第7話 母の暗躍。

 部屋の中を照らすのは高画質、高リフレッシュレートの、およそ高校生の小遣いでは到底手が出せない、ゲーミングモニター2台だけ。

 カーテンを閉めただけで、部屋が真っ暗なのは遮光性がすぐれているからかあるいは。

 目の前のモニターにYou loseの文字。


「ねえ」


  隣から聞こえてくるのは少し不機嫌そうな、女子の声。


「はい……」


 ここは由奈ゆいなの部屋。今部屋にいるのは二人だけ、もちろん聞こえてくるのは由奈ゆいなの声。


「あんた、同じこと何回言わせる気? なじればいい、それとも踏めばいいの?」

「待て、なぜ俺がドМである前提で話が進んでる?」

「え! じゃあ踏まれたくないの?」


 モニターに照らされた由奈ゆいなの表情は驚愕に埋め尽くされていた。

 どんだけ、驚いてんだよ。踏まれるようなのは美空みそらでお腹いっぱいだっての。


「踏まれたくないに決まってるだろ」

「おかしいわね、ママにもらった本には絶対男が喜ぶって書いてあったのに」

紗奈英さなえさーん!! 娘にどんな本わたしたんだよ!」


 由奈ゆいなの母親の紗奈英さなえさんは、茶目っ気のある性格と童顔の美人で黙ってたら可愛い。だが、レーティングがバグっているのか、エロに関しておっぴろげで、初めて18禁同人誌の存在を知ったのも紗奈英さなえに見せられてだった。


「何でもいいでしょ! それより悠人ゆうと、もう一戦やるわよ」


 顔を赤く染め、自分のモニターへ向き直る由奈ゆいな

 

「勘弁してくれよ。今何時だと思ってるんだ」

「26時だけど」


 夜中に女子の部屋で二人きり。


「その表記が許されるのはアニメだけ、というのは置いといてもうすぐアニメ始まっちゃうから」

「アニメは録画でいいでしょ」


 だけど、そういう雰囲気になるはずもなく。

 部活の後、ひたすらSOCのオンライン対戦に明け暮れていた。

 それは次の大会に向けてらしく、デュオで対戦しては、なじられ会もとい反省会の繰り返し。

 ダメ出しが尽きることはなく、プレイ時間は10時間を超えただろう。

 ついでにテストで徹夜していた、俺の限界も超えていて、今はエナジードリンクに翼をさずかっている状態だ。


「いや、何言ってんの? アニメはリアタイに限るだろ」

「はー? あんたこそ何言ってんのよ、夜中はゲームのゴールデンタイムでしょうが、普通」


 呆れたようにため息を吐く由奈ゆいな。妙にテンションが高い理由は、机の上に置かれたエナドリの空き缶の数が示していた。


「いやいや、それゲーマーの普通だから。オタクはその時間、アニメ見てツ○ッターに感想書いて、原作からの改変を洗い出して、来週の予習してるから」

「あたしの相棒のくせにオタ活を優先させようっていうの。……いいわ、あたしがあんたをブタオタクからゲーマーにジョブチェンジさせてあげるわよ!」 

「今、オタクのことブタって言ったよな」

「だってそうでしょう、萌えブタで声ブタ、おまけになじられたいって完全にブタ以下じゃない」

「俺は、ドМじゃなーーーい!!

 だいたい、どうしたんだよ? 今日の由奈ゆいなのプレイ荒かったぞ」


 今日の由奈ゆいなのプレイは、いつものスピード型の長所を生かした、手数の差で相手を圧倒する戦い方とは違っていた。

 無理やり突っ込んでは力技で相手をねじ伏せる、脳筋か初心者の戦い方だった。

 それでも勝てたのは、ただ相手が強くなかっただけだ。


「なんでもないわよ」

「噓だな」

「本当になんでもないわよ……ただ次の大会のこと考えると落ち着かないだけ」


 由奈ゆいなは出場すると決めた以上は優勝を狙うタイプの人間だ。


「例の〝謎の天才女子高生ゲーマー〟とやらのことか?」


 だから、その優勝をおびやかす、一番の不安要素に過敏になっているんだろう。


「そう、だってあと8日しかないのよ」

「あと8日もあるんだから由奈ゆいななら大丈夫だって」

「…………一番の不安要素のあんたが言う」


 あ、、一番の不安要素は俺でした。


「やっぱり、あんたを徹底的に鍛え直してあげる。今日は寝かさなわよ!」


 なにかが、吹っ切れたように由奈ゆいなはオンライン対戦のボタンを押した。


「ちょっと待って、今日って言った今夜じゃなくて? それは2徹、いや3徹になるから勘弁してくれー!」


 吹っ切られたのは俺の要望だった。


 ◇◇◇


――数日前


 広いリビング、見るからに大きい窓とテレビが豪邸であることを示している。

 だが、その80インチを超えるテレビで見られるもののほとんどが深夜アニメだと知っている人は少ない。


由奈ゆいな、ママあなたにはこれが必要だと思ったから渡しておくわね♪」


 そう言って上機嫌で持っていたものを差し出しているのは、由奈ゆいなの母親の紗奈英さなえ


「うん、分かったー」


 スマホゲームの片手間に課題の解答を丸写ししていた由奈ゆいな紗奈英さなえからぶつを受け取って机の上に置いた。


 一息ついた由奈ゆいな紗奈英さなえからもらったものを――


「きゃああああ! ちょっとママなに渡してきてるのよ!!」


 思い切り床に投げ捨てた。


「なにって、あなたの役に立つ本よ」

「こ、この、『イスがないなら男に座ればいいじゃない』って本のどこら辺があたしに必要なのよ!」


 由奈ゆいなの指差した場所には、四つん這いになった男の上でむちを持った女が座っているイラストが表紙の雑誌があった。


「この本にはね、男の落とし方が書いてあるのよ」

「で?」


 微笑みを浮かべてと話す紗奈英さなえと冷たくあしらう由奈ゆいな


「やだなー、分かってるくせにっ!」


 紗奈英さなえはこのこのっ! と言って由奈ゆいなの脇腹をかわいくつつく。


「……」

「じれったいな、もう!」


 頬を小動物のようにぷくーっとふくらました紗奈英さなえは、娘の鈍感さを上方修正しておく。


「ところで由奈ゆいな、次の大会は悠人ゆうとくんと出るんだってね?」


 いま、思い出したかのように呟く。


「……そうだけど。わるい?」


 一瞬、由奈ゆいながキョドったことを見抜いた紗奈英さなえは言う。


「悪くないのよ。ただ、なんで悠人ゆうとくんなのかな~と思って」

「組むはずだった子が逃げたから、その代役よ」


 動揺した様子で呟く由奈ゆいな


「他に、悠人ゆうとくんより強い子もいたはずなのに?」


 紗奈英さなえがさらに揺さぶりをかける。


「し、仕方ないじゃない、大会の10日前でみんな誰かと組んだ後だったんだから」

「へー、そうなんだー。参加締め切りは1ヶ月くらい前だったのにな~」

「……んなッ!」


 由奈ゆいなは母親がそこまで詳しく知っていたことに絶句する。


「なんで、1ヶ月前の時点で悠人ゆうとくんと出ることが決まってたんだろう?不思議だな~」


 白々しい表情で首をかしげる紗奈英さなえ


「まるで、悠人ゆうとくんともっと一緒に居たいけど、素直になれなくて、なんとか理由を作ったみたいな?」

「そ、そんなんじゃないわよ! ゆ、悠人ゆうとが一緒に居たそうだったから、あたしがわざわざ理由を作ってあげただけだし、か、勘違いしないでよね!」


(これくらい分かりやすく反応するなら、悠人ゆうとくんも本心に気付きそうなものなのに)

 まったく進展しない二人の関係に、悠人ゆうとくんもニブチンなのではと思い始める紗奈英さなえ


「それじゃあ、悠人ゆうとくんのこと何とも思ってないの?」

「そ、そうよ、悠人ゆうとはただの幼なじみよ!」


 本当にそう思っているのか、自分の感情に気づいていないだけなのか、探ってみたかったが、由奈ゆいなが強情だと知っている紗奈英さなえはそれ以上突っ込んだ話をするのをやめた。


「そうなんだー。じゃあ、それは由奈ゆいなが落としたい男が見つかった時に読むといいわ」

「安心して、ニブチンにも効果があることははママがパパと結婚したことで検証済みよ」

「仕方ないから、もらっといてあげるわよ」


 由奈ゆいなが仕方ないのを装っていることがまるわかりで、紗奈英さなえは人知れず笑みを浮かべていた。


 その後、由奈ゆいなが課題のことを忘れたようにその本を熟読したのは、また別の話。

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