俺の幼馴染な妹は、幼なじみよりも強かった。

クォーターホース

第1話 すべてが始める最初の日。

 土曜日の昼間、外は快晴にもかかわらず、閉め切られたカーテン。部屋の中を照らすものは、ほぼ年中無休で稼働してる27インチのPCモニターとキーボード。

 聞こえてくる音は、回転数が制御されていないケースファンと俺、川添悠人かわぞえゆうとの声だけ。


「やっぱ、今期の覇権は『いつの間にか最強になってたのでサクッと魔王倒して、辺境で追放された元悪役令嬢とスローライフを過ごしたいと思います』かなぁ~」

「タイトル長すぎるけど」

「だいたい最近のラノベは、悪役令嬢・最強・スローライフをタイトルに入れとけばオッケーみたいな風潮あるよな」

「三種の神器かよ」


 俺が何か話しても返答してくれる声はない。

 部屋には1人しかいないのだから当然だ。

 だからって気持ち悪がらないでよねっ。なんてったってオタクは、数少ない同志以外とは話題の共有ができない、結果独り言が増えるのは必然的なんだ。

(独り言の生産性の有無はともかく)


「あぁぁぁっっ……ッ!」

「萌える!!」

「やっぱ、◯◯さんの声最高ぉぉぉ」


――バン!


悠人ゆうとうるさい!」

「……まず、ノックをしろノックを」


 俺の部屋にドアを蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、妹の美空みそらだった。若干目じりの鋭い凛とした女子だ。

 俺と同じ、今年で高二になるのに全然ノックしないんだよなこの妹は。ホント、俺が(ナニ)してたらどうすんだよ、気まずくて Erectile勃● Dysfunctionになっちゃうよ。(ちなみに兄妹で同学年なのは、留年したとか飛び級したとかじゃなくてただ単純に、俺が4月生まれで、美空が3月生まれっていうだけだ)


「あんたが独り言ぶつぶつ言ってるからでしょ!」

「まあまあ、そっち美空だって一人で喋ってるときあるじゃんか」


 俺がお互い様だろってことで丸く収めようとしたのに、なぜか美空は頬を若干紅潮させると、


「あれは、友達と通話してただけだし! 妹だからって、盗み聞きするとかほんっと最低! ロリコン・変態・低身長、ほんと○ねばいいのに!!」


――バンッ!!

 

 オタクに効果抜群な三種の神器を投げつけて、立ち去って行った、

 低身長はひどくないか? これでも170センチあるんだぞ……だいたい

 一人傷心している俺を残して。

 鋭いのは目じりよりも、俺にぶん投げてきたナイフ言葉のほうだったらしい。


「……ったく」


 美空の人当たりがキツくなったのは俺たちが中3になった頃だった。まあ、長めの反抗期ってとこだろう。

 何故か反抗する相手が俺に集中してる気もするけど。


「やっべ、もう11時半過ぎ! 昼飯作らないと」


 俺の家は、両親と俺、美空、羽衣ういの五人家族で、親父おやじは歯医者、母さんも受付として働いている共働きの家庭だ。そのため、平日と土曜日の家事は俺たちで分担、協力するのが決まりになっている。

 今日は、俺が料理担当。俺たちが中学生に上がったことをきっかけに母さんも働きだしたから。俺の料理歴も5年目で、普通に食べられる料理が作れるくらいには上達したつもりだ。

 今日のメニューは、魚介のスープパスタ。トマト缶とムール貝入りのシーフードミックスがあれば以外と簡単に作れるので、俺の看板メニューになっている。

 スープを煮ていると、


「ただいまぁー」


 玄関から声がした。すぐに、リビングに入ってきたのはロングボブに、ぱっちりした丸くて大きな目、小さくかわいらしい鼻をした美少女だった。


「おかえり、羽衣うい


 美少女なのに俺が普通に反応できるのは、妹の羽衣だからだ。

 羽衣は今年から中学生の12歳で、川添かわぞえ家のangelてんしだ。羽衣が微笑んだ時は、贔屓ひいき目抜きにしても頬がとろけ落ちそうになるくらいかわいい。彼氏ができないか、兄としてはとても心配だ。

『わたし大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになる!』

って言っていたころが懐かしい。


「どうしたんですか、お兄ちゃん急に近いような遠い目になって?」

「いや、なんでもない」


 不思議そうにこちらを見る羽衣もかわいいが、シスコンを疑われるのでここは黙っておこう。


 羽衣が可愛いなら、姉の美空もかわいいのか? とか思ってやがる人のために言っておこう。

 美空はとにかく性格が悪い!!

