第2部

第1話:騎士は新たな危機に気づく


 悪役令嬢に転生した元嫁を助けるためにドーピングしたら、悪魔になったあげく嫁から婚約破棄されました。


 もし俺の人生がラノベになるなら、きっとそんなタイトルになるに違いない。

 そんなことをしみじみと思ったのは、枕元に置いてあった嫁の手紙を読んだときだった。


『おかげさまで平和な日々を手に入れたので、今後はゲームの世界をエンジョイしながら生きていこうと思います。 それではあなたもお幸せに。 チャオ』


 久しぶりに読んだ日本語を見て、俺は一人頭を抱えていた。

 一週間の川縁生活を経て、ギリアムの自宅に戻ってきたのは三日前だ。

 肉体的にも精神的にも限界が来たのか、俺は奴の家で三日間昏々と眠り続け、目が覚めたらこの手紙を置いてギーザはいなくなっていた。

 彼女の割り切りの良さと行動力は凄すぎて、もはや感心するほどである、とはいえ、切ない気持ちはもちろんあるが。

 

「俺は本当に捨てられたんだな……」


 言葉にするとより実感するが、この前と違って涙はもう出なかった。

 吹っ切れたわけではないが、川でぼんやり過ごしていたときよりは少し冷静になったのかもしれない。


「大丈夫か?」


 手紙を持ってきたギリアムが、心配そうな顔で俺を覗き込む。

 それに頷こうとしたが、強がったところで彼には気づかれるだろうから素直に首を横に振った。


「娘を止められずすまない」

「いや、良いんだ。それより、ギーザは今どこへ?」

「イベーリア女学院だ。突然あそこに行かせて欲しいと言い出してな」


 イベーリア女学院。それは『悪魔と愛の銃弾』の舞台となる学校の名前だ。

 ゲームは女学院にヒロインが入るところから始まり、卒業するまでに攻略対象と恋に落ちるのがゲームの目的となっている。

 ギーザが本気でゲームの世界を堪能するというなら、確かに学校に行くのが一番手っ取り早い。


「妹もいるし、勉学に励むそうだ」

「勉学じゃなく、恋愛に励むのではないのか?」

「あそこは女学院だ。男子禁制だし、基本男は入れない」


 なら、なぜイケメンたちは入れたのだろうかと考えて、俺ははっと我に返る。

 

 攻略対象が女学院に入れたのは、そこで悪魔がらみの事件が起きるからなのだ。

 悪魔が女子生徒たちを襲う事件が頻発し、特例として生徒たちは一人だけ護衛をつけることが許される。

 そしてその中に、攻略対象のイケメンたちがいるのだ。

 ゲームの中では、ギーザの護衛は婚約者であるカインだ。そして俺――アシュレイはヒロインの護衛役として女学院に入る。


「ギリアム。突然だが、女学院で悪魔が暴れたとかそういう騒動はなかったか?」

「いや、特にはない」


 平和そのものだと言われ、俺は再びはっとする。

 確かあの騒動の原因はギリアムだ。確かギリアムの悪行を告発しようとした貴族の娘を殺すため、悪魔が学園に放たれるのだ。

 悪魔は学園で悪行三昧を繰り広げ、結果イケメン達が護衛役として学園にやってくる。


 だがこの世界のギリアムはこの通り善人だ。そのうえ聞いた話では、この15年で悪魔の姿を見かけることは激減したらしい。

 となれば、イケメンたちが介入する隙がない。


 そのことに気づいた瞬間、俺の顔から血の気が引いた。

 このままではゲームの世界を堪能したいというギーザの願いが叶えられない。つまり彼女は、なんの面白みもない学生生活を送ることになる。

 

 せっかく乙女ゲームの世界に転生したのに、イケメンの顔さえ見れずに毎日過ごすなんてあまりにかわいそうだと思った瞬間、俺はベッドから飛び出していた。


「おい、まさかお前女学院に忍び込むんじゃ……」

「安心しろ、フラグを建てたらすぐもどる」

「フラグがなんだか知らないが、絶対ロクなことじゃないだろう! とりあえず少し冷静になれ! お前はギーザが絡むと馬鹿になると自覚しろ!」

「安心しろ、もうドーピングはしないし今回は何も問題ない」


 絶対に大丈夫だと笑ったが、ギリアムは最後まで心配そうな顔だった。

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