第5話 作家志望

私はじっと耐えていた。

私がいる本を借りたのは小学生高学年くらいの男の子で、それは熱心に本を読んでいた。

読み終われば一週間の貸出期間が終わる前に返却されるかもしれないと期待していたが、少年の熱心な読み方を見ている限りその期待は消えていってしまった。


しかし驚くことに少年は私の他に3巻もかりていたのだ。

それは紛れもなく信行が入っている本だった。

少年はこのシリーズの2巻と3巻だけは続き物だと知っていて借りたみたいだ。

少年は1度普通に本を読み、それが終わると今度はペンとルーズリーフを用意してなにかをメモしながら読んだ。


更に2巻を開いたまま3巻も開いて読み始める。

その姿から少年が作家志望なのだとわかり始めた。

2巻での伏線が3巻で回収されていたり、キャラクターの成長の仕方を確認したりしているらしく、ときどき「なるほど」とか「すごいなぁ」と言った声を漏らす。

そこまで熱心に本を読む少年を見ることができて私は嬉しかった。


私が書いた本ではないけれど、好きな本を好きと言ってくれる人がいることに喜びを感じる。

そして返却期限が明日に迫ってきた。

ようやく元の場所へ戻れることは安堵し、少年と離れてしまうことが少しさみしくも感じた。

きっと少年の部屋の本棚には沢山の本が並んでいることだろう。


それらを見てみたかったとも思った。

明日が返却日ということで少年はその夜もう1度私のいるを読み直した。

私のいる2巻を開き、横に3巻を開いて交互に読み始める。

信行も3巻の中で動かずにジッと我慢しているはずだ。

あと少し、あと少し我慢すればいいだけだ。


そう思っていた矢先だった。

体が揺れた。

いや、本全体が揺れたのだ。

少年もまた揺れていた。

本棚から本が落下する音が聞こえてきて地震がきたのだと理解した。


印字されていない私は必死に隣の活字にしがみついて揺れに耐えた。

少しでも油断すれば手が離れてしまいそうだ。

大きな揺れだったが、それはほんの10秒ほどで収まった。

少年も無事のようで大きなため息が聞こえてきた。

部屋の向こうから少年の母親らしき声が聞こえてきて、少年が部屋を出ていく。



「信行、大丈夫?」

「あぁ。ひどい揺れだったな」

「本当だね」



返事があってひとまず安心した。

振り落とされてしまえば最後だ。



「でも早く元の場所に戻らないと」



信行の言葉に私は目を見開いた。



「どうしたの?」

「ちょっと場所がズレただけだから大丈夫」



どうやら本の中で移動してしまったみたいだ。

それならすぐに戻らないと……そう思った時、少年が部屋に戻ってきた。

私も信行も口をつぐんで黙り込んだ。

声を聞かれるわけにはいかない。


少年は落下してきた本を片付けると、また私達の前に座って活字をおいかけ始めた。

信行はちゃんと元の場所に戻れただろうか?

もうないはずの心臓がどきどきしてきて、緊張感が体を支配する。

その時3巻に視線を向けていた少年が「ん?」と首をかしげた。

そして3巻にグッと顔を近づけてなにかを確認すると、指先でなにかをつまみ上げるような仕草をした。


それは間違いなく「は」だった。

誤字の「は」だ。

「これ、ただの誤字じゃなくて本の虫なのか」

少年がそう呟くと「は」をゴミ箱へと投げ捨てた。

「は」の姿はすぐに見えなくなり、代わりに黒い虫がゴミ箱の中から飛び立ったのだった。



END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本の虫 西羽咲 花月 @katsuki03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