第4話

昼食を終えると、再びバスで移動となった。

筑波山のふもとに広がる田んぼでいよいよ稲刈り体験である。


午後1時半、参加者は田んぼの担当エリアを割り振られた。


美貴子は軍手をはめて鎌を右手に持ち、左手で稲を掴んで、バス内でレクチャーされたとおり稲の根元に刃を当てて、ぐいと手前に引いた。よく研がれた鎌は、ざくっと小気味よい音を立てて稲を刈り取った。

「すごい切れ味……」

「間違って自分の腕に当てないようにしないといけませんね」

「このツアーの案内ハガキには、厚手の長袖シャツか防刃シャツで参加して欲しいと書いてあったんですけれど、その意味がやっとわかりました。手を滑らせたら、腕の肉を切り落としてしまいそう」

鈍く光る鎌先を見つめた美貴子の視界に、ジャージ姿の中年男性が入った。稲刈りをせず、つまらなそうにあたりを散策している。稲刈りに興味がないのに無理にバスツアーに参加させられた人なのかしらと美貴子は思った。琢磨がそういうタイプでなくて良かった。


美貴子の隣で稲を刈っていた琢磨は、何把か束ねて稲わらで結わえた。そうやっていくつか結わえ終わると、今度はカメラを構えて、自分で刈った稲の写真を撮り始めた。そして、田んぼや稲穂、それを刈る参加者たちをも撮り始めた。


美貴子は声を掛けてみた。

「いつもはどんな写真を撮っていらっしゃるんですか」

「そうですね、日本の田園風景は好きでよく撮ります。農作業の風景もいいですね。私は古風なものや和風なものが好きなんです。流行り物や軽薄なものは好みません。もちろん流行のもの全てを否定するわけではないのですが……」

好奇心旺盛なくせに流行には疎い美貴子は、琢磨の言いたいことがわかった。

「物の価値は自分で決めたいですものね、周りや世間がどう評価するかではなくて」

琢磨は意外だと言いたげな顔をした。

「どうかなさいましたか?」

「いえ、美貴子さんのような若い女性でそういうことを言う人は周りにいないので驚いただけです」

「私って変わっているでしょうか」

「いえ、決して。私は良いと思います」

おしゃべりはそのくらいにして、美貴子は稲刈りに戻った。ざくざくと刈り進めていたら、琢磨が自分を撮影しているのに気づいたので、手を振って応えた。



稲刈り体験が終わると、今度は栗の農園へとバスで運ばれた。茨城は栗の生産量が日本一なのだという。「栗といえば茨城」というイメージを板橋区民に宣伝するために選ばれたその農園は広大で、どこまでも続く栗林は圧巻だった。


ツアー参加者たちが栗林に入ると、農園の主と思われる男性が園内のスピーカーで参加者に呼びかけた。

「さあ、どんどん栗を拾ってくださいね。カゴいっぱいに大きい栗を拾ってください。栗は大きいほうが値段が高いですからね。職員さんも運転手さんも遠慮せずに栗拾いをしていってくださいよ」


大きな栗を拾おうと張り切る参加者たちから離れ、美貴子は人のいないあたりへと歩いていった。小さなイガつき栗を拾い、これを持ち帰って玄関にでも飾ろうかと眺めていたら、シャッター音がしたので振り返った。

黒々としたレンズがまっすぐに美貴子を捉えていた。

「もう、そんなに撮らないでください」

「嫌ですか」

「嫌じゃないけれど、恥ずかしいです」

琢磨は再びシャッターを切った。

「カメラマンさん、栗拾いはしなくていいんですか」

「男の一人暮らしですから、栗を大量に持ち帰っても扱いに困ります」

「なら、透へのお土産にしては? 透ならきっと喜びますよ。それに栗で何か作って食べさせてくれるんじゃないかしら、料理好きの食べさせ好きですから」

「なるほど」

二人は付かず離れずの距離で、栗を拾ってカゴに入れていった。

しばらく拾っていたら、栗農園のスタッフと思われる中年女性がやってきて、美貴子のカゴをのぞき込んだ。

「あらまあ、そんな小さな栗ばっかり拾わないで、もっと大きい栗を持って帰ってくださいよ」

「えっ、これって小さいのですか」

美貴子は普通サイズの栗を拾っているつもりだったので、小さいと言われて驚いた。

すると、近くにいたシャツとジーンズ姿の女性参加者が「これ、すごく大きいでしょう。どうぞ」と言って、大粒の栗を美貴子に手渡してくれた。しかし、うっかり手元が狂ってしまい、美貴子は栗を落としそうになり、慌てて栗を掴んだ。大きな栗は手のひらの中でずっしりと重かった。



30分ほどの栗拾い時間が終わり、バスに戻った参加者たちは、予想していなかった事態に戸惑い、固まり、やがて悲鳴を上げた。


バス車内で男が死んでいたのだ。


参加者たちは我が目を疑いながら、代わる代わるその男の顔を確認した。短く刈り込んだ髪は白髪が交じり、しかし濃い眉毛は黒々としていた。鼻の下が長く、唇が分厚い。40代ぐらいの男性だ。濃紺のジャージを着ていた。



皆、この男には見覚えがないと言った。

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