第8話 開催当日。

 4月の第二土曜日。俺たちは川越市にあるeスポーツ施設にやって来ていた。

 eスポーツ施設とは、その名の通りeスポーツをするために作られた施設だ。ゲーミングデバイスが豊富に取り揃えられていて、大会の開催場所に使われるほか、個人で利用することもできるらしい。


「いやー、広いなー」


 口から自然に感想が漏れる。

 それもそのはず、今回の大会で使われるのは県下最大級のeスポーツ施設で、フロアには4台のデスクが向かい合わせに設置されたものが5セット。

 もちろんすべてのデスクにゲーミングPC、ほか機材も完備されていて、薄暗い施設内をモニターが照らし出している。

 会場奥のステージには、巨大なディスプレイが設置されていて、上位4チームでのリーグ戦はステージ上で行われ、ディスプレイにはその映像が映されるらしい。


「当たり前でしょ、高校生王者を決める大会の予選なんだから」


 そう言ったのは、ジャージパンツに大きめのパーカー(無地)という、女子力の低そうな服装をした由奈ゆいなだった。

 高校生王者決定戦。それは、もともと個人のイベントとしてネット上で開催されていたが、回を重ねるごとに人気が上昇していき、それに目を付けたゲーム会社やPCメーカーがスポンサーとなりオフラインの大会が開催されるようになった。

 その人気はとどまるところを知らず、今では本戦はテレビ中継されている。

 だからこそ気がかりなことがある。


「なあ、いまさらなんだけどさ、本当に俺で良かったのか? 重要な大会なんだろ」

「なによいまさら、そんなこと言ったって始まんないでしょ。…………そ、それにあたしの相棒は悠人ゆうと以外には務まらないんだから」


 なぜか、尻すぼみになっていく由奈ゆいなの声。


「そうだよな、そもそもいまさらメンバーの変更なんてできないしな!」


 ずっと抱えていた、不安要素が取り除かれたことで自然と弾んだ声になる。


「へ? なんで?」


 由奈ゆいなは一瞬、ポカンと口を開けたかと思うと、自然に口から漏れるかのようにそう言った。


「なにが?」


 脈絡の無い質問に、理解が追い付かない。それに、なぜか由奈ゆいなの顔が赤いような。


「なん……で、なんで、あんたはそんな平然としているのかって聞いてるのよ」


 由奈ゆいなは肩を震わせると……


「この――」


 手に持っていたバックパックを大きく振りかぶり……


「ちょ、待っ……」

「――、ばかー‼」


 俺は、そのとき歯を食いしばって来るであろう衝撃に、耐えることしかできなかった。


 俺がアケコンの入ったバックパックと接吻してからしばらくして。


 1人の女性がステージ上に姿を現した。おそらく、司会の人だろう。


「あの人って、たしか……」


 それに呼応して会場内が小さくざわめきだした。


『やってまいりました、高校生王者決定戦ブッロク予選in埼玉! というわけで司会進行を務めさせていただきます。声優の朝霧あさぎり真雪まゆきです!』


 良く通る声が会場内に響く。

 名前を聞いて、ざわめきがどよめきに変わった。

 声優に詳しい人なら顔は知らなくても、名前は知っている人が多いのだろう。

 その一方で知らない人は、完全に蚊帳の外だ。


「なに、あの声優有名な人なの?」


 蚊帳の外の1人になっている由奈ゆいなが、会場内の喧騒に顔をしかめている。


「『いつの間にか最強になってたのでサクッと魔王倒して、辺境で追放された元悪役令嬢とスローライフを過ごしたいと思います』のメインヒロイン役の人」

「あー、あの棒読みの」

「その覚え方はやめろ!」


 ファン狂信者にとっての禁句を言ったことで周囲の視線を集める。


「なによ、ほんとのことでしょ。〝声優アイドル〟ってトレンドにもなってたじゃない」


 声優アイドル、演技の下手なアイドル声優の意。


「おいーーーー‼」


 ヤバイ、ヤバイ!

 狂信者ファンの禁忌に触れちゃったよこの人!

 周囲の視線がさらに鋭くなる。偶然、熱心なファンに囲まれていたらしい。

 めっちゃ睨んできてるー、と思ったら中指立ててきたよ!しかも俺に。


『それでは、大会のルール説明から始めていきたいと思います!』


 俺たちの状況など知るはずもなく、会場が落ち着いたと思うと朝霧あさぎりさんは進行を再開した。


 主なルールは2人もしくは3人1チーム。

 1ラウンド90秒で、制限時間内にダメージが生存限界を超えるか、ステージから落ちた場合、その時点でラウンド終了。

 2ラウンド先取制で、2試合先取した方が勝利。

 初戦はタッグマッチ。2戦目、3戦目はソロマッチで順番は毎試合変えて良いが、1人が2試合とも出ることはできない。

 トーナメントで勝ち残った4チームはリーグ戦を行い、上位2チームのメンバーを埼玉ブロック代表とする。


『――なお、トーナメント戦では事前に申請したキャラクターのみ使用が可能で、敏捷力、火力、体力の配分も同様です。なお、申請したキャラクターとは別のキャラクターで対戦を行った場合は、当該チームの不戦敗になるので注意してくださいね!』


 その後、諸注意などもつつがなく進み、


『それでは、皆さんお待ちかね、トーナメント表を発表します!』


 その瞬間、一気に会場内が熱気で包まれた。

 全員の闘志がむき出しになり、少しでも気が緩めば周囲に飲まれそうになる。

 この独特の肌がじりじり焼かれるような緊張感に、懐かしさを覚えた。


「これが、eスポーツがeスポーツと言われる所以か……」


 気付けば、俺は独り言ちていた。

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