第3話 父の回顧2

 やがて東讃大学とうさんだいがくの飛行機が右に傾き、こちらに戻ってきた。


「綺麗に旋回したな、おめでとう。時間は……1 分少々か。これは良い記録が出るかもしれんぞ。この後着水だから、ようく見ておきなさい!」

 父さんはますます興奮したようだ。やがて飛行機が高度を下げて着水した。勢いよく着水したから、ひっくり返ってしまった。

 

 やがてアナウンスが入った。


〈素晴らしい記録が出ています! ただ今の、東讃大学人力飛行機研究会 S‐tec、栄井坪絵さかいつぼえさんの記録は……〉

 父さんは、ごくりと大きな音をたてて唾を飲みこんだ。


〈……1 分42 秒01でした!〉


「やった大会新記録だぞ! みんなおめでとう! 機体回収を見に行こう!」

 そう言って父さんはぼくの手を引いて歩きはじめた。よく分からないけれど、飛び終わった飛行機をちょっと離れた岸までボートで運んでくるらしい。父さんはそれを見に行きたいみたいだ。


 松の林を離れて、ぼくたちは炎天下の道路を歩きはじめた。父さんがしゃべらなくなったから、ぼくは1 つ聞いてみた。

「ねぇ、父さんは何でそんなに夢中なの? もう鳥人間はやってないんだよね?」


 不思議そうな顔をしながら、父さんは答えた。

「それな……何でだろうな。父さんにも分からん。だけど、鳥人間という存在と、この彦根の松原水泳場という場所は、父さんの心の中にずっとあったんだ。結婚式もここで挙げたぐらいだからな。母さんには訳分かんないって言われちゃったけど、結局押し切っちゃった」


 そう言って、父さんは右側の建物を指さした。白い壁の、おしゃれなレストランみたいな建物だ。中にはお店の人がいて、料理の準備をしてる。立ち止まってよく見ると、看板には「本日貸切 東讃大学人力飛行機研究会とうさんだいがくじんりきひこうきけんきゅうかい S‐tec ご一行様」と書いてる。


「おお、ちゃんと名前が出てる。今日の夕食はここだよ。現役とOBOGがここで宴会を開くのも、うちのチームの恒例なんだ。楽しみにしておきなさい、おいしいぞ」

 そう言ってまた歩きはじめた。


「さっきの続きだけどな、父さんが今も鳥人間を追っかけているのは、大学時代最後の大会で飛べなかったせいかもしれない。みんなで一生懸命作ったのに、その年は天気が悪くて、飛ぶこと自体ができなかったんだ。……変な言い方だけど、父さんは成仏できなかったんだな。だから今日は、後輩が新記録を達成して、ちょっと誇らしい気持ちになったんだ。と言っても、父さんは寄付金を出しただけで、頑張ったのは現役の彼らなんだけどな」

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