第4話 幸運のメダル売る時

Side:瑛太


「サッカーやろうぜ」


 俺は友達にそう声を掛けた。

 いつも、半袖半ズボンの俺は瑛太。


「いやよ」


 そう言ったのは想子。

 こいつは勝気で勝負事にはうるさいので、乗ってくると思ったけど。


「良いと思うけどな」


 と言ったのは修。

 ぽっちゃりのこいつはとにかく体格が良い。

 サッカーで当たられると飛ばされそうになる。

 その分、気が少し弱い。


「そうちゃん、やろうよ」


 そう言ったのは絵里。

 こいつはチビの癖にやたら元気。

 男と混ざって良く遊んでいる。


 俺を含めた四人が遊び仲間だ。

 俺達は今、小学2年生。


 せっかく、原っぱまでボールをドリブルして来たのに。

 一人反対の奴がいると何だか楽しくない。


 ふと、赤ん坊の声が聞こえた。

 どうせ猫だろ。

 猫の赤ちゃんは可愛いからみんな気に入るはずだ。


 声を探すと原っぱの隅に赤いプラスチックのコーヒーカップがあるだけだった。

 近くに寄るとはっきりと赤ん坊の泣き声が聞こえた。


「ちょっと。私、怖いのは苦手なんだけど」


 想子が物凄くびびってる。


「俺も駄目」


 修もかよ。


「幽霊? やったみんなに自慢できる」


 絵里は前向きだ。

 どうせ、壊れたレコーダーなんかだろう。


 そう思っていたら、コーヒーカップから師匠が出てきた。

 師匠というのは五麺ライダーに不思議な力を与えた奴で、五麺ライダーに助言をしている。

 その姿はぽっちゃりとしたぬいぐるみのドラゴンで、ひげが生えている。


「師匠だ」


 驚愕した修の声。


「うん、師匠だね」


 頷く絵里。


「師匠って何よ?」


 想子が聞いてきた。


「五麺ライダー見てないのかよ。素麺、きし麺、中華麺、冷麺、蒸麺の五つの力で戦うんだ。その力を授けたのが師匠だ」

「それで」

「それでって。師匠にせっかく会えたんだから、不思議な力を授けてもらおうぜ」


「ねぇ、師匠が何か言いたそう」


 絵里がそう言った。


「なんだろう」


「乳がほしい。急いでいるのだ」


「えっと? クイズ? 父?」


 修と俺は同じ事を思った。


 赤ん坊の泣き声はまだ続いている。


「私、分かっちゃった。ミルクが欲しいのよ」


 絵里が得意そうに言った。

 ミルクなんか店に行ったら、いくらでもあるだろ。

 でも、師匠の頼みだ


「よし、みんなでミルクを買いに行こうぜ」

「買いに行こう」

「そうね」

「面白そう」


「師匠、待っててよ。ミルクを手に入れてくるから」


 俺達は薬局のベビー用品売り場に行った。

 ミルクはと。

 あった、1589円だ。


「みんな、お金はいくらある? 俺は354円」

「俺は581円」

「私は無いわよカードだから、ちなみにこの店では使えないわね」


 想子は両親が共働きで、コンビニのカードで買い物しているは知っている。


「私は673円」


 ええと全部でいくらだ。

 くそっ、足し算が出来ない。


「全部で1608円よ。今、スマホで計算したわ」

「ナイス、想子」


 やった、買える。

 俺達は粉ミルクを手に入れ、師匠の下に戻った。


「師匠、手に入れてきたよ」

「良くやった。幼子達よ。ところでこれはどう使うのだ?」


「お湯で溶かすのよ。それで人肌まで冷ますの」


 師匠はコーヒーカップに粉ミルクを全ていれた。

 おおっ、コーヒーカップが一杯にならない。

 不思議な力だ。


「お礼にこれを授けよう」


 金色に光るメダルを一人一枚もらい、師匠はコーヒーカップの中に消えていった。

 これはきっと幸運のメダル。

 絶対に手放さないぞ。


 しばらく経ち、この事が4人の話題に上がらなくなった時。

 想子が倒れた。

 心臓が悪いらしい。

 そうか、サッカーをやりたくても出来なかったんだな。

 ごめん、考えが足りなかった。


 みんなでお見舞いに行く。

 色々な機械が取り付けられた想子を見ているとなんとも言えない気持ちになる。

 そうだ。

 師匠だ。

 師匠に頼めば。


 俺達は空き地のコーヒーカップを前にして叫んだ。


「師匠! 頼むから、出てきてくれ!」

「うるさいぞ。赤ん坊が寝たところなんだ」

「それより、想子の病気を治してやってくれ」


「ちょうど良い。粉ミルクが無くなったところだ。おむつも欲しい」

「そんな。買えないよ」


「金のメダルを売るのよ。それしか無いわ」

「あれは幸運の……。でも、俺の幸運は無くなっても良い。想子が助かるのなら」

「俺も売る」


「それで、どこで売れるんだ?」

「ええと道具屋」

「馬鹿ね。ゲームじゃないのよ」

「そうだ。従弟の大学生の兄ちゃんが、トレカを売って大儲けしたって言ってた。兄ちゃんに売ってもらおう」

「そうね。良いかも」


 俺達は兄ちゃんの部屋に押し掛けた。


「これを売ってきてくれよ」

「いきなりなんだ。もしかして金貨か? 本物か? どこで手に入れた?」


「師匠に貰ったんだ」

「へぇ、何の師匠かは聞かないでやる。どうせ近所の爺だろ。宝探しを若い頃やっていたに違いない」


「売れるの?」

「ああ、金だと地金で売れる。ちょっと待ってろ。換金してくる」


 兄ちゃんはヘルメットを手に取ると出かけて行き、少し経って戻ってきた


「売れたぞ。20万はある。子供がこんな大金持っていたら危ない。親に預けるからな」

「待って、粉ミルクと紙おむつが要るんだ」

「何だ。赤ん坊の世話をしているのか? どうせシングルマザーだろう。母親は美人か」

「髭を生やした老人?」

「そうか。お使いを頼まれたのか? 訳アリなんだろうな。よし金は全て渡すが、無駄遣いするなよ」

「ありがと、兄ちゃん」


 薬局で紙おむつと粉ミルクを三人で持てるだけ買った。


「師匠、買って来たよ」

「おう、静かに。今、寝てる所だ」


「想子を治してくれるよね」

「出来るか分からんがやってみよう」


 俺達は師匠と病院に行った。

 想子は悪いらしい。


「お母さん、緊急手術の可能性も考えて下さい」

「そんな。成功率はどれぐらいですか」

「30パーセントぐらいですね」


 俺達はこそっと病室に入ろうとした。


「君達、面会の時間は終わっているわよ」


 看護婦さんに見つかってしまった。


「このぬいぐるみを置きたい」


 師匠を突き出してそう言った。


「しょうがないわね。すぐに出て来るのよ」

「ありがとう」


 俺は想子のベッドのそばに立った。


「師匠、お願い」

「ほい、エクストラヒール。ついでにエクストラキュア」


 想子が目を覚ました。

 俺は病室から出た。


「あら、ぬいぐるみは良いの」

「想子が起きて要らないって」

「そんな、意識がないはずなのに」


 看護婦さんは病室に入った。


「先生、患者さんの意識が戻りました。数値も正常です」

「そんな馬鹿な。治るような病状じゃないんだぞ」


 大騒ぎになったので、病院から出て空き地に戻った。


「師匠、ありがと」

「ありがとう」

「ございました」


「良くなって良かったな。また、粉ミルクと紙おむつを頼む」

「「「はい」」」


 師匠とのやりとりが日常化する頃、想子が退院してきた。


「もう良いのか」

「ええ、運動しても良いって」

「よし、サッカーやろうぜ」

「負けないわよ」

「俺もやる」

「じゃあ、女子チームと男子チームね」


 俺達は元気に原っぱを駆け巡った。


Side:精霊


 私は精霊。

 精霊は魔力の塊に意思が宿ったもの。

 いつものように森を見て回っていたところ、赤子が捨てられていた。


「おぎゃあ、おぎゃあ」


 ふむ、何を伝えようとしているのだろうか。

 この世の無常を訴えようとしているのか、はたまた。


「うー、わんわん(そんなの腹が減ったに決まってる)」


 赤子の声を聞きつけて来たのだろう。

 フォレストウルフが一頭、現れた。


「お前さんはこの赤子を食うつもりなのかね」

「ぎゃんぎゃん(そんなつもりはないですぜ)」


 フォレストウルフはこう見えて情の厚い所がある。

 人間の子供を育てた事もあるぐらいだ。


 フォレストウルフは放っておいて、赤子の食欲を満たせてやらねば。


 むっ、子供の声が聞こえる。

 はて?


「ちょっと。私、怖いのは苦手なんだけど」

「俺も駄目」

「幽霊? やったみんなに自慢できる」


 ふむ、どこから声が?

 音を辿ると木のコップから声が出ていた。

 木のコップは異界に繋がっているらしい。

 ならば。


 木のコップを通り抜け、私は子供達の前に現れた。

 幼竜に髭を付け加えた姿になる。

 これは精霊になる前の私の姿をアレンジしたものだ。


「師匠だ」

「うん、師匠だね」

「師匠って何よ?」


「五麺ライダー見てないのかよ。素麺、きし麺、中華麺、冷麺、蒸麺の五つの力で戦うんだ。その力を授けたのが師匠だ」

「それで」

「それでって。師匠にせっかく会えたんだから、不思議な力を授けてもらおうぜ」


 むっ、誰か他の精霊と間違えているようだ。

 その者が不思議な力を与えて誰かを導いたのだろう。

 まあよい。

 子供達より私の方が圧倒的に年寄りだ。

 師匠と呼ぶ事を許そう。


「ねぇ、師匠が何か言いたそう」

「なんだろう」


 そうだ、赤子の食料を探しに来たのだった。


「乳がほしい。急いでいるのだ」


「えっと? クイズ? 父?」

「私、分かっちゃった。ミルクが欲しいのよ」


「よし、みんなでミルクを買いに行こうぜ」

「買いに行こう」

「そうね」

「面白そう」


「師匠、待っててよ。ミルクを手に入れてくるから」


 子供達は乳を買いに行ってくれるらしい。

 しばらくしてと言っても精霊には時間は関係ない。


「師匠、手に入れてきたよ」

「良くやった。幼子達よ。ところでこれはどう使うのだ?」


「お湯で溶かすのよ。それで人肌まで冷ますの」


 ふむ、お湯は魔法で作れる。

 冷ますのもな。


 赤いコップに粉末の乳を入れる。

 無事、届いていると良いのだが。

 そうだ、こういう時に人間はお礼をするのだったな。


「お礼にこれを授けよう」


 金貨を一人一枚渡してやった。

 乳の代金としては余るだろう。


 カップを通って森に帰ると、赤子はまだ泣いている。

 粉ミルクというのは無事に届いていた。

 粉ミルクを異空間に収納。

 必要な分を取り出しウォーターとホットの魔法でお湯を作る。

 はて、人肌とはどれぐらいだ。

 赤子の肌の温度なら問題ないだろう。


 出来た乳をウォーターコントロールで赤子の口元に運ぶ。

 うむ、飲み始めた。

 よい、飲みっぷりだ。


 飲ませたら背中をトントンするのだな。

 やさしく、ウインドハンマー連打。


「けっぷ」


 これで良いのだな。

 しばらくして赤子が泣き出した。

 むっ、小便を垂れたのか。


 衣服を剥いで、クリーンの魔法を。

 困った衣服の替えがない。

 ホットウインドを軽くかけておけば問題ないはずだ。


 人間の子育てなどした事が無い。

 面白い経験だが、面白がってもいられない。

 私はこそっと里を偵察して、赤子の育て方を学習した。

 ふむ、おむつは便利だ。

 理にかなっている。


 慌ただしい日は過ぎて、ある日。


「師匠! 頼むから、出てきてくれ!」

「うるさいぞ。赤ん坊が寝たところなんだ」

「それより、想子の病気を治してやってくれ」


 幼子の数が一人足りない。

 たぶんその子が病気なのだろう。


「ちょうど良い。粉ミルクが無くなったところだ。おむつも欲しい」

「そんな。買えないよ」


「金のメダルを売るのよ。それしか無いわ」

「あれは幸運の……。でも、俺の幸運は無くなっても良い。想子が助かるのなら」

「俺も売る」


「それで、どこで売れるんだ?」

「ええと道具屋」

「馬鹿ね。ゲームじゃないのよ」

「そうだ。従弟の大学生の兄ちゃんが、トレカを売って大儲けしたって言ってた。兄ちゃんに売ってもらおう」

「そうね。良いかも」


 子供達は駆け出して行った。

 元気の良い事だ。

 赤子もいつかああなるのだな。


「師匠、買って来たよ」

「おう、静かに。今、寝てる所だ」


「想子を治してくれるよね」

「出来るか分からんがやってみよう」


 病院という所に行った。

 やたらと白が目立つ建物だ。

 神界を模しているのやも。


「お母さん、緊急手術の可能性も考えて下さい」

「そんな。成功率はどれぐらいですか」

「30パーセントぐらいですね」


 ふむ、子供が警備の者に見つかった。


「君達、面会の時間は終わっているわよ」


「このぬいぐるみを置きたい」


「しょうがないわね。すぐに出て来るのよ」

「ありがとう」


 ふむ、病人には色々な道具が取り付けられている。

 これは参考になる。

 赤子が病気かどうか調べる道具を作るのも良いだろう。


「師匠、お願い」

「ほい、エクストラヒール。ついでにエクストラキュア」


 病気の幼子が目を覚ました。

 魔法が効いたようだ。


「あら、ぬいぐるみは良いの」

「想子が起きて要らないって」

「そんな、意識がないはずなのに」


 警備の者が部屋に入った。


「先生、患者さんの意識が戻りました。数値も正常です」

「そんな馬鹿な。治るような病状じゃないんだぞ」


 うむ、騒ぎになったな。

 退散するとしよう。


「師匠、ありがと」

「ありがとう」

「ございました」


「良くなって良かったな。また、粉ミルクと紙おむつを頼む」

「「「はい」」」


 赤子は順調に育っている。

 ベビーパウダーというのは実にいいな。

 肌が赤くなった時はどうしようかと思ったが、幼子達に相談したら解決した。


 赤子が私の事をマーと呼んでくれた。

 天にも昇る気持ちだ。

 赤子よ、すくすく育て。

 ママは見守っているぞ。

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