第2話 父の回顧1

〈現在、プラットホーム上は、東讃大学人力飛行機研究会とうさんだいがくじんりきひこうきけんきゅうかい S‐tec。パイロットは……〉


 松の木かげでアナウンスをききながら、ぼくは父さんの指さす方を見た。

「岸から桟橋が伸びてて、その先にやぐらが見えるだろう。あれがプラットホームだ。高さ10 メートルもあるんだ。上ってみると、意外に高く見えて怖いんだぞ。滑空機部門、人力プロペラ機タイムトライアル部門、人力プロペラ機ディスタンス部門。色々あるけど、どれもあそこから離陸して、飛んでいくんだよ。特に、一定距離の往復時間を競うタイムトライアルは、急旋回があるから面白いぞ~~」


 いつもはほとんどしゃべらない父さんが、何だか今日はとても楽しそうだ。ぼくは別に聞きたくないのに、こうやってずっと一人でしゃべっている。


「ほら見てごらん、あのおじさんが旗を上げたの見えたか!? 離陸許可が出たんだ。もう飛ぶぞ。ようく見ておきなさい」


 ぼくは軽くうなずいたけれど、目の前にあるイチゴのかき氷を食べるのに夢中だった。それでも父さんはお構いなしにしゃべりつづけていた。


「ほら、離陸したぞ。滑走路の先でガクッと落ちただろう。タイムトライアル部門は速く飛ぶように設計されているからね、あの短い滑走路では十分加速できないんだ。だから、離陸してすぐに高度が下がるんだ。空母みたいだろう。ああ空母っていうのは航空母艦の略称でね、滑走路が付いた船のことなんだ。滑走路が短いから、そこから発艦した飛行機は、一旦沈下してから浮き上がってたんだ。今となっては昔の話だけどね」


 朝早くから連れてこられて、なんでこんなのを見なきゃいけないんだろう。眠いのもあっていらいらしていたぼくは、父さんにこう言った。

「飛行機なんか、どれも同じだよ。同じ形で、同じように飛んでるだけじゃん」


 父さんは一瞬おやっという顔をしたけれど、早口でまたしゃべりはじめた。

「そりゃ、一見つまらないかもしれないが、同じように飛んでる、と見えるということはすごいことなんだ。みんな安定して飛んでいるってことだろう。そこに至るまでに、安定して飛ばすために、設計や、製作や……みんな頑張ってきた結果なんだ。だがそれを実現するための工夫は、各チームで違いがあるんだ。同じ形って言ったけど、よく見ると外からでも分かるものがあるぞ。例えば今飛んでる東讃大学は、低翼、左右非対称、二重反転の中ペラ、引込み脚、Ⅴ字尾翼という機体だ。どうだてんこ盛りだろう。もっと言うと桁は自作のCFRP楕円桁だ。父さんが現役だった頃からの伝統ある構造だ。良く飛ぶという目標はどのチームも同じなのに、それを実現するためにどんな発想でどんな工夫をするかは、チーム毎に違うんだ。そしてそれが機体の色々な所に現れるんだ。観察すると、とても面白いんだよ。それに、どうやったら上手く飛べるかの情報交換も、互いに積極的にやってるんだ。ライバルなのに仲良くやれるってすごいだろ」


 全く、父さんのはしゃぎようは何なんだろう。大学生活が楽しかったのは分かるけど、それにしたって、普段の様子からは想像できない。いつもは新聞を読むかテレビを見るかしかしていないのに、今日はずっとこんな感じだ。朝の4 時にぼくを起こした時も、きっぷを買った時も、電車に乗っている時も、バスに乗っている時も、ず──っとにこにこしている。会場についてからはますますひどくなった。あの機体はどうだ、この風向きはどうだって、そんなことばっかり早口でしゃべっている。父さんが大学生だったのはずいぶん前のはずなのに、何でだろう。鳥人間って、そんなに良いものなんだろうか……

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