(-_-メ)和) これは恥ずかしいな。

 バス停で隣町行きを待っていると、部活終わりの同級生たちと鉢合わせた。


 私服とはいえ、あまりにもでかい特徴マウスガードのある同級生を知らないわけではないはずだ。


 お互いに話し掛けも、目を合わせもしない。


 しかし、意識は向けている。


 似ているな、と思う。


 韓国むこうでもそうだった。


 顔のことを何か言ってくる奴はいなかった。


 一人になりたい人間を、一人にしてくれた。

 無視ではないし、仲間外れでもない。

 ただの、儀礼的な無関心だ。


 会話のボールを俺に預けてくれているのだ。

 俺が話しかけたら、向こうも応じる。

 とてもい距離感だと思う。


 吏依奈が言うところの、“民度が高い”か。

 いや、子供じゃなくなっただけだ。

 お子様たちは、残酷だから。


 と、俺の意識は過去に持っていかれる。


 ナガサにも吏依奈りいなにも言うつもりはないが、小学生の時の俺を知ったら驚くだろう。


 まぁ、荒れた。


 とにかく荒れた。


 この傷顔を指差して笑ったクラスメイトに掴みかかり「同じ傷をつけてやる」と喚きながらひっかき、かなり深い裂傷を負わせたところで教師・両親・相手方の保護者が出てきてもなお荒れた。


