第7話 その事件があった日

 あの高校の制服を身に纏う、咲桜さくらさんを見た。

 たまたま。

 俺達の家は駅一つ分の距離だったが、そこで丁度学区が別れていたので、通う中学は違っていた。咲桜さんの生活圏と俺の生活圏は違う。だから、示し会わせて会おうとしない限りーーー近所に赴いて、その姿を探そうとしない限り、彼女に会えることは無くなっていた。本当に、たまたま。電車の窓から、彼女が歩く姿が見えた。ほんの、一瞬の出来事だ。

 希望が膨らむ。

 一年後、一年遅れて同じ高校を入学した俺は、「久し振りですね、咲桜センパイ」なんて言って笑う。咲桜さんは目を丸めて、やがてまた、俺にあの、俺を幸せにする笑顔を向けるのだ。

 俺の未来予想図は、ほぼほぼ完璧だと言っても過言が無かった……はずだった。

 けれど、なんの因果か。

 その夏、俺達は、思いもよらない形で再会する事になった。




「咲桜っ!」


 大きな声に続いて、ドンッと言う鈍い音がした。

 想像した光景に、一瞬にして汗が吹き出し、気が付けば、音のした方に走り出していた。


朝陽はるきっ!」


 駆け付けると、一台の車が停まっていて、同じ年頃の男子二人がその影に駆け寄っていくところだった。

 眩暈がして、一旦、足を止めてしまう。……あれは、血だろうか……。くらくらとした。咲桜さんだったら、どうしよう……。見たくなかった。でも、確認せずにはいられなかった。


「朝陽ッ朝陽ッ!」

「救急車をッ!」


 殺伐とした現場に、横たわって血塗れになっていたのは、咲桜さんではなかった。

 咲桜さんは茫然とした様子でその場に座り込んでいた。血まみれの彼に突き飛ばされたのかもしれない。擦りむいたような傷口から血が滲んでいた。


「……あ、……はる、き……」


 ぼやくように、か細い声が聞こえた。


「やだ…………、しなないで………はるき……………」


 お前が飛び出してきたからだ!と叫ぶ声が聞こえた。車から降りてきた、男だ。こちらは動揺して、気が荒立っているようだった。

 咲桜さんはびくりと肩を震わせ、両手できつく塞ぐように両耳を抑えると、その場に倒れた。






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