第2話:騎士は限界突破を目指す

 

「突然ですが、お暇を頂けますか」


 ざっくりとした計画を立てたその日の午後、カインに打診すると彼はひどく驚いた顔をした。


「まさかお前も、僕を見捨てるつもりか」

「そんなわけないでしょう。むしろあなたとあなたの国を守るために、修行をしたいのです」


 一番の目的は嫁の幸せのためだが、その言葉も嘘ではない。

 ギリアムを止めることは、国の平和にも繋がる。


「とりあえず、一月ほどで帰ってきますので」

「……ちなみに、どこへ行くつもりだ?」

「町外れにある魔道士の元で修行をするつもりです」

「お前、魔法は不得意だったろう?」

「だからです。それに魔道士は、人間の能力を限界突破させる薬を作れるらしいのでそれをためしてこようかと」

「それ、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫です」


 悪魔と愛の銃弾は、珍しくアクション要素が強い乙女ゲームで、ゲームシステムはアクションRPGに近い。それ故レベルの概念が有り、ステータスもレベルの上昇と共に強化されていく仕様なのだ。

 レベルを上げるための経験値は敵を倒すことではいるが、特殊な薬品を錬金術で作る事でも手に入る。そして薬は、各種ステータスを上げることも可能だった。

 もちろんレベル上げもするが、薬でブーストする事に越したことはない。


「では、強くなって帰ってまいります」

「いや待って」

「信じて下さい。俺はちゃんと帰ってきますから」

「お前のことは信じたい……が、どうも嫌な予感がする」


 だから僕も一緒に行く。


 そう言い出したカインに、俺は目を見開いた。


「どうせ俺が外に出ても誰も気にもしない」

「ですが、何かあったら」

「お前が側にいれば大丈夫だろう。それよりも、なんだか今のお前を一人にしてはいけない気がする」


 もの凄く嫌な予感がすると五歳児に断言された。

 そんなことないんだけどなぁと思ったがカインは一緒に行くと言って聞かず、結局俺はカインと共にレベルアップ大作戦を決行することとなった。




◇◇◇      ◇◇◇


 


 聖王国『イングリード』――――

 ゲームの舞台となる異世界の王国は、中世ヨーロッパをモチーフにした美しい景観を持つ大きな都と広大な領地からなっている。

 そしてゲームの舞台となる王都は、カインたち王族が住む白亜の宮殿を中心に円形に広がっていた。

 都市は内側から『第一区市民街』『商業街』『第二区市民街』『工業街』『第三区市民街』と区分けされ、大きな壁がそれぞれを隔てている。

 壁はかつて悪魔から街を守るために作られたもので、美しい街にそぐわぬほど物々しい防備を備えていた。

 そして守りが厚い内側に――第一区は貴族が暮らし、二区三区と数字が上がることに、貧民の数が多くなる。

 ヒロインはこの貧民区の出身で、そのことを理由に悪役令嬢にいじめられるというベタなシーンもあった。


 ちなみに俺は第一区の出身だが、親と喧嘩別れし家を出たので、騎士として功績を挙げるまでは第二区で暮らしていた。

 そしてその際、仲良くなったのが魔道士の『マル』である。

 ゲームでは冒険に役立つアイテムを売ってくれるポジションのキャラで、もちろん美形である。

 見た目は20代後半だが、俺が十歳の頃から欠片もその美貌は陰っていない。

 というか、どう見ても年を取っていない。そこに違和感を覚えつつも何だかんだ気の良い男なので、今も交流は続いている。

 そんな彼の元にカインと共におもむけば、いつもは飄々としているこの男もさすがに驚いた顔をした。


「王子様まで連れて、いったいどうしたのさ」

「『レベルアップポーション』と『ステータスアップの秘薬』を作って欲しい」

 ゲーム内の名称で伝わるか不安だったが、それ以外の呼び名を知らないのでそのままの名前を告げる。


 するとマルは更に驚いた顔で俺を見た。


「どうしてその薬のことを知ってるんだい? そのレシピは、ついさっきトイレで頭を打って思いついた所なんだけど?」

「思いついたと言うことは、作れるのか?」

「作れるけど、どうして知ってるか聞いても良い?」

「聞いても理解できないだろうが、作ってくれるなら考える」


 俺の提案にマルは頷く。


「でも素材集めるのは大変だよー。レアな悪魔の血や目玉とかばっかりだし」

「待って、その薬は悪魔の素材から作るのか!?」


 慌てて声をはさんだのは、黙って様子をうかがっていたカインである。


「そんな物を体内に入れて大丈夫なのか!?」


 身体に悪いんじゃないのかと心配するカインの表情は青白い。

 それを見た瞬間、俺の脳裏に前世の記憶が瞬く。



 蘇った情景は、嫁の誕生日に新式のタブレットを贈った時のことだった。


『あああああ、ポーションを嫌がるカインきゅんホント尊い!!!』


 俺へのお礼もそこそこに、嫁はそう言って悶えていた。

 一体何に悶えているのかと思ってタブレットを覗けば、映し出されていたのはカインが悪魔の素材から作ったポーションを飲んで気分を悪くする……というネタのファンアートである。


 ゲーム上では一瞬で終わる『ポーションを使う』という作業に意味を持たせ、萌えを追加し、一枚のイラストとして完成させるファンの熱意は凄いなとあのとき俺は思った。

 そして同時に、『カインきゅん尊い!!!!』とか言いながら身悶える嫁が可愛くて、俺は心臓を打ち抜かれてしまったのだ。


「アシュレイ?」


 嫁との記憶を思い出し、ついニヤニヤしていた俺をカインがつつく。

 そこでようやく我に返り、俺は「何でもありません」と首を振った。


「でも、本当に薬を作るのか? 飲むのか?」

「はい。俺の決意は変わりません」

「だが、お前の身体に何かあったら……」

「頑丈なのが取り柄ですし、絶対に大丈夫です」


 なので早速、素材となる悪魔を狩りに行っていきますと俺はかっこよく宣言する。


「ということで、王子のことを頼んだぞマル」

「アシュレイくんさぁ、一般人の俺に王子を押しつけるのってどうかと思うよ?」


 確かに非常識な行為だが、今の俺は知っている。

 一見胡散臭いが、マルはこの国に忠誠を誓った伝説の魔道士なのだ。

 そしてカインの母親と一時期恋仲になった……と言う設定から、嫁のような腐女子さんたちの間ではカイン×マルはもの凄く人気のカップリングだったのだ。


「僕が、王子様に何かするとは思わない?」

「大丈夫だ。お前がされるほうだから」

「え?」

「いやしかし、受けと攻めが変わる場合もあるか……」

「うけ?」

「いやだが、さすがに五歳児には手を出せまい。とにかく、お前たちは大丈夫だ。相性バッチリだ」


 だからあとは二人で仲良くやってくれと言い放ち、俺は颯爽とその場を立ち去った。

 




 そしてこの日から俺は来る日も来る日も悪魔を狩り、素材を集め、出来たポーションをがぶ飲みする日々を繰り返した。

 ポーションの味は最悪だったが、確かに身体能力は上がるらしく、半年も経たないうちに俺はゲーム終盤出てくる高位の悪魔さえ楽々倒せるようになっていた。


 だがそれでも、無双にはきっとまだほど遠い。

 とにかく強く。強く、強く、強く!

 ただそれだけを目指して生きているうちに、俺はついにその日を迎えた。



 ギリアムの妻が亡くなるイベントが起こる、ギーザの3歳の誕生日である。

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