第7話 ある男と万物喰らい

Side:ある男

 モニターの心電図を眺める。

 良かった何時もと変わりない。


「母さん、また来たよ」


 病室のベットに横たわった母さんからの返事はない。


「腹減った」


 奇跡だ、奇跡が起こった。


「母さん、俺だよ。分かるかい」


 おかしい、母さんのまぶたはピクリとも動かない。


「腹減った」


 まただ。

 声の出所はベッド脇のテーブル上のマグカップからだった。

 このマグカップは母さんが目覚めた時に、何か飲みたいだろうと思って備え付けている物だ。


 誰かのいたずらか。

 突きとめたら容赦しない。


 マグカップを見ても機械らしき物はついて無い。


「腹減った」

「何のいたずらだ」


「いたずらじゃない。食いたいが、食うと寿命が縮まる」

「成人病のたぐいなのか」

「いいや。体が大きくなりすぎた」

「大きいってどれぐらい」

「都市一つ分ぐらいだ」


「冗談でも凄いな」

「冗談ではない。本当に苦労しているんだ」

「大きくなっても大丈夫な土地に移れよ」

「人の居ない森で暮らしている」

「ならなんの問題があるんだ」

「後少し体が大きくなると、体の制御が利かなくなる。そうなると森の物全てを食いつくして、やがて街を飲み込むだろう。その前に討伐隊が出て殺される運命さ」


「なるほど。ある意味寿命のようなものか」

「そうだね」


 話相手の主はどうやらこことは違う世界らしい。

 マグカップを通して繋がったのだろう。

 神隠しの変形みたいなものか。


「コーヒーおごってやるよ」


 俺はマグカップをつかむと病室を出て待合室の自販機で暖かい缶コーヒーを買った。

 マグカップにコーヒーを注ぐとコーヒーが消えた。

 目論見通りだ。

 マグカップは別の世界と繋がっている。


「美味い。最後にこんな美味い物を飲んで死ねるなら本望だ」

「すぐ死にそうなのか」

「いいや。あとコーヒーが100万杯は必要だな」


 都市一つ分の図体ではそうだろうな。


「コーヒー100万杯はおごってやれないな」

「良いんだ。1杯で十分さ」


 俺はなんとなく声の主を助けたくなった。


「何でも食えるのか」

「栄養のある物が美味く感じる。それと暖かい物が美味いと初めて知った」

「料理はしないのだな」


「ああ、しない。それに暖かいと力が貰えるんだ」

「ほう、熱エネルギーが食えるのかも知れないな。試してみよう」


 家に帰り火の点いたマッチをマグカップに入れた。


「美味ーい」


 やっぱりな。

 熱エネルギーを食ってやがる。


「もしかして、お前は痛覚が無いのか」

「ないね」


 こんな怪物を倒すなんて異世界の人間は強いんだな。


 よし、たっぷり食事させてやろう。

 電気の延長タップをマグカップに入れてやった。


「美味しいよう」


 しばらく味合わせてから考えた。


「最後に何か望みはないのか」


「生きた証を残したい」

「それは難しいな。中々に無理難題だ。ちょっと待て考える」


 生きた証なんて、ぶっちゃけ子孫を残すとか。

 創作物を残すとか。

 偉業を打ち立てるとか。

 そのくらいしか思いつかん。

 都市ほどの生き物ってどんなだ。

 湖でも作ったらいいんじゃないか。

 ちょっと聞いてみよう。


「体の構造はどんなだ」

「スライムの究極進化系と言えば、分かるかな」


 スライムだと何かを作るのには向いてない。

 人間とはメンタルが違うから、芸術系も駄目だな。


 偉業だと新大陸発見とか。


 ああ、そうだ。

 海に出れば討伐されることは無いんじゃないかな。


「海に出る事を勧める。新大陸を発見するんだ。それに海なら、いくら大きくなっても、討伐されないさ」

「駄目なんだ。体の制御が利かなくなると、何故か都市を襲ってしまうんだ。でも新大陸は良いかも。人の居ない所なら制御が利かなくなって生きていけるかも。海に行ってみるよ」


 そして、何週間か経ったある日。


「海に着いたよ。海の中って生き物の宝庫だね。あの、8本足の生き物は何だろう」

「それは蛸じゃないかな」


 あれっ、蛸って確か、自分の足を食うんだったっけ。


「そうだ解決策を思いついた。自分の体を食えば良い。そうすれば、体も小さくなって腹も膨れる。一石二鳥だ」

「やってみる」


 しばらくして。


「わぉ、スリムになった。ドラゴンより小さくなったよ。お礼におやつにとっておいた世界樹の葉をあげる。どんな病も治すらしいよ」

「そうか、ありがたく頂くよ」


 マグカップから出て来た黄金色に輝く葉っぱを手に取った。

 どんな病も治るだって、これは凄い物が手に入った。

 母さん待ってて。


 俺は葉っぱを煮だして、飲んでみた。

 凄い。

 ニキビを潰して痛かったのが嘘のように無くなっている。

 体もなんとなく軽い。

 熟睡して快調な目覚めをしたかのようだ。


 これなら、母さんも助かる。

 煮出した液体を注射器に入れて、母さんの流動食の管に注射した。


「お腹空いたわ」

「母さん、目が覚めたんだね」


 俺はナースコールを鳴らした。


Side:万物喰らい


 ああ、腹が減った。

 こんな事になるのなら、知性など要らなかった。



「母さん、また来たよ」


 声が聞こえた。

 でも人間の気配はない。

 精霊かな。


「腹減った」


 つい愚痴をもらした。


「母さん、俺だよ。分かるかい」


 意味不明だ。

 まあ良いや。

 精霊の言葉に意味などない。


「腹減った」


 でもつい言葉が漏れた。


「腹減った」


 聞いている者がいると思うと愚痴も楽しい。


「何のいたずらだ」

「いたずらじゃない。食いたいが、食うと寿命が縮まる」


 やった話が通じた。

 声は木のコップから出ているようだ。


「成人病のたぐいなのか」


 スライムは病気など掛からない。


「いいや。体が大きくなりすぎた」

「大きいってどれぐらい」

「都市一つ分ぐらいだ」


「冗談でも凄いな」

「冗談ではない。本当に苦労しているんだ」

「大きくなっても大丈夫な土地に移れよ」

「人の居ない森で暮らしている」

「ならなんの問題があるんだ」

「後少し体が大きくなると、体の制御が利かなくなる。そうなると森の物全てを食いつくして、やがて街を飲み込むだろう。その前に討伐隊が出て殺される運命さ」


「なるほど。ある意味寿命のようなものか」

「そうだね」


「コーヒーおごってやるよ」


 カップから美味い液体がこぼれた。

 慌てて体で受け止める。

 美味しい。

 死骸の肉とは比べ物にならない。

 それに冷たくない。

 太陽の光のような美味さを感じる。


「美味い。最後にこんな美味い物を飲んで死ねるなら本望だ」

「すぐ死にそうなのか」

「いいや。あとコーヒーが100万杯は必要だな」



「コーヒー100万杯はおごってやれないな」

「良いんだ。1杯で十分さ」


「何でも食えるのか」

「栄養のある物が美味く感じる。それと暖かい物が美味いと初めて知った」

「料理はしないのだな」


「ああ、しない。それに暖かいと力が貰えるんだ」

「ほう、熱エネルギーが食えるのかも知れないな。試してみよう」


 カップから光を発する物体が出て来た。

 体で包んで吸収する。


「美味ーい」


「もしかして、お前は痛覚が無いのか」

「ないね」


 紐のような物体がカップから出て来る。

 体で包むとピリピリとした美味さを感じた。


「美味しいよう」


「最後に何か望みはないのか」


 生きている時に考えていた事を伝える。


「生きた証を残したい」

「それは難しいな。中々に無理難題だ。ちょっと待て考える」



「体の構造はどんなだ」

「スライムの究極進化系と言えば、分かるかな」



「海に出る事を勧める。新大陸を発見するんだ。それに海なら、いくら大きくなっても、討伐されないさ」

「駄目なんだ。体の制御が利かなくなると、何故か都市を襲ってしまうんだ。でも新大陸は良いかも。人の居ない所なら制御が利かなくなって生きていけるかも。海に行ってみるよ」


 ゆっくりと海に向かって移動する。

 海は前に来たことがある。

 その時は魚に体を突かれて、お返しに包み込んで消化したっけ。


「海に着いたよ。海の中って生き物の宝庫だね。あの、8本足の生き物は何だろう」

「それは蛸じゃないかな」



「そうだ解決策を思いついた。自分の体を食えば良い。そうすれば、体も小さくなって腹も膨れる。一石二鳥だ」

「やってみる」


 僕は体を食い始めた。

 意外に悪くない味だ。

 どんどん体は小さくなる。

 でも体は濃くなっていくみたいだ。

 進化したような気がする。


「わぉ、スリムになった。ドラゴンより小さくなったよ。お礼におやつにとっておいた世界樹の葉をあげる。どんな病も治すらしいよ」

「そうか、ありがたく頂くよ」


 海水をスプーン一さじ取り込んでみる。

 海水がエネルギーに変換され、体に取り込まれる。

 物をそれほど食わなくても暮らせる体になったみたいだ。

 これならどこへでも行ける。

 空の彼方だって。


 そして、色んな大陸を旅して、僕が旅行記を書くのは別の話。

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