 特に俺の扱いといったら、ツンデレを疑うくらい棘がある。ただし、デレの存在を抹殺しているのが美空という人間だ。

 ただ、高校では性格の悪さも鳴りを潜めていて、きれい系美少女として通っているのがまた、何とも言えない感情を抱かせる。



「ん~~!お兄ちゃんの料理はいつ食べても絶品です~~」


 今にもトロけそうな声音でそう言いながら、羽衣は頬っぺたに手を当てている。そのいちいちの動作を見ているだけで心が浄化されるのは、俺の心が高校生活の中で汚れ切ってしまったからだろうか。


「絶品ってのは言い過ぎだろ」

「いえいえ!

 この濃厚なブイヤベースとさっぱりしたレモンの香りがマッチしていて最高です!」


 サムズアップする羽衣に、俺は昇天させられるような気持ちになった。


「悠人、チーズ」


 羽衣ういのかわいさで癒されているところに、美空の冷たくて、必要最低限の声が割り込んでくる。

 机にひじまでついて、なんで機嫌が悪いんだか……。


 ◇◇◇


 4月の第一木曜日。

 それは、終わりのその先の世界。

 それは、誰もが来るなと願った、来るはずがないと思っていた、終わりの日。ラグナロク

 それは、毎年何人もの人々を地獄に突き落とす、最後の審判の日。


 つまり、それは春休みを終えた学生たちが登校する最初の日。

 それが今日だ。


 電車に揺られること15分。着いたのは、JRと私鉄が乗り入れるそれなりに大きな駅。電車内はそこそこの混み具合なのに、学生の姿はあまりない。

 ドア横に陣取っていた俺は、ドアが開き始めた瞬間スタートダッシュを切る。自慢の脚力を武器にホームに降りてすぐの階段を二段飛ばしで駆け上るとさらに加速して改札を通過、ICカードも忘れずタッチ、勢いそのままエスカレーターではなく階段を駆け下りると、そこからは持久力が必要になってくる1.2キロのマラソンタイム。幸い俺は、脚力以上に持久力に自信があった。

 普通は15分かかる道を5分で走破するべく足の回転数を上げる。通学路横の咲きたての桜を散らせる勢いで疾走する。

 その姿は、なにかから逃げているように見えたかもしれない、だが実際はそれに追いつこうとしている。

 それは、SHR朝礼の始まる時間というものだった。

 校門を通り過ぎても速度を落とさない。

 俺の学校は、靴を履き替える必要がない。というかそもそも下駄箱がない。

 これ幸いと校舎に飛び込み、また階段を駆け上がる。

 廊下は早歩きで進むと右から4番目の教室のドアを勢いよく開け、チャイムがなる前に登校して来たことを見せつける。

 クラス中の視線が向けられた。

「セーフッ!!」

 と、そこで違和感を感じた。 

 喉に刺さった小骨ように、チクチクと脳裏を刺激する。

 長い沈黙が流れた。

 もどかしさから、何とはなしに向けた視線の先には1-5と表示されたプレートがあった。

 それを見た瞬間、全身から冷や汗が吹き出す。

 1-5は俺がまで通っていた教室。

 新しいクラス分けは、昨日学校からの一斉メールで発表されていた。

 さらに、そのメールには、

――なお、明日は各自、発表されたクラスにて出席番号順に着席しておくこと。

 と書かれていた。

 もう一度、言おう。俺は、クラス中の視線を集めていた。


「…………」


 その時、チャイムが鳴った。その音楽が、〝蛍の光〟に聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。

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