第8話 魔除けは次元を超えゴーレムに

Side:サラリーマン

「A社との契約はどうなっている!?」


 部長が吠えた。


「すいません、鋭意努力中でして」


 担当社員が平謝りしている。

 しょうがない奴だな契約の一つも取れないなんて。


「俺がやってみましょうか」


 俺はしゃしゃり出てみた。

 平謝りしている社員が親の敵でも見る目で俺を睨む。


久々津くぐつ君がやってくれるのなら安心だ」

「ちょっとお時間を」


 俺はスマホで電話を掛け始めた。

 相手はA社の部長だ。


「もしもし、いまお時間よろしいでしょうか」

『ああ、久々津くぐつ君かね。どうだい今週末ゴルフでも』

「いいですね。ですが遊ぶ前に仕事を片付けたいのです。当社の企画書に目を通されたでしょうか」

『もちろん通したとも』

「それで契約してもらえたら、この前の一件をチャラという事でどうです」

『まあやむを得まい』

「では当社の者が契約書を持ってお伺いいたします。では失礼します」


「結果は聞かなくて分かった。流石だな」


久々津くぐつさん、素敵」

「本当に。結婚したい同僚ナンバーワンだわ」


 女子社員がよいしょを始めた。


「そこの睨んでいる君。早く契約書を持ってA社に行きたまえ」

「礼は言わない。実績はお前がかっさらうのだろう。俺達の今までの根回しなんか無かった事にして」

「最後に決めた者が勝ちなんだよ。過程など意味はない。部長、ボーナスあてにしてますよ」


「ああ、期待しておいてくれ」


 定時が過ぎたので、飲みのお誘いを断り退社する。

 同じ会社の人間と飲んだって仕事の成績は上がらない。

 仕事のノウハウなどは新入社員の時に先輩の飲みに付き合って習得済みだ。


 だが、最近なにか虚しいのは、彼女と別れたせいだろうか。

 高価なプレゼントをねだるばかりの女だったが、あんなのでも居ないよりましなのか。


 高級ソファーに座り、高層ビルの一室から眼下を眺める。

 コーヒーでも飲むか。


 コーヒーカップを手に取った時に人の話し声がした。

 ふむ、心霊現象か。

 そんな事は信じない。

 水道管を伝わって離れた所の会話が聞こえたという話をどこかで読んだ。

 また、虫歯を治療したら詰めた金属がラジオになって電波を受信したなんてのもある。

 そういう理由があるに違いない。


「くそう。このままでは餓死しちまう。雑草と泥と水で我慢するか」


 なるほど、日本で雑草と泥を食って飢えをしのぐ人間はたぶん居ないだろう。

 山菜の代わりに雑草を食っている研究家はいるとしてもだ。

 泥なんてのは更にあり得ない。

 声の主の状況は把握した。


「虫を食えば良い」


 コウロギやイナゴは俺も食った事がある。

 思わず助言してしまった。


「どなたか知らないがありがとう」


 驚いた事に返答があった。

 コーヒーカップに水が満ちる。


 この水は声の主からだろう。

 ひっとして空間が繋がった。

 空間が歪んでどこかと繋げたのに安定している確率は低いが、無い事でもないだろう。

 やっぱり心霊現象ではないな。


 水を近くにあったコップに移す。

 水は後で分析に回そう。

 空間を飛び越えたのなら、放射能なんか帯びているかもな。


 この水の価値はどれぐらいかは分からないが、貰ってただという訳にはいかないだろう。

 ふと、キッチンに山積みされている米に目をやる。

 この米は株主優待で送ってきたものだ。

 株主優待は米が多い。

 こちらとしては要らない物だ。

 これらを声の主に送ってやろう。


 米をコーヒーカップに入れる。

 吸い込まれるように米が消えて行く。

 底なしに入るな。

 どうやら空間が繋がっている推測は当たりらしい。


 米を30キロほど入れてキッチンがスッキリとした。

 不良在庫を処分した清々しい気持ちだ。

 しばらくして、米を炊く匂いが漂ってきた。

 そして。


「どなたか知りませんが、ありがとうございます。こんな物しか返せないのですが、お礼に魔除けを送ります」


 コーヒーカップからどんぐりみたいな物で作った人形が出て来た。

 魔除けか。

 要らないな、こんな物。

 ゴミ箱に捨てようと掴もうとした時にぴくりと人形が動いた。


 今度こそ心霊現象か。

 いや、これにも何か理由があるはずだ。

 人形は立ち上がり、首を傾げた。


 丸い木の実に楊枝ぐらいの太さトゲが鼻として刺さってる。

 まつ毛もトゲを貼り付けたもので、目は黒いゴマ粒ぐらいの実だ。

 口はナイフの切り込みで作ってある。


 人形は何かを待っているかのようだ。

 どうしたら良いのかな。


「とりあえず座れ」


 人形は俺の言葉に従って座った。

 なるほど、知能はあるのだな。


「お手」


 俺が指を出すと人形はちょこんと木の実の手を乗せた。

 やっぱり俺の命令に従うのだな。


