第1話:騎士は記憶を整理する

 運命の再会したその夜――。

 俺はさっそく『嫁を絶対幸せにするぞ計画』を練り始めることにした。


 騎士団にある自室に引きこもり、まず始めたのはこの世界――悪魔と愛の銃弾の情報を思い出し紙にまとめることだった。

 メインストーリーから攻略キャラの情報、必要ないかもしれないが開発したゲーム会社やクリエイターの名前まで覚えていることを全て俺は紙に書き出してみた。


『悪魔と愛の銃弾 セカンドシーズン』

 それが、俺の住むこの世界の元になったゲームだ。

 乙女ゲームというジャンルだが、タイトルが妙に渋いのは第一作目のコンセプトがなかなかにマニアックだったからである。

 一作目のコンセプトはまさかの「ハードボイルド・ラブストーリー」。

 ゲームの舞台は戦争で滅んだ後の地球という、どこかの世紀末ばりにシビアで、そこに突如として現れた悪魔たちを倒しながら恋を育むという内容である。

 そして攻略キャラは、全員おじさんキャラ(40歳が一番若手)という作品だったらしい。

 嫁はそれなりに楽しんだようだが、彼女の話によると売り上げは芳しくなかったようだ。


『もうね、マニアックでハードボイルドで地味ぃなお話なの。もう絵作りもお話も地味ぃなの!』


 普段はおしゃべりな嫁の口からそんな感想しか出てこなかった事を思うと、本当に地味だったのだろう。


 そのせいか続編はなかなか出ず、誰もがその存在を忘れかけた頃、このセカンドシーズンが突然発売されたのだ。

 前作が売れなかったせいで予算はすくなかったようだが、声優はそこそこ豪華で、後に『神絵師』と呼ばれるイラストレーターが担当したキャラデザのおかげでこのセカンドシーズンはヒットした。


 あとたぶん、ハードボイルドを設定から抜いたのも大きかったのだろう。

 一応、俺――アシュレイというおじさんキャラはいるが、残りはキラキラ系イケメンだし世界だって世紀末から剣と魔法の世界に変わっている。

 ただ物語は色々荒いし雑で、突然前作を彷彿とさせるハードなイベントが起きたりする。

 前作から引き続き、悪魔を倒しながら恋を育むという要素が残っているがゆえに、よくよく考えるとグロテスクな場面もあったりするのだ。

 とはいえ基本的には溺愛とイチャラブに振り切っていて、ハードの展開をハードと感じないようなコミカル要素も強い作品でもあった。

 王道にはなりきれていないが、そこには妙な個性が生まれ、作品はヒット。

 おかげで悪魔と愛の銃弾はシーズン5まで作られ、俺が最後に見たときはスマホ版も出ていた気がする。


 そんな概要をも含め、俺は一晩かけて攻略本並にゲームの情報をまとめてみた。


 ……が、しかし。

 そこで早速、問題にぶち当たった。


 前世の記憶を色々と引っ張り出してみたにもかかわらず、ギーザに関する記憶はろくに出てこなかったのだ。

 攻略キャラのスリーサイズや担当声優、好きな食べ物から苦手な食べ物まで無駄な設定はいくらでも出てくるのに、ギーザの事になると記憶があいまいなのである。


 それでも必死に頭を悩ませたところで、俺はふと気づく。

 思えば、そもそもゲーム内での彼女の印象はやたらと薄い。

 悪魔と愛の銃弾というゲームのタイトルからわかるように、このゲームの一番の敵役は『悪魔』。そして次に目立つのは、その悪魔と密接な関係を持つギーザの父ギリアムなのである。


 ゲームの中のあいつは、性格がねじ曲がりすぎている。

 権力に固執し、王位を狙い、そのために悪魔召喚の儀式をして街の半分を吹き飛ばしたりとやりたい放題なのだ。

 そんな彼の悪行が派手すぎるせいで、ギーザに関してはあまり記憶がない。

 ここまで覚えていないと言うことは、もしかしたらろくな描写もなく「ギーザは島流しにされた」てきな一文で終わっていたのかもしれない。

 悪魔と愛の銃弾は物語が少々破綻しているところがあるし、メインキャラ以外の設定やお話がおざなりになっているところが多々あるゲームだったから、ものすごくあり得る。


「ガバガバなゲームに転生すると、色々めんどくさいな……」


 などとぼやいてしまったが、だからといって諦める俺ではない。

 描写がなくても、ギーザが幸せになれないのは事実。

 そしてその原因を絶対に取り除くのだと改めて決意していると、俺はあることに気づく。


「いや待てよ。嫁が駄目なら、まず父親から攻略すればいいんじゃないか?」


 この物語で最初に破滅するのは、ギリアムだ。

 そんな彼を父に持ち、その悪行にギーザも加担させられていたことが、破滅に繋がるのはほぼ間違いない。

 ならばギリアムを更生させてしまえば、ギーザの破滅もなくなるのではと思ったのだ。


 それにギリアムが相手なら、破滅フラグも折りやすい。

 彼が悪行を繰り返すのには明確な理由があり、救えるタイミングもあるからだ。

 

