第2話:騎士は乙女たちの学び舎に忍び込む


 王都の東。精霊が住むと呼ばれる美しい森の中に、乙女たちの学び舎はひっそりと建っている。

 そこは創立百年を誇る、由緒正しいお嬢様専用の魔法学院である。

 学院では魔力を持って生まれた令嬢たちが、その使い方や知識、淑女としての振る舞いなどを学んでいる。


 ゲームではほぼ勉強しているシーンは出てこなかったが、多くの国々から貴族の娘たちがやってくるあたり、きっとカリキュラムや講師陣も優秀なのだろう。

 そういえば一人、攻略キャラが先生役として出ていたなとぼんやり考えつつ、俺は学院の周りを一周してみる。

 魔法による結界は張られているものの、守衛などは見当たらなかった。

 結界もさほど強い物ではなく、あくまでも悪魔の侵入を防ぐ物のようである。

 悪魔化しかけている俺では引っかかるのではと心配したが、試しに学院の壁をよじ登ってみたところあっけなく中には入れた。たぶん、かなり弱い結界なのだろう。


 そのまま壁の内側に入ってみたが、気づかれた様子はなかった。

 改めて近くで見ると、学院と言うより巨大なお屋敷と言った雰囲気の建物だ。

 前世で遊んだホラーゲームに出てくる洋館に似ている。

 そんな場所を、深夜に一人で見ているとなんだか不安な気持ちになってくる。

 どこからゾンビでも襲ってくるのではとビクビクしつつ、俺は生徒たちが寝泊まりしている寄宿舎の方へと近づいた。

 夜もかなり更けているからか、灯りが点いている部屋はほぼない。それにほっとしつつ、俺は寄宿舎と校舎を繋ぐ中庭に向かう。


 中庭には美しい庭園と噴水があるが、ゲームではここで生徒が悪魔に襲われ、死体が発見されるというシーンがある。

『悪魔と愛の銃弾』は乙女ゲームにしては、なかなかに残酷なシーンがある。さすがにスチルなどにはなっていないが、良く人が死ぬ。それもけっこうえげつない死に方をする。

 基本的にはコメディー寄りで明るい作風だが、そもそも一作目が乙女ゲームとは思えない設定だったのでそれを引きずっているのだろう。


 なにせ一作目のテーマは『恋と血とハードボイルド』だ。

 世紀末かとツッコみたくなる荒廃した世界が舞台で、イケメン枠は皆40オーバーのおっさん。彼らは煙草をくわえながら重火器で悪魔を倒し、声優は軒並み洋画の吹き替え声優ばかりというマニアックぶりだった。


 ちなみに俺――ことアシュレイは一作目のファンのためにとデザインされたキャラらしく、そのせいで人気が無かったという噂だ。

 容姿といい武器といい、アシュレイは一人渋すぎる。

 ファーストシーズンの名残が強く出過ぎていて、ライトなラブコメが受ける世代にはなかなか刺さらなかったのだろう。


 剣と魔法の世界なのに、拳銃と物理で敵と戦うキャラである。嫁は好きだったようだが、彼女に音読させられた二次創作サイトの小説や漫画の数もかなり少なかった。

 そして嫁も、俺のことをサクッと捨てたところを見ると口で言うほどアシュレイに興味が無かったのかもしれない。


 などと言うことを思い出して凹みかけ、俺は慌てて我に返る。

 今は物思いに耽っている場合ではないと思い直したが、かといってここにイケメンを呼び込む名案も浮かばず、俺はゲームでは死体が転がっていた中庭の噴水に腰掛けた。

 勢いだけで飛び出してきたので、実を言うとろくなアイディアは持っていない。

 だがもちろん、ここに死体を置くのは却下だ。

 誰も傷つかず、必要以上に怯えさせることもなく、されど男手が必要だと思われる範囲の事件。それが俺の求める条件だ。

 そして可能なら、それを悪魔の仕業に見せかけたい。


 などと思った瞬間、ふと脳裏に記憶にない光景が浮かぶ。

 それはゲームのスチルのようだった。

 しかしあまり鮮明ではなく、ゲーム画面によくある吹き出しの部分はよく見えない。

 絵も所々欠けていて、唯一わかるのは誰かが魔方陣の前に立っていると言うことだけだ。

 世に言う悪魔召喚の儀式のように見えるが、こんなシーンがあっただろうかと首をひねる。

 そうしていると記憶は突然途絶え、俺はまた現実に引き戻された。


「……こういうの、久々だな」


 最初に記憶を思い出したときは、こうして突然記憶が蘇ることがあった。

 けれど前世のことをあらかた思い出したせいか、最近ではあまり起きなかったのだ。

 少々不気味だったのが気になるが、詳細を思い出そうとしても上手くいかない。

 この分では何をやっても駄目だと気づき、俺はひとまず記憶を探るのを諦めた。


 今はまず、ギーザのわくわく学園ライフを現実にするのが先だ。

 まあ、まだ名案は浮かんでいないけれど。


「はぁ……。さっきのスチルみたいに、いっそ誰かが悪魔召喚でもしてくんないかなぁ」

 

 そして、さくっと解決出来る程度の悪事でも働いてくれないかなと都合の良いことを考えてしまう。


『……ついに、呼んで下さいましたね』


 だがそのとき、突然低い美声がその場に響いた。

 空耳かと思いながら耳の穴をほじっていると、突然バサッと翼がはためく音がする。


 音につられて空を見上げ、俺は思わずあんぐりと口を開けた。

 巨大な満月をバックに、一人の美しい悪魔が俺を見下ろしていたのだ。

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