第9話:騎士は友人に押し倒される


「それで、全部話して家を追い出されたわけね」

「『お前は親友の俺に嘘をつくのか!!』って滅茶苦茶キレられた」


 トホホと肩を落とす俺の話を聞いているのは、十五年経ってもやはり見た目が変わらない魔道士のマルである。


「馬鹿正直に話したって普通信じないっての」

「マルは信じたじゃないか」

「まあ僕は長いこと生きてるし、転生とか転移とか言い出す人がたまにいるって知ってるからね」

「え、他のもいるのか?」

「うんうん。まあ多くはないけどね~」


 でもいるなら会ってみたいなと思いつつ、俺はマルが出してくれたお茶を啜る。


「まあひとまず今夜は泊めてあげるよ。一晩経てば、ギリアムも冷静になるだろうしね」

「持つべきものは、長生きの友達だな」

「でも一個だけ、お願いきいてくれる?」

「おうっ、夕飯食わせてくれるならなんでもいいぞ」

「じゃあ、脱いで」


 ゴトンと、俺は思わずお茶を倒した。


「いやぁ、一瞬とは言え魔帝をその身に宿した身体なんで超貴重じゃん! 一回、じっくりねっとり調べてみたかったんだよね!」

「し、調べるって何を……」

「まあとりあえず脱いでよ」

「とりあえずで脱げるか!! お前、手つきと目がイヤらしいぞ!!」

「ふふっ、そんなことないよ。僕、男の人には優しくするから」


 いうなり俺のシャツのボタンを外そうとするマル。それに抵抗したかったのに、彼に額を指で小突かれた瞬間、俺の身体からぐったりと力が抜ける。


「ふふっ、やっぱり普通じゃないねぇその身体。悪魔用の魔法めっちゃきくみたい」

「やめ……」

「おおお、それにこの身体凄い!」

「……あっ……そんなとこ……っ…触るな……!」

「へぇ十五年も寝てたのに全然衰えてないんだ。起きてまだすぐでしょう?」

「だから……うっ、やめ……」

「うわぁ、これはすごい」


 などと言いながらペタペタ腹筋を触られるのがあまりにくすぐったくて、つい変な声まで出てしまう。

 勘弁してくれと泣きたくなるが、どうやっても身体は動かず、俺は半裸のままソファに転がされ、好き放題されるほかない。

 こんな所を誰かに見られたら終わる。俺の人生が終わる。


「アシュレイ!!」


 そしてそういうときに限って、一番会いたくない人がやってくる。


「あ、ギーザさんいらっしゃい」


 半裸になった俺の上に乗り上がったまま、マルが暢気に笑っていた。

 そして俺の嫁は、真っ赤な顔で硬直していた。


「ご、誤解――」

「うわああああああっ、マルアシュ尊い!!!!!」


 顔を手で覆い、身悶える俺の嫁。

 それをポカンとしたまま見つめた瞬間、ギーザがびくりと肩をふるわせる。


 同時に彼女はもの凄く驚いた顔で、俺たちの姿をもう一度見る。

 どこか間の抜けた表情を見た瞬間、俺はあることに気がついた。


「……お、俺が攻めじゃだめか?」

「だめ! アシュレイはぜったい受けなの!!」


 その口調は、俺のよく知る嫁の物だった。

 カップリングトークで興奮するときの表情は、前世の俺が大好きな顔だった。


「ねえ、ギーザちゃんの言ってること、僕全然理解できないんだけど、もしかして……」

「ああ、多分思い出したんだろうな」


 絶対そうだと確信した瞬間、魔法が解け俺は動けるようになる。

 シャツを羽織りながらギーザに近づくと、彼女は怯えた顔で俺を見ていた。多分突然記憶が戻り、ひどく混乱しているのだろう。

 そんな彼女を怖がらせないよう、俺は慌てて一歩退く。


「記憶が戻ると、驚く……よな」

「えっ、どうして……」

「俺もそうだったんだ。……でもまさか、お前の夢に俺まで巻き込まれるとはな」


 そう言って笑えば、彼女は俺を指さし目を見開いた。


「も……もしかして、光則みつのり……さん?」

「まあ、顔も声も違うけど」

「わ、私の旦那が……受けキャラになってる……!!!!!」


 せめてそこは、攻略キャラと言って欲しかった。

 などと思いながら、「誰ともやってないからな」と俺は笑った。

 嫁は少し、がっかりした顔をしていた。複雑である。

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