名前の無い怪物

 怪物は、愛されなかった身の上を嘆き、フランケンシュタインに「自分を愛してくれる花嫁」を作れと命じる。


 その願いが果たされることは無く、怪物はさらに絶望し、物語は最初からそう決まっていた通りの悲劇へと転がり落ちて行く。


 けれど。


 怪物に花嫁を作り与えることはきっと、新しい絶望と悲劇を生むことになるだろう。


 最後の時、怪物はこう語った。


≪俺は死ぬのだ。そして今感じているものは永久に消えていく。この焼けるような苦しみもやがて消えてなくなる。俺は勝ち誇って葬送の山に昇り、劫火こうかの苦しみに勝利の声を上げるのだ。その大きな炎は消えていき、俺の灰は風に運ばれて海へ飲み込まれていく。我が魂は静かに眠る。たとえものを思うとも、もう今のようには思うまい。さらばだ≫


 身体があった。

 心もあった。

 魂さえも。


 それでも人にはなれなかった。


 苦しみ抜くことでしかその天寿をまっとうする手段を持たなかった“生き物”は、どうすれば良かったのだろう。


 勉強はそれなりにできる。

 親は、まだ生きている。まだ。

 曲がりなりにも医師という夢がある。


 でも、その先は?


 放っておかれるのはいい。


 顔を隠すのは自分のためだ。


 この顔を見たときの、あの申し訳なさそうな表情を見ずに済むから。


 でも。


 それは、いつまで?


 ―――。


 …………。


 幼い頃。


 自分の中に、怪物が生まれた。


 名前の無い怪物。


 いつの間にか、とても大きくなっていた。


 大きくて。


 醜くて。


 弱いままの、孤独な怪物。


 ずっと。


 身体の外には壁を作って、心の内では怪物やつを育てている。


 暗い。


 真っ暗な道だった。


 火はどこにある。


 この身体はいつ灰になる。


 光はどこにある。


 何も見えない。


 遠い。


 深い。


 いだ、永遠の夜を行くような、旅路だった。


【続く】

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