第8話:騎士にフラグが立ちはじめる

 

 15年――。

 決して短くない歳月ではあるが、世の中は割と代わり映えしていなかった。

 だがさすがに15年も寝ていたせいで俺は騎士団の登録を抹消されていた。


 とはいえ魔帝とまで呼ばれる悪魔を封じたことはある種の伝説になっており、今や俺はちょっとした有名人である。

 街を歩けば声をかけられまくり、騎士団はもちろん様々な貴族や組織から是非うちで働かないかという依頼が殺到したのだ。


「ゲームの中では地味で薄給だったのに、えらい違いだなぁ」


 俺の身体を管理してくれていたギリアムの元に居候を決め込んだ俺は、自室に運び込まれる大量の手紙やら贈り物を見て暢気な独り言をこぼす。


 だがそろそろ今後の身の振り方は考えねばなるまいなと思っていると、ギリアムがひょっこり顔を出す。

 俺が破滅フラグをへし折ったおかげで、彼は家族とともに今は平穏無事に暮らしている。

 おかげでギーザも心優しい少女に育ち、悪役どころか今や天使である。



「今日も凄い量だな」

「たぶん、最初で最後のモテ期だな」

「そうか? お前は昔から、仕事でも恋愛でも引く手あまただっただろう」

「あんまり記憶がない」

「まあ、お前は基本鈍感だしな」


 苦笑しつつ、ギリアムは手紙の山を眺める。


「良い勤め先はありそうか?」

「まあ騎士団に戻るのが一番手っ取り早いとは思うが……」

「気は進まないという顔だな」

「ブランクがあるし、英雄扱いされてるから面倒事が増えそうでな」

「面倒事と言えば、見合い写真もいっぱい来てるようだな……」

「それは全部捨ててくれ。俺はお前をパパって呼ぶって決めてるからな」

「呼ぶな」

「とかいって、まんざらでもないくせに!」

「ギーザを嫁にやるのは良いが。パパ呼びは本気で嫌だ」


 ゴミでも見るような眼差しを向けられる、俺はちょっとほっとする。

 このところ人に持ち上げられることが多いので、この冷たい眼差しが逆に心地いいのだ。


「でも、ありがとな。お前が、ギーザと婚約させてくれるとは思ってなかった」

「あの子がそれを望んだからだ。それに英雄であれば、体面は保てる」

「無職の英雄だけどな」

「しばらくゆっくりしてもいいとは思うがな。何だったら、俺やギーザの護衛をしてくれてもいい」

「今、騎士はいないのか?」

「色々あってな……」


 言いながら、ギリアムは苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「愚痴なら聞くぞ?」

「……端的に言えば、雇う奴らが娘たちに次々惚れて困っている」

「まさかギーザにじゃないだろうな!」

「安心しろ。あの子はああ見えてお前以外には塩対応だし、誤解させるようなことはしない」


 だがセシリアが……と言う言葉で、俺ははっとする。


「待て、妹って聖女じゃなかったか? 恋とかしていいのか?」

「おい、何故知っている」


 突然顔色を変えるギリアムに、俺は慌てて口をつぐむ。

 聖女の存在は、本来彼女を守る騎士と一部の人間にしか知らされていないものなのだ。悪魔を滅する力を持つ聖女は、この世界ではある種の兵器だ。それを求める者は多く、国はそれを秘匿にし守ろうとしているのである。

 そしてゲーム内でのギリアムは、彼女をいち早く見つけこっそりとかくまい利用しようとするのだ。


「なんて言うか、オーラでわかるって言うか」

「セシリアには、会ったこともないだろう。彼女は今、女学院にいるんだぞ?」


 ギロリと睨まれ、俺は何を言っても墓穴を掘るだけだと察して黙る。


「そういえばお前、指輪の時も妙に察しが良かったな」

「……そ、そうだったか?」

「俺に何か、話してくれるつもりだったよな?」

「えっと……」

「遅くなったが、話を聞こう」


 有無を言わせぬ声に、俺は十五年前の覚悟を思い出す。


「でもあの、話しても婚約破棄とかは……なしの方向で頼むな?」


 その前置きがまさかフラグになろうとは、このときの俺は知るよしもなかった。

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