第2話 幼なじみにはテンプレを。

 その後、俺が2-3自分のクラスに入ったときには、とっくにSHR朝礼は終わった後だった。


「どうしたんだ悠人ゆうと? 遅刻するなんて珍しいじゃんか」


 明るめの髪にスラッとした長身が、いちいち劣等感を抱かせるイケメン。去年、今年とクラスメイトの瀬戸山清也せとやませいやが声をかけてきたのは、始業式のためにごった返した通路を、礼拝堂れいはいどうへ移動する途中のことだった。


「ちょっと、寝坊してな」


 朝の出来事は無かったことにしておく。


「ふーん」

「なんだよ」

「いや、けっこう普通の理由だったから」

「なに期待してんだよ」

「一年の時のクラスに入って行くとか?」

「んっ!?」


 そう言った清也せいやの口角が微妙に上がっていた。

……これ知られてるやつだ。


「おっ、おまえ何で知ってんだよ?」

悠人ゆうとっぽい奴が朝礼中に入って来たって。後輩ちゃんからメールで」

「何で、すでに後輩のメール持ってんだよ!まだ、初日だぞ。

 ってかそれ女子なのか、女子なんだな!

 どうやって、メール交換したんだよ、教えろよ!いや教えて、教えてください!」

「普通に登校してたら、向こうから声掛けてきたんだよ」

「いやっ、いやいやいや! 

 それでメールの交換出来たら、俺にも一度くらい彼女できてもおかしくないよね!」

「噓じゃねえし。てか俺たちには嫁がいるんだから、今さら彼女なんて必要ないだろ」


 さも当然のことのように清也せいやは言うが、これは二次元の話だ。


「お前が嫁とか言うと、実際三次元にいそうで怖いからやめろ!」


 現に前の女子たちがちらちら、こっちを見ていた。見んなよ。

 これだからイケメンオタクは。


「ん?実際二次元にいるけど?」


 訳が分からない様子で、不思議そうに俺を見てくる、清也せいやの顔にグーパンチをお見舞いしそうになって、寸前で抑えた。前を歩いていた女子たちがこっちを凝視していたから。だから見んなって。


「俺が話してるのは、リアル、現実の話なの!」

「俺もリアルの話してるけど?」


 平然とうそぶくと、訝しむような視線を向けてきた。

――え、俺が間違ってるのか?


「いやいや、お前の嫁は実在しないよな?」

「実在するけど」

「…………」


 こいつ何言っちゃてんの。やべーよ、現実三次元空想二次元の区別ついてないよ。


 俺は、清也に嫁がこの世界に存在しないことを説明していたが実を結ぶ前に中断させられた。始業式の始まる時間になったから。



 俺が通っているのは、私立、カーニラ学園二之丸にのまる高等学校、略して丸校。元々は藩校(江戸時代、藩士の子弟を教育する学校)だったのを当時、宣教師だったカーニラが引き継いで運営し始めたのが今のカーニラ学園。その証に創立二百年を超えているらしい。

 藩校時代から城のお膝元に位置し、今でも内堀のすぐ横にある。登下校時はお堀の横を通るけど、それに感動するのはオープンキャンパスの時と入学初日ぐらいで、二年生にもなると友達とか参考書片手に登校するのが普通になっている。

 学力もそれなりに高くて、県内の私立では一番、総合でも二番目に偏差値の高い進学校として知られている。

 第二の創立者が宣教師だったこともあり、日常的にキリスト教の文化に触れることになる。朝礼や大事な行事の時は讃美歌を歌い、授業の終始には起立・礼ではなく黙とうをする。校歌だって英語版、日本語版が存在する。

 だが、生徒の一割もキリスト教、信者ではないのが現実だったりもする。


~~閑話休題~~


 始業式はいつもどうりに進んでいった。

 校歌に続けて讃美歌の合唱。

 学校長の長さだけが際立つ話。

 春休み中にあった大会の表彰式。

 生徒課からの身だしなみやスマホの使用に関する諸注意。

 学校長の〝えー〟と発した回数が257回に達したのを含めて、全てが予定調和だった。




 始業式が終わって教室に戻ると担任からのあいさつと課題提出が行われた。『明日の、春休み課題考査に向けてしっかり準備しとけよ〜』という担任のありがたーい言葉を最後にホームルームは終わった。

 チャイムと同時にダッシュで帰宅する人、部活に重たい足を向ける人、生徒が三々五々教室から出ていく流れに乗って俺も教室を後にする。

 向かった先は、1、2年の教室がある第二本館から程遠い和室。第二本館三階から二階に降りて、渡り廊下を渡り第一本館へ移動。そこから四階まで登って長い廊下の突き当りが、十畳の部屋が二部屋と物置き一つの和室になっている。

 放課後にわざわざ和室に来たのは、部活に参加するためだ。

 俺は将棋部に所属している。ちなみに清也せいやも運動部っぽい爽やか長身細マッチョな見た目をしているが実は将棋部だったりする。今は教室掃除中。


「あれ、もう来てたんだ」


 和室のふすまを開けると、スマホを片手に駒を並べている女子生徒がいた。

 名前は伊波由奈いなみゆいな。俺と同じ高校二年生で、小中高さらには幼稚園まで一緒で親同士の仲が良い、言ってしまえば俺の幼なじみ的存在だ。その姿は、小柄な体系に整った容姿、色白で線の細い(胸も含めて)肢体、ほとんどの人が美少女と呼ぶそれだった。しかも、その父親は業界では超有名な一流企業の社長だったりする。


「ねえ、悠人ゆうと。あんた暇でしょ?

 次の大会にあたしと悠人ゆうとでエントリーしといたから」


 だが、俺は知っていた。由奈ゆいなが実は、野放図のほうずでポンコツだということを。


「は? 次の大会って、ゲームの?」

「それ以外に何があるのよ」


 若干あきれたような表情で由奈ゆいなは言ってくる。

 そして、超が付くほどのゲーマーということも。


「ちなみにいつ?」

「来週の土曜」

「残り十日しかないじゃんか……」

「仕方ないでしょ!

 一緒に出る予定だった子が突然、唐突に音信不通になったんだから!」

「またかよ……」


 突然、唐突とか言っているが実際は、そうでもなかったんだろう。

 由奈ゆいなは大会に出場すれば賞金を獲得するほどのゲーマーなのに、生来せいらい根暗ねくらコミュ障のスキルを発揮するせいで、味方との連携不足になることが間々ある。そのせいでチームが解散になることが過去に何度かあった。

 そして一番悪いのは、そのことを由奈ゆいなが全く反省していないどころか、

『言葉を使わなくったって立ち回りから判断しなさいよ。ゲームがすべて語ってるのに、気づかないとかゲーマー失格よね』

 逆切れしていることだった。


「……出てくれるわよね?」


 俺が何も発しないことに心配になったのか上目遣いで聞いてくる。

 強情な態度から時々あらわす弱々しい姿にオタクはギャップ萌えさせられ、ある人そのうち出ます嗜虐心しじゃくしんを煽られるらしい。

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