(吏`・ω・´) ちょっと待って相楽くん! 助けなさいよっ!
油断していた。
「ねぇお願い
「えぇ~っと、もうちょっと考えさせてほしいわね……」
「吏依奈ぁ、それ先週も言ってたよね?」
「くるりぃ……」
昼休み、弁当を出すのにもたついている間に、女子たち(くるり含む)に取り囲まれてしまった。
目の前には『ミスグリ高推薦人名簿』と書かれたリスト。20人でいいのに、倍近い名前が並んでいる。
ここまで推されて出ないというのも傲慢な気がして、断る文句が見つからない。
と、目の端を我関せずといった風に通り過ぎようとする人影が。
「ちょっと相楽くん! 助けなさいよっ!」
「何がよ」
めんどくさそうな返事。私がクラスメイトに襲われているというのに、この人はっ。
「ああ、“アレ”か」
どうやら彼もミスコンの件については知っているらしい。
「無理強いされてるわけでもなかろう」
「まぁ、そうだけど」
彼は一瞬、別の男子グループに視線をやり、言った。
「好きにしろ」
「もう~~~」
「カズくん!」
と、そこへ我が人生の天使が舞い降りた。
「カズくんがミスコンで票入れてくれるんなら吏依奈出るって!」
「はいい!?」
今日は小悪魔だった。
「吏依奈が出るんなら、わたしも出るから」
「相楽くん、私に入れなさい。くるりの可愛さを校内に知らしめるためにもね」
「
これも迷いどころなのだ。
くるりの輝きを、
くるり一神教の信者としては、ご本尊の大舞台には最大限の協力をせねばならない。
「まぁとりあえず、ご飯でも食べながら決めましょうか吏依奈さん」
「あ、あれ!?」
意識が別のところに行っている間に、いつの間にやら机がくっつけられ、みんなでお昼を食べるスペースが出来上がっていた。
「そうら―――く、くん?」
そして、彼はいつの間にかいなくなっていた。
※※
久しぶりに教室で昼食を食べながらクラスの子たちが言ってくる。
「吏依奈さんだったら絶対優勝だから」
「そうそう、ちょっとお話だけでも」
「悪徳スカウトみたいね」
「まぁまぁ二俣パイセン」
そこへ、男子たちが割り込んできた。
「こいつらのプレゼンだけでも聞いてやってよ」
「暴走してきたら俺らが止めるからさ、ね? パイセン」
「……分かったわ。あとパイセンはやめてっていつも言ってるでしょう」
言っても聞かないのだけど。
「吏依奈さん、すごい綺麗なおかずだね」
「そう?」
昨日、すき焼きを食べた後に「せっかくジャガイモ買ってきたから」と彼が作った肉じゃがだった。弁当用にと、具が細かく切られている。味がよく沁みて、冷めても美味しかった。
と、そんなことを言おうとした私に爆弾が投げ込まれた。
「これはね、吏依奈が自分で作ってるんだよ」
くるりさん!?
「すごいね。こんな本格的に作ってこられないよ」
「私も、朝辛いし、冷食をチンするだけだよ」
「ていうかくるりちゃんもだよね、手作り」
「お母さんと一緒にだけどね。弟たちの分作るのの、ついで」
いかん。否定する隙間が無い。女子高生の会話スピードについていけない。
「二人とも料理上手かぁ」
「実力拮抗してるね」
やめてっ! 私の方は補助輪付きだからっ! 荷台を持ってもらって「離さないでね!? 絶対だよ!」ってしないと包丁すら握れないお子ちゃまなのっ!!
「そうだよ~、吏依奈は今テスト勉強もすっごい頑張ってるし」
くるりぃぃぃぃ!!!!
※※
「なんで!? あんな私が居づらくなるようなことばっかり言ったのかしら!!?」
私に対する過度の幻想が最も信じる友の手によって際限なく膨張する昼食を終えたあと、私は珍しくくるりに問いただした。
「え~だって、吏依奈があんまり居たくなさそうだったから」
「え―――」
くるりの言葉は図星だった。
食事中、ずっとそわそわとしていた。
その様子を、くるりだけは見逃さなかった。
さすが、私の親友だ。
でも。
「やり方がえげつないわ! 無駄なプレッシャーが増えてしまったじゃない」
「それはごめんなさい」
許した。怒りを抱いていた記憶を消した。くるりの申し訳なさそうな顔、プライスレス。
「ま、今日はカズくんも悪かったかも」
「そんなことはないわよ、くるり」
何を指して“悪い”のかは分からなかったが、私は言った。
「相楽くんが悪かったことなんて、一度もないわ。そうじゃない?」
「……ほぉ~」
くるりは最初、何故か目を見開いて驚いていた。ややあって感心したように息を吐いた。これも何故かは分からない。
「うんっ。そうだね。変なこと言っちゃったね、わたし」
「いいえ、先週からずっと言動がアッパーだったから、むしろ普通よ」
「んん??」
それは褒めてくれてるのかな、と可愛らしく首を傾げる親友は今日も可愛かった。
でも、どうしてだろう。
今も、食事をしている間も、ずっと胸の奥が締め付けられるようだった。
心が、苦しかった。
今私が居たくて―――居るべき場所はここではないという、曖昧かつ確信に満ちた思いが、塊のようにあった。
「あ、カズくんおかえり」
「ん? うん」
そこへ彼が戻ってきた。
あの場所で、一人で弁当を食べて戻ってきた。
「相楽くん」
私は言った。
「ごめんなさい」
「なにが?」
「え?」
今まで無かったような端的な切り返しに、私は頭が真っ白になってしまった。
「……ええと」
確かに、なにを謝ることがあるのだろう。
別に、約束してるわけじゃない。
私の、頭一つ分上にある顔。
マウスガードに隠れた部分も、そうではない目からも、彼が何を考えているのか、推し図れなくなってしまった。
いや、今まで分かったようなふりをしていただけなのかもしれない。
その目が、笑ったように困ったように悲しむように細められた。
「二俣」
「はい!?」
肩に手を置かれ、身体と声が激しく反応してしまう。
「覆面の不審者に触られたくらいでビクッとすんな。そしてそんな顔もするな」
「……う、うん」
私がうろたえていると、彼はこう続けた。
「いつもありがたいと思ってる」
―――え。
「まぁ、なんだ」
この人は。
「たまにでいいんだ。昼飯も―――」
いったい。
「気が向いたら来てくれりゃあいい」
何を言っているのだろう。
「今日からテスト期間だから、追い込みかけるぞ。覚悟しとけよ」
言うだけ言うと、彼は次の体育に向かうため教室を出て行った。
「吏依奈? 顔、怖いよ? なんか怒ってる?」
「……別に、怒ってないわ」
嘘だけど。
でも、なんで怒りが湧くのか自分でも分からないので、そう言うしかなかった。
「カズくんも怒って―――るわけじゃないなぁ」
隣で、くるりが呟いていた。
「なんていうか……
「はぁ……?」
「弟もね、たまにああなるんだ。男の子は難しいね、吏依奈」
「……ほぉか」
※※
二週間後。
テストが終わった。
彼は変わらず私の家に来て勉強を教えてくれつつ、今回も学年一位を獲った。
進学クラスの面目が潰れそうだから手加減してやってくれと教師に言われたとか言われなかったとか。
そして私は。
「やったね吏依奈!」
「おめでとう吏依奈さん!」
「二俣パイセン追試補習回避ィ!」
「恥ずかしいからみんなで祝わないで!!」
なんか胴上げでもされる勢いで祝福されていた。
ただ。
その輪の中に、相楽秀和はいなかった。
【続く】
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