第10話 圧倒的強者は好敵手。

鶴岡つるおか香織かおる⁉」


 俺たちが呆気に取られていると、その声は聞こえてきた。


「ふハハハハハッ! 我らLostPalaceロストパレスの初陣を飾るのに相応しい舞台だな!」


 周囲の大観衆にも怯むことなく、高飛車なセリフを放ったのは、チームLostPalaceロストパレスの肉付きの良いリーダーらしき男。

 その男の左右には男2人が控えている。3人チームらしい。

 3人の全身を黒を基調とした服で覆い、シルバーアクセサリーをアクセントにした、その服装は奇抜なのにどこか見慣れた、つまり中二病患者のコーデだった。


 両チームのキャラ選択が終わり、試合開始までの準備時間(30秒)が始まる。

 チームの間を熱視線が交差する。

 他のチーム間でも同じような状態だろう。

 会場内がさらに熱くなった。


「〝初陣を飾る〟の意味、調べ直した方がいいわよ」


 静かに呟いたのは、香織かおる先輩だった。


「ふっ、我を挑発するとはいい度胸だな」


 先程のリーダー――プレイヤーネームは四条――が、メガネを掛け直し鋭い視線で見やる。


「挑発じゃなくて、アドバイスなのだけど」

「我ら大宮市民にとって、アドバイスとはするものであって、それ以外では有り得ないのだ!」


 LostPalaceロストパレスってそういう意味か。


「そう……」


 香織かおる先輩は、冷めたようにそう呟くと、それ以上なにか発することは無かった。


 静まり返った一帯に、カウントダウンの音だけが響く。


――Ready,Fight!


 一戦目はタッグマッチ。

 4人のアケコンに添えていた手が、一斉に動き出した。

 トーナメント戦のタッグマッチで使われるステージは、ソロマッチで使われるステージより広く、ステージ上には3つの足場が三角形の頂点上に設置されている。

 ス◯ブラでいうところの、戦場に似たものだ。

 最初に攻撃を放ったのは、スピード型の女フェンサー、プレイヤーネームは——みくう。

 香織かおる先輩のことで忘れていたが、敵情視察に来ていたんだった。

 モニターからみくうに目を向ける。

 そこには、黒パーカーのフードを目深まで被った、不審者然とした格好の人がいた。

 華奢な体躯と、それに反してパーカーの上からでも分かる豊かな双丘が、みくうが女子であることを雄弁に物語っている。

 由奈と似たような格好なのに、着こなしに差を感じるのは戦闘力もとい女子力の違いだろうか。


「「————ッ!」」


 周囲の声にならない声でモニターに視線を戻す。


「――――んッ!?」


 そこには、開始わずか30秒足らずで敵の1人を屠った、weazelsウィーゼルズの姿があった。


「ふ、ふん……ッ。なかなかやるじゃないか」


 残った1人、四条のセリフも、体力ゲージが1ドットも減っていない2人の前には、ただ虚しいだけだった。


 それから、20秒と待たずにラウンド終了のBGMが木霊した。


 耳が痛くなるほどの静寂が辺りを覆っていた。

 今、この場にいる人間のほとんどが大会参加者で、あの光景を見せられたのだから当然だろう。


 みくうが放った、目が眩むほどのコンボ。

 その攻撃は、正確無比。

 対者に許されるのは、自分の体力が削り取られていく様をただ眺めることだけだ。


 どうにか、最後の大技まで耐え切った者を待っていたのは、死だった。

 みくうの大技で吹っ飛ばされた先には、香織かおる先輩が待ち構えていたのだ。

 その場に、対象が飛んでくるのを読んでいたかのような……いや、実際読んでいたんだろう。

 完璧なタイミング、的確な場所。

 もう1人の敵を相手取りながら、自分は思い通りの位置で待ち構える。

 その、一見簡単そうに見える一連の動作。

 だが、その実、完璧に作り込まれた離れ業だった。

 あそこまでの、完成度に持っていくためにどれだけ反復練習をしたのか、想像すると、俺は肝が冷えるのを感じた。

 たった一週間頑張ったくらいの俺たちにweazelsウィーゼルズが倒せるのか?

 焦燥に駆られて、横を見たとき、目に映ったのは口角を三日月のように吊り上げた由奈ゆいなの表情だった。

 その瞳は、好敵手の存在に喜んでいるかのようにギラギラと輝いていた。

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