「好きにしていいぞ」


 人形は歩き始めキッチンの色々な物を興味深そうに見て回った。

 そうだ、名前を付けてやろう。

 どことなくピノキオに似てるから、キオでいいか。


「お前の名前は今日からキオだ」


 キオは頷いた。

 次の日、出社する時間になった。


「キオ、良い子で留守番しててくれ」


 頷くキオ。

 俺はその日なんとなくキオが心配で仕事に精彩を欠いた。

 帰宅途中なんとなく体がだるい。

 マンションのドアを開けるとキオが俺を待っていた。

 俺はベッドに横たわるとすぐに寝た。


 真夜中、寝苦しくて目が覚める。

 頭にはひんやりとした物がある。

 冷却シートが乗っている。

 誰がしてくれたんだ。


 キッチンからは良い匂いがする。

 覗くとキオが雑炊を作ってた。


 キオの体は傷だらけだった。

 キオはコンロの火を止めようしたのだろう。

 コンロのスイッチに乗った。

 そして床に落ちた。

 あー、見ちゃいられない。

 俺はコンロのスイッチを切った。

 そしてキオを起こしてやった。

 くたっと崩れ落ちるキオ。


「しっかりしろ! 死ぬんじゃない!」


 俺はキオを掴むと愛車のスポーツカーに乗り動物病院に乗り付けた。


「急患です! キオを見てやってくれ」

「冗談ですよね。これはどう見ても子供が作った人形です」

「さっきまでは動いていたんだ」

「あなたにぴったりの病院を紹介します」


 差し出された紙を見ると心療内科と書かれていた。

 俺はまともだ。

 馬鹿にしやがって。


 そうだ。

 カップだ。

 カップの中にキオを入れれば。

 俺はマンションの部屋に戻ると祈るような思いでキオをカップに押し込んだ。

 キオが消える。


 俺はしばらく手を合わせて祈っていた。

 そしてキオが戻ってきた。

 傷は補修されている。

 キオは元気に動いている。

 良かった。

 俺は気づいた。

 感じていたあの虚しさが欠片もない事を。


Side:農奴

 今年も不作だ。

 枯れ果てた麦畑を前に、俺達は途方に暮れた。


「ぼやぼやしないで収穫を終わらすぞ」


 農奴頭はそう号令を掛けるが、誰も動き出さない。


「お前らは飯抜きだ」


 いや、働いてもこの収穫量じゃ飯抜きなのは確定だ。

 あばら家に入って今後の事を考える。


「くそう。このままでは餓死しちまう。雑草と泥と水で我慢するか」


 汚い木のカップを前に愚痴を漏らした。


「虫を食えば良い」


 驚いた事に返事があった。

 虫を食う?

 虫なら腐るほど居る。

 忌避している訳ではないが、あんなのを食って力が出るのかね。


 声の主は悪戯好きな精霊辺りかな。

 もしそうなら期待は出来ない。


「どなたか知らないがありがとう」


 とりあえず俺は礼を言っておいた。

 虫は置いといて水でも飲むか。

 水瓶からひしゃくで木のカップに汲んでみると、水が消えた。


 どういうことだ。

 こんな汚い木のカップでも俺にとっては財産だ。

 俺達農奴の財産は驚くほど少ない。


 そして、カップから虫の卵が沢山湧いて出た。

 精霊はこれを食えって言うんだな。

 よし食ってやる。


 生で食うと腹を食い破られそうなんで、鍋に入れて茹でる。

 茹でると独特の匂いがして、どことなく美味そうだ。


 噛むとほのかな甘みがあり、非常に美味い。


 虫の卵がこんなに美味かったなんて。

 そうだ、お礼に魔除けの人形を贈ろう。


「どなたか知りませんが、ありがとうございます。こんな物しか返せないのですが、お礼に魔除けを送ります」


 人形は木のカップの中に消えた。

 余った虫の卵は農奴仲間達に配ってやろう。


 俺達は虫の卵のおかけで死なずに済んだ。

 木のカップを祭壇に据える。

 祭壇と言っても平らな石に小さい木の祠を乗せただけだが。


 そして二日後。

 魔除けが傷だらけで帰ってきた。

 驚く事に魔除けは動くようになっていた。

 学のない俺にもどうなっているのかは分かる。

 魔除けはゴーレムになったと思う。


 なんでも魔力を人形に浴びせるとゴーレムを作れるんだとか。

 それより魔除けだ。

 傷が酷い。

 治してやらないと。

 木の樹液の糊はただなんで、これに木の粉を混ぜて傷を丁寧に修復した。


 その間にもキオ、キオという声がカップから聞こえる。

 キオ、なんの名前だろうか。

 でも気に入った。

 将来、俺に息子が産まれたらキオという名前を付けよう。


 よし、修復は終わった。

 魔除けは自分でカップの中に入ると消えて行った。

 そして、虫の卵がまた沢山送られて来た。

 精霊の感謝の気持ちなんだろう。

 これを食ったら、また明日も頑張れる気がする。

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