第二章(奈良市高畑町)

第1話 僕と写真ブログ

 僕は、奈良市高畑町の古い一軒家に住んでいる。近鉄奈良駅からバスで約十五分の場所にあるここ高畑町は、古い民家が寄り添うように集まっている場所で、ある意味歴史を感じるエリアとも言える。


 僕の住む家は、破石町バス停から十分ほど緩い坂を登った所にある築六十年の古い家だ。実は、親戚の持ち物なのだが、六畳二間しかない小さな家ということで使い道がないらしく、独身の僕が安い家賃で住まわせて貰っているのだ。


 僕は、大学を卒業後、念願だった高校の教師になった。だが、現在は退職して塾のオンライン講師などで生計を立てている。毎月の収入はとても不安定なので常に質素な生活を心がけねばならない。

 だから、僕にとっては、古くても駅から遠くても坂がきつくても月額四万の家賃はとても助かっている。


 退職してからの僕は正直、有り余る時間を上手く使いこなせずにいた。そこで、大好きな奈良の素晴らしさを自分の撮った写真で紹介したいという気持ちが芽生え、結果写真ブログを立ちあげ、毎日更新しているのだった。


 退職の際、清水の舞台から飛び降りる覚悟で買ったライカのカメラで撮った写真をブログに使っている。このカメラの為に大金を使ったことが原因で今は質素に暮らさざるを得ないとも言えるのだが……。


 ブログの内容は、九割が風景写真、そして一割が愛猫のすずの写真だ。写真に対して少し知識があるとはいえ、素人の拙いブログに読者の足跡があるのは素直に嬉しいことだった。だからこそ、疲れていても毎日午前零時までに必ずブログを更新しているのだろうと自分では思っていた。


 最初は、試行錯誤でやり始めたブログも今はかなり使いこなせている。そして、毎日コメントを残してくれる人達のことも不思議とわかってきた。

 例えば、”なみさん”は空の写真の時に、”たまこさん”は、すずの写真の時にだけコメントをくれるし、”やじ喜多”さんはいつも1行のコメント、そして、”結花”さんはお寺が少しでも写っている時に長いコメントを書いてくれる。


 最初の頃は、コメント一つ一つに丁寧に返事を書いていたが、今は忙しさを理由に書かなくなっていた。ただ、アップしたブログに一つもコメントがないと、写真やテキストの質が悪かったのではないかと思い落ち込んでしまう。そんな身勝手な僕を支えてくれているのが所謂、常連さん達だったのは間違い無い。



 ある朝、スマホで自分のブログを見ていたところ、先日アップしていた新薬師寺と鱗雲の写真に結花さんがいつものように長いコメントを書いてくれていた。そして、コメントの最後にこう書いてあった。


「新薬師寺、、、懐かしい!今度久しぶりに行く予定です。どの写真も本当に素敵で、まるで奈良にいるような気分にさせてくれます」


 結花さんのコメントはいつも僕を気持ち良くしてくれる。きっと素敵な人なんだろうと思う。

 このコメントを見た時、僕は「結花さん、奈良に来るんだ」と思う位で、それ以上は深く考えてなかったのだが、なんと”やじ喜多さん”のコメントで大きく変わることになったのだ。


「どうやら”結花さん”が奈良に行くみたいですね。こういうチャンスってなかなかないのでは!?そうだ、みんな揃ってオフ会とかしませんか?」


 それにつられて、”なみさん”も”たまこさん”も「いいね!いいね!」と大賛成の様子。僕は、正直乗り気では無かったものの、この盛り上がりに水をかけるような真似は出来ない。


「いいですね。是非、やりましょう!では、結花さんが奈良に来られる日が決まったら私にダイレクトメールでお知らせください。スケジュールなどは僕が考えて、皆さんにご案内しますね」


 僕はできるだけ楽しみにしている姿が伝わるような返事を書いた。

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