられた表札には、「桜塚」と書いてあった。とりあえず名簿にある住所をあいうえお順に訪ねていっていて、こちらは2軒目である。ちなみに1軒目は若い夫婦だったので、人違いだった。探しているのは、妻がふくよかな体型の中年夫婦だ。


呼び鈴を押したが反応はなかった。家に明かりもついていない。留守だろうかと美貴子は玄関を見回して、妙だと気づいた。

木製の引き戸の隙間に白い物が見える。

「琢磨さん、これは……」

「目張りでしょうね」

琢磨は引き戸を力任せに開けようとしたが、がたついただけで開かなかった。どうやらつっかえ棒がされているようだ。

「仕方がありませんね。……失礼します」

そう言うなり、琢磨はドアを蹴破った。

ガスの匂いが外に流れ出て、とっさに琢磨は袖で口元を覆った。



美貴子は鞄から取り出したハンカチで口元を覆って、家の中に飛び込んだ。

「あっ、いけません!」

琢磨の制止する声が聞こえたが、数歩ほど土足のまま家に踏み込み、居間で倒れている3人の男女を発見した。

助け起そうと思い、さらに踏み込もうとしたところで、腕を掴まれて玄関まで引き戻された。

「危険なことをしないでください。心臓がとまるかと思いましたよ」

「人が、琢磨さん、人が倒れていました! 助けないと」

「わかっています。しかし、今は無理です。室内のガス濃度が下がるのを待ちましょう」

そう言って、琢磨は美貴子に救急車を呼ぶよう頼み、自分は手当たり次第窓ガラスを割ってまわった。

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