第11話

一命をとりとめた桜坂京輔(49歳)、桜坂真優(44歳)、古沢玲子(28歳)は、警察に以下のように語った。





桜坂京輔と真優は夫婦で、一人娘を可愛がって育てていた。

しかし、高校生の娘は塾講師だった山野田友昭に暴行され、その日のうちに自殺してしまう。


両親が暴行の事実を知ったのは、それから2年後のこと、当時の同級生たちから事実を打ち明けられたからだった。娘は亡くなる直前、友人たちに全てを打ち明けていたのだ。

だが、2年も経ってしまって、娘の被害を証明できるものは何も残っておらず、娘の名誉のために警察に相談することさえ諦めて、泣き寝入るしかなかった。


すっかりふさぎ込んでしまった真優を心配に思った京輔は、妻を誘って犯罪被害者の自助会へと参加した。同じ境遇で苦しむ人々との交流を通じて、妻は少しずつ元気を取り戻していった。



そこで出会ったのが、古沢玲子だった。



古沢玲子もかつて性犯罪の被害に遭い、腕に障害を負っていた。心身ともに癒えない傷を抱えて自助会に参加していたのだった。


彼女は、桜塚夫婦に、犯人と話をして罪を認めさせるべきだと主張した。

これに妻は大いに賛成し、夫婦は山野田の自宅に話をしにいった。

驚くべき事に山野田は自分の犯行を認めた。だが、自殺は自分とは関係ないし、関係あったとしてもそれがどうしたのだと開き直った。何の証拠もないだろうと。



夫婦は傷口にさらに塩を塗り込まれた思いで、憎しみとやるせなさで身が引き裂かれそうだった。こんな理不尽が許されていいのか。

そんな夫婦に、古沢は言った。「殺すしかない」と。「あいつは反省していない。また同じ罪を犯す。もう二度と被害者を出してはいけない」と。



そして、殺人計画が練られることになった。



まず古沢が山野田に接近し、親しくなった。


ある日、山野田は無料という言葉に飛びついて、内容もよく読まずにバスツアーに申し込んだ。これに古沢も同行することになった。


3人はこのツアーを殺人計画に利用しようと話し合い、桜塚夫妻も申し込んだ。


しかし、アクシデントが起きた。山野田が勝手に旅行をキャンセルしてしまったのだ。稲刈りなんてしたくないと言い出した。それを古沢がなだめすかして、どうにか当日、バスツアーに参加させた。


昼食は、山野田と古沢だけが席を外して、近くの飲食店で食事をするつもりだった。桜塚夫妻と近距離で顔を合わせるのはマズイと考えたのだ。古沢が茨城県内の店へ連れていく予定になっていた。

しかし、ここでもまたアクシデントが発生した。山野田はひとりでラーメンを食べにいくといって、古沢がついていくことを許さなかったのだ。そこで、真優が山野田を尾行することにした。真優はストレスのせいで急激に太っており、山野田に正体がばれることはないだろうと考えた。このまま山野田がツアーから離脱するなら、計画は中止にするしかない。


昼食会場には、古沢と桜塚京輔が行くことにした。4人も昼食に姿を見せなかったら、さすがにほかの参加者に気づかれるかもしれず、かといって奇数だと疑念を招くかもしれないと考えたため、2人で参加することにしたのだ。


食事時間が終わっても山野田と真優は戻ってこなかった。しかし、稲刈り体験の田んぼでやっと戻ってきた。田んぼの場所は事前に知らされていたため、山野田はタクシーで先回りしていた。真優もそれを追ってタクシーでや田んぼにってきた。

3人はほっと胸をなでおろした。殺人計画は続行されることとなった。



稲刈りの後、3人と山野田は再びバスに乗り込んだ。



栗拾いの農園で、山野田はバスをおりず、寝ているから起すなと言って、古沢を追い払った。自分は牛久大仏だけ見られたらいいんだと言っていた。

3人は駐車場に山野田を呼び寄せてから犯行に及ぶ予定だったのだが、運転手も栗拾いに参加すると聞き、車内で決行することが決まった。バスのドライブレコーダーからSDカードは抜いておいた。


3人は一旦バスを降り、車体の陰に隠れて服を着替えた。

古沢はワンピースの下にあらかじめ着ていたジーンズに青シャツ姿となり、脱いだワンピースをジーンズの腹に入れて、少しでも真優の体格に近づけようとした。真優は服の上から夫のジャージ上下を着て、女二人は夫婦のような顔をして栗拾いに参加した。どうせほかの参加者は栗拾いに夢中だ。中年のカップルが入れ替わったことに気づく人はいないだろう。


桜塚京輔は、ジャージの下に着込んでいた長袖シャツと短パン、軍手という姿でバスに戻った。寝ていたはずの山野田は起きており、桜塚に気づいてバスから逃げようとした。桜塚はそれを逃がさず、運転席の後ろあたりでヒモを使って首を絞めて殺害した。締め上げているとき、何度か腕をひっかかれたが、稲刈り用の軍手と長袖の防刃シャツは桜塚の腕を守った。



犯行を終えると、桜塚京輔は再び妻たちとバスの陰で服を交換した。夫は元のジャージを着込み、妻は青シャツとジーンズに戻り、夫婦は死体が発見された騒ぎに加わった。

古沢はワンピース姿でタクシーに乗って東京へと戻った。



殺人の犯行時、桜塚夫妻は栗拾いをしていたのだ。アリバイは完璧だと3人は思った。おそらく警察は消えた黒いワンピースの女を疑うだろう。だが、その女は腕に障害があって、人の首を絞めて殺すことなど不可能なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る