第6話 女子高生ってバレてるのがミソだよね。

 それは、終わりを告げる音。

 ある人は、その音を聞き絶望し。またある人は、その音を聞き自分の計画性の無さを呪う。

 だがある人には、ただの目覚しに過ぎない。


 それは、チャイムの音だった。


「終わったー」


 記入漏れの確認が終わり教師が教室を後にすると直前まで静かだったクラス中が喧噪に包まれた。

 そんな中、机に顔を突っ伏している生徒が一人。


由奈ゆうな、どうだった……とは聞かなくてもわかるからいいや」


 それは、俺の良く知る幼なじみの由奈ゆうなで……。


「ねえ、悠人ゆうと。なんなのこの無理ゲーはッ!」


 由奈ゆうなはのっそり顔を上げると叫ぶ。


「いや、これゲームじゃなくてテストだから」

「許さない。絶対にこの数学の問題考えたやつ潰してやる」

「あ、今回の数学は担任の左近さこんが作ったらしいよ」

「さこーーーんッ!あいつ、いけ好かない顔してると思ったら、やっぱり性格まで詰んでたのね!」

「あの人いちよう俺達の顧問でもあるんだけどね!」


 左近先生はもじゃもじゃの頭髪と顎髭あごひげに丸メガネ、おまけにいつも薄汚れた白衣を着ているせいで女子からの評判は悪い、一方友達感覚で話せる男子からの人気は高い。


「――なんで弧度法に直す問題2問しか出ないなのよ!」

悠人ゆうと伊波いなみ、今日は部活行くよな?」


 そう話しかけてきたのは、俺がちょうど由奈ゆうなの呪詛を永遠聞くのに飽きてきた時だった。


瀬戸山せとやま、あんたは今回のテストどうだったの?」

「その前に今日は部活行くよな二人とも?」

「当たり前でしょ」

「その当たり前が昨日簡単に壊されたから聞いたんだ」

清也せいや、お前どんだけ昨日のこと根に持ってんだよ……」

「俺だって未読スルーならよかったよ、でも2人とも既読スルーはないだろ!」

「2人って、由奈ゆうな香織かおる先輩か、気付いてたなら返信してやれよ」


 そう俺が由奈ゆうなに向って言うと、由奈ゆうなはむすっとしていた表情をぶすっとに変えて言う。


「あの時は、鶴岡つるおか先輩を倒すのに精一杯だったんだから仕方ないじゃない。通知に気付いてあげただけでも感謝してほしいわね」

「はぁ……。なあ悠人ゆうとなんで俺、既読無視された挙句あげくこうべを垂れなきゃなんないんだ?」

「いや、それが昨日香織かおる先輩に負けてからご機嫌斜めなんだよ」

「負けたって……まさかゲームでか!?」

「そうよ……でもその後に圧勝したけどね!」


 もちろん、噓である。


「で、本当は?」


 それは清也せいやにも分かったらしかった。


「50/50ってところだった」

伊波いなみ相手に互角ってだいぶ強いな」

「だよなー」


 清也せいやもかなりのゲーマで実力は俺と同程度。ただエロゲー、ギャルゲーに関しては俺を凌駕する知識を持つ。


「そのゲームってタイトルは?」

「SOC」

「じゃあ、まさかあれって……」


 清也せいやはなぜか目を見張ると同時に突然スマホを操作し始めた。


「これ、知ってるか?」


 そういって見せてきたのは、有名なゲーム情報サイトだった。

 その見出しは――。


「『謎の天才女子高生ゲーマー、〝SOC高校生王者決定戦ブロック予選in埼玉〟に参加を表明』ってこれあたしたちの出る大会じゃない!」

「えっ! 俺達これに出るの?」


 オンラインの大会だと思っていた。


「知らなかったの?」

「いや、日程しか聞いてないんだけど……」

「大会日時が分かってるんだから自分で調べときなさいよ」


 理不尽だ。


「まあ、それは置いといてどう思う?」


 サイトには過去の妙妙みょうみょうたる戦績やネットを介して行われたインタビュー、次の大会への意気込みが書かれていて、扱いはプロゲーマーへのそれと同じだった。

 オフラインの大会に参加するのが初めてで注目が集まっているのも、要因の一つだろう。


「……違うんじゃないか」

「なんでそう思うんだ?」

「……」

「コミュ障の鶴岡つるおか先輩が誰かとタッグを組めると思ってるの?」


 由奈ゆうなは鼻で笑って言った。

 相方に逃げられた、お前が言うな、というセリフが喉まで出かかったのは秘密だ。


 ◇◇◇


「私じゃないわよ」


 結局、本人に聞くのが一番早いと思った俺たちの質問に、香織かおる先輩は歩を突くようにあっさり答えた。


「ほらね、だいたい鶴岡つるおか先輩程度にこんなに注目が集まると思うのがおかしいのよ」

「そうね、伊波いなみさんに圧勝した程度の私に注目が集まるはずないわよね」

「おかしいわね、完敗の間違いじゃないッ?」

 △3八飛

「よく言うわね。私に負けたらもう一回って、まるで凌辱されるヒロインのように泣いて懇願してきたのに」

 ▲4九銀

「それは鶴岡つるおか先輩が、私の連続コンボで負けた時のことでしょ。あと凌辱は余計よ」


 二人の会話と小気味良い駒音が響く和室。二人の会話の代わりに大きくなっていく駒を打ち付ける音。


「なあ、清也せいやなんであの二人っていつもああなんだ?」

「ああってなによ悠人ゆうと

「そうね、私がこのポンコツ幼なじみと一括りにされるのは聞き捨てならないわね悠人ゆうと君」

「誰がポンコツですって!? 鶴岡つるおか先輩」

「そのセリフが出てくる時点でポンコツだと古今東西決まっているのよ」


 具体例が思い浮かんだのか押し黙る由奈ゆうな


「ちょっとは、二人とも静かに将棋指そうよ!」

「ねえ、悠人ゆうと君あなた詰んでるわよ」

「は?」


 ぼんやりと盤を見下ろすと王手飛車取りで、手番は清也。

 両取りを……見逃した。

 清也せいやを見ると笑顔でサムズアップしていた。

 イラッ。


「ポンコツなのは、あたしより悠人ゆうとのほうみたいね」


 口元がゆるゆるの状態で由奈ゆうなが言う。10人いたら9人が可愛いというだろう表情も、今は何にもならなかった。


「まあ、あなたも銀の割り打ちをくらっているけどね」

「へ?」


 全員の視線が隣の盤に集まる。

 そこには、綺麗に両取りの決まった盤面があった。

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