第5話


午後3時半過ぎ、急きょ参加者たちは駐車場のすみに集められた。

この駐車場は農園の規模に見合った広さで、観光バスを何台もとめられるよう整備されていた。しかし、この日は貸切だったのか、美貴子たちのバス以外に車はなかった。


区役所職員は参加者名簿を取り出し、ここにきて参加者の点呼を始めた。


もともとの参加予定者は10組20人だった。だが、そのうち2組4人が欠席した。山野田ペアと菅野ペアだ。だから実際に参加しているのは8組16人だった。


参加者名簿に名前のない参加者は3人。そのうちの1人が琢磨だ。もともとは美貴子の彼氏の名前で申し込んでいたため、名簿に名前はない。あとの2人も事情は琢磨と同じだった。大学のゼミ仲間に誘われて参加した細田という若い女性。本来参加する予定だった人は、体調不良で欠席となったという。小笠原という中年男性は、飲み仲間の男から誘われたらしい。妻が急な予定が入ったから参加を頼まれたという。

琢磨、細田、小笠原、この3名が予定外の参加者であった。



今この駐車場にいるのは全部で19人だ。16人の参加者とバスの運転手1名、板橋区の職員1名、茨城県の職員が1名。これに被害者を入れたら20人ということになる。


騒ぎを聞きつけて、栗農園の方が駐車場へやってきた。60代ぐらいの男性だ。点呼をとっている職員を見て、

「うちは観光農園もやっていますから、常に入場ゲートで人の出入りをチェックしています。今回農園に入った人は19人で、途中で出ていった人はいませんでしたよ。農園は有刺鉄線で囲ってますし、そんなところをよじ登る人間がいたら、さすがにうちのスタッフが気づきます。だからゲート以外から出入りした人はいないでしょう」

と証言した。

つまり栗拾いをしていた人たちは全員アリバイがあるのだなと美貴子は考えた。



やがてサイレンの音とともにパトカーが何台も連なってやってきた。車から警察官がぞろぞろと降りてきて、慌ただしく動き回り始めた。数人の警察官は、駐車場に並ぶ参加者たちに事情を聞こうとしたが、皆同じことしか言えなかった。「栗拾いからバスに戻ってきたら、知らない人が死んでいた」としか。職員もバスの運転手も一緒に栗拾いをしていたから、この30分の間、バスは無人だった。

「そもそもあの男性は誰なんですか」

と誰かが声をあげた。

警察官は「所持品によると、山野田さんという方のようです。お知り合いの方はいませんか」

参加者は首を横に振るだけだったが、そのとき板橋区の職員がおそるおそる手を上げた。

「あの、山野田さんというのは、山野田晃教やまのだあきのりさんですか……?」

「そうです、知っている人ですか!」

警察官は勢い込んだが、

「いえ、知っているわけではないのですが……」と煮え切らない言い方をした。

「……といいますと?」

「このツアーを欠席された方が、山野田晃教さんというお名前なんです」




その後、美貴子たちは警察に個別に話を聞かれたり指紋を採られたりした後、住所氏名等を伝えて、茨城県が手配した別のバスで板橋区へと戻った。

本来であれば、栗拾いの後は牛久大仏を見にいく予定だったのだが、この事件が起きたせいで中止となった。


参加者たちが板橋に戻れたのは、午後11時を過ぎてからだった。

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