 怒る被害者家族、平謝りの両親、暴力はいかんなどと分かり切った正論をぶち上げる教師、すべてに対し怒鳴り散らして暴れまくった。


 で生まれてきた俺の苦悩を、苦痛を誰も理解しない。そう決めつけて―――自分を含めたすべてを傷つけ、荒れた。


 あの頃の俺は間違いなく“名前の無い怪物”だった。


「あの……」

「え? ああ……」


 声をかけられ、我に返った。目の前にバスがドアを開けて待っていた。


「大丈夫か? ええっと、相楽そうらく?」

「すまんな。少し今晩の献立に悩んでボーっとしてた」

「なんだそれ」


 同級生がはははと笑う。


 あながち冗談でも無かったのだが。


 実際に俺は、スーパーの袋に食材を詰め込んでいた。


 昨日見たら、二俣ふたまた家の食糧が枯渇していたので買ってきたのだった。


 バスの中は眠たくなるような気だるげで少し安心感のある匂いが広がっていた。


「つっかれた~」

「明日からテスト休みなのが救いだな」

「こういう時は進学校で良かったって思うわ」


 離れた席から、同級生らの会話。何やら女子のグループと混ざっている。


 先ほどのように俺の名も知っていて、心配なことがあったら声もかける。決して深入りはしない。


 いい奴らだと思う。紳士的とさえいえる。


 そのとき、一人の女子が言った。


「ところでさ、二俣吏依奈さんって知ってる?」

「うぐっ!?」


 こうして変な声が出たとき、マウスガードは便利だ。俺の声だとバレずに済む場合が多い。事実、今回も一瞬乗客がざわついただけで、何の追及も無かった。


 吏依奈の名を聞いた瞬間、身体に柔らかで温かな感触がよみがえってしまったのだ。


「二俣パイセンのこと?」

「二年で知らない奴いないだろ」

「三年でもいないだろ。元同級生だし」

「そうだよねぇ」


 急にこのバスを早く降りたくなってきた。


「夏休み明けの文化祭に出てもらおうって計画があって」

「文化祭って、ミスコン?」

「そうそう」


 そういえばそんなのあったなと思い出す。出場するには確か、本人の意思と友達20人くらいの推薦がいるのではなかったか。


「二俣パイセン出るの?」

「あんま出たがるイメージねぇわ」

「まぁ、出たら勝つだろうけどさ」


 勝つのか。


「去年優勝した先輩がさ「いや、二俣さんが出てないんじゃ納得できない」って、今年は絶対に出てもらいたいんだってさ」

「自分にプライドあるんだな」

「でも分かるな」


 分かるのか。


「そしたら、なんかウチらと別のグループの子たちが燃えちゃって」

「燃えちゃって?」

「くるりちゃんも出すんだって」

「頂上決戦かて」

「楽しみになってきたわ」


 やおら盛り上がる車内前方。しかし声量はあくまでも抑え気味で他の乗客の迷惑にはならない。


「で、俺たちも推薦人になってほしいって話?」

「いや、それはもう集まってる」

「秒よ」


 秒。


「そりゃそうか。だしな」

「なんだっけ? グリ高の“天使”と」

「“女神”?」

「誰が言い出したんだよ可哀想に」

「いや、“天使”は二俣さん発だよ」

「マジかよパイセン何を発信してんだよ」

「じゃあ吏依奈さんは“女神”ねって」


 身から出た錆。


「それ本人はなんて言ってるの?」

「くるりちゃんも喜んでたし、「まぁそれでいいわ」って」

「ここだけの話にしてぇんだけど、あの二人ってさ、付き合ってんのかな?」

「あ~、ありそうでなさそうって感じ」

「距離は近いけど、あんまりベタベタしっ放しってわけでもないしね」


 それはあまりスキンシップすると吏依奈が大暴発するからだが。


「まぁ、二俣パイセンのことは今まで通り、様子見だな」

「いろいろあるみたいだから。詮索せんさくはするなよ?」

「分かってるよ」

「んで、話戻すけど、推薦人じゃなかったら俺らはただ応援すればいいんか?」

「ううん。ミスコンはあくまで立候補だから、最終的には吏依奈さんやくるりちゃんの意思がないとダメなんだけど」

「けっこう今、グイグイ行ってるんだよね。私ら吏依奈さんグループも、くるりちゃんグループも」

「困らせるんじゃねぇぞ?」

「そう、それの相談」

「だからさ、ヤバいなって思ったら止めて欲しいんだよね」

「取り巻きが勝手に盛り上がっちゃってたら言って欲しいんだ」

「なるほど、外部の目が欲しいってことか」

「オーケー、任された」

「よろしくね」


 おいおいなんだその行き届いた配慮は。

 この学校には紳士淑女しかいないのか。


「……」


花土はなと団地前~花土団地前~』


 二俣家の最寄りバス停に着いた。


 席を立つ。


 料金箱にICをタッチし、降車する。


 彼ら彼女らとすれ違うとき、俺は口を開きかけ、結局やめた。


※※


 ヘッドライトの黄色。

 テールライトの赤色。

 道を擦るタイヤの音。

 家々から夕飯の匂い。


 ミスコンの推薦人が“秒で”集まったと。


「ふふ……」


 歩きながら、苦笑を漏らす。


「あ゛~~~―――」


 そして、だみ声が漏れる。


「―――これは、恥ずかしいな」


 考えてみれば当たり前のことだ。


 吏依奈にもナガサにも。


 彼女たちの周りにはたくさんの人たちが取り巻いている。


「勘違い。勘違いだぞ、俺」


 迷子の世話。

 家庭教師。

 料理。


 どれも。


「構ってもらってたのは俺の方だぞ」


 マウスガードを指で弾く。


 頭を切り替え、マンションへ。


 スーパー袋が初夏の風にカサカサ鳴った。


※※


「カズくん!」

「相楽くん!」

「相楽センセ!」

「「「お腹空いた」」」


 マンションに着くと、三人の女子が腹を空かせていた。


「そうか、お姉さんも帰ってるなら、ネギも白菜も卵もあったし―――」

「どしたセンセ?」

「いいえ肉じゃがにしようと思ったんですけど、この人数ならすき焼きでもいいかなって」

「マジで!? うおっしゃあ! 定時上がりあざます弊社ァ! 渋滞緩和あざます役場ァ!!」


 爆裂に上がったテンションで不思議な小躍りを披露する姉をなだめながら、吏依奈に言われた。


「相楽くんには、もうウチの冷蔵庫の中身把握されちゃってるわね」


 そういう吏依奈に俺はふと思った。


 そういえばこいつ、なんで今日俺と弁当食ってたんだろう。


 


【続く】


キャラプチ紹介


☆すき焼きの具、何が好き?


(@*'▽') 決められない(長考の末)。

(-_-メ)和) 春菊。

(吏`・ω・´) 豆腐。

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