 そもそも、全ての元凶はギリアムというより彼の実家『リーベルン公爵家』にある。

 わかりやすい悪役ポジである公爵家の人間は、末端だが王家の血を引いているが故に、自分たちが国を率いるべきだと考えているくせ者揃いだ。

 当主は代々人を人とも思わぬキャラが多く、裏社会とつながり、国家転覆を狙っているというTHE悪役を地で行く設定がてんこ盛りだった。


 しかしギリアムは、元々そんな実家を疎ましく思っていた。

 彼は優しく情にあふれ、家をまっとうにしたいと考えていたのである。

 ゲームの中の彼からは想像もつかないが、ギリアムの根が善人であることは俺の――アシュレイとしての記憶が証明している。


 ゲームではあまり語られなかったが、アシュレイとギリアムは元々幼なじみだ。

 実際、この世界での俺たちも同じ騎士団で剣の腕を磨き合った仲である。

 親友と言っても過言ではなかったが、ギリアムの父と兄が急死したのをきっかけに、俺たちの友情は一度壊れてしまった。

 ギリアムが騎士団を止めて家を継ぐと言い出したのが原因で、そのときの記憶は、俺にとっては苦い物だ。


 公爵家の野望を、俺はギリアムから聞かされていた。

 だからこそ、ギリアムはそんな家から自由になろうと騎士になったのに、なぜ戻らなければならないのだと当時は憤慨した。

 きっと、家を継ぐことは間違いだと彼も心のどこかではわかってはいたのだろう。

 けれど彼は家を継げという父親の遺言を無視できなかった。


『父からの初めての頼み事なんだ。それに内側から、家を変える方法もあるかもしれない』


 そう言って、彼は騎士団を止めていった。俺たちが共に15の頃である。

 そしてその後、彼はリーベルン公爵家とその家業を引き継いだ。人には言えぬ汚れた家業も含めてである。


 彼が当主になったことで少しはマシになるかとも期待したが、結局それは裏切られた。

 会う度に彼は父親に似た冷徹な男に近づき、俺への態度もよそよそしくなるばかり。何故あれほど優しい男がと悔やんでいたが、ゲームの知識を得た今の俺はその理由を知っている。


 全ての元凶は、悪魔だ。

 あの家には――正確には当主が受け継ぐ指輪にはとある悪魔が取り憑いていて、それが一族の心を歪ませているのである。

 そしてその指輪に封じ込まれている悪魔こそ、このゲームのラスボスだ。


 ゲームでは、ヒロインはイケメンたちと交流し愛を深めることによって、悪魔を倒す聖女としての力を覚醒させていく。

 その後お相手が確定した後、何やかんやあって、この指輪を恋人のイケメンがはめてしまうという展開が待っている。

 ギリアムの悪行三昧によって力を蓄えたラスボスは、イケメンを乗っ取り魔王として復活しようとするのである。

 しかし最後はヒロインが愛の力で指輪を砕き、イケメンも世界も救う。

 と言うのが、悪魔と愛の銃弾の基本的な筋書きだ。

 色々と突っ込みどころも多いシナリオだった気がするが、話の流れはそれで間違いない。


 つまり、全ての元凶はギリアムと悪魔の宿った指輪だ。

 そしてその指輪によってギリアムが完全に洗脳されるきっかけは、確か今から3年後に起こる妻の死である。

 娘と共に出かけた旅行先で、二人は悪魔に襲われてしまうのだ。

 妻を失った悲しみによって、ギリアムは身も心も弱ってしまう。

 その弱った心を完全に乗っ取られ、そこからは恐怖のギリアム無双の始まりだ。

 同時に彼は娘にも辛く当たるようになり、ギーザの性格がひねくれるのもこのためだ。


 だとすれば、まず救うべきは俺の親友だ。

 本当なら指輪のほうを何とかしたいが、残念ながら破壊できるのは聖女の力のみだし、指輪は常にギリアムがつけているので奪うのは難しい。それに安易に手を出せば俺も悪魔に飲み込まれかねない。

 なのでまずはギリアムが悪事を働かないように見張るのが一番いい。

 そして、3年後におこる不幸を食い止めるのだ。

 それに彼の妻を助ければ、きっと奴も「お前に娘をやろう!」と言い出すに違いない。



 となれば来たるべき日に備え、まずは身体と魔力を鍛えるのが先決だという結論に、俺はたどり着いた。


 ギーザたちが襲われるイベントについてはあまり情報はないが、かなりの数の悪魔に囲まれたという設定をファンブックで読んだので、無双が出来るくらいの力は得るべきだ。

 残念ながらアシュレイにはチート的な能力はない。

 神様は、どうやら俺にこの凜々しい顔と渋めの美声しかくれなかったらしい。


 だがもちろん、ここで諦める気はない。

 なにせ俺の手には、この世界の情報がある。

 その情報を持つ今なら、不可能はないはずなのだ。

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