第4話 お気に入りの本

信行が一緒に行動してくれることで、最近の私は少しずつホラー小説の中に入っていけるようになった。

最初は少し不思議な雰囲気の物語から始まって、ちょっと怖い短編集。

そして1冊丸々ホラーのに挑戦もした。


私が怖がると信行はすぐに手を握りしめてくれるので、安心感があった。

そうして苦手を克服していくと、次第にホラーの面白さにも気がついていく。

ホラーは主人公の行く末が見えないからはらはら感が他の作品とは段違いなのだ。

それがくせになる人も沢山いるということが理解できた。


それから私達は児童書へと移動しはじめた。

子供向けの作品と言っても侮るなかれ、大人でも十分に楽しむことができる作品が数多く存在している。

元々大人向けに書かれた本が子供向けにリメイクされることだってある。

私と信行が特に気に入ったのはシリーズものの冒険小説だった。


子供向けの作品はシリーズでも各話読み切りとかが多いけれど、その本の2巻と3巻だけは続き物になっていて、10万文字ほどの分量になる。

これは文庫本一冊分の長さと同じくらいだ。

読み応えのある児童書で内容も面白く、私と信行は2巻と3巻の間を何度も行き来した。

私が特に気に入っているのは2巻の半ばにある、主人公が捕まってしまった友人を助け出すシーンだ。


信行が気に入っているのは3巻で一気に謎が解き明かされるシーン。

私達はそれぞれ2巻と3巻で自分の好きなシーンを思う存分楽しんでいた。

そんなときだった。

外から物音が聞こえてきて私は耳を済ませた。

本の外から音が聞こえてくることは今までにも何度もあった。


信行が言っていたように外には図書館司書の人もいるし、時々借りていくお客さんもいる。

けれど図書館への風当たりは日に日に強くなっているようで、ここへ来た当初よりも利用者の数はかなり激減していた。

当初から自分たちがいる本を借りて行く人がいなかったこともあり、私はいつもどおり児童書の2巻の中にいた。


好きなシーンを繰り返し体験して、満足すれば他の本に移動するのがここでの生活のすべてだった。

だから外から私のいる本に力が加わった時、驚いて隣の活字にしがみついた。

印字されているわけではない私は本全体が動くと振り落とされてしまうかもしれないのだ。

驚いて頭が真っ白になり、ひたすら揺れに耐えていることしかできなかった。


やがて私のいる本はカウンターへ運ばれたようで、何度か聞いたことのある図書館司書の声が聞こえてきた。



「こちら2冊ですね。返却は一週間後です」



そんな!

まさか貸し出されるとは思っていなくて全身から冷や汗が吹き出す。

一週間も図書館を離れてしまうことに恐怖心があったが、抗うことはできない。

ここで焦って表に出てしまえば、表紙に書かれているタイトルなどに私が出現することになりただの誤字ではなく元々人間だった誤字だとバレてしまう。


バレてもほっといてくれる人はいるらしいが、たいていの場合邪魔扱いされ、本から引き剥がされて完全な本の虫になってしまうのだ。

そうなるともう本の中にもっどる頃はできなくなる。


自分が人間だったことも、活字だったときの記憶もなくして虫として生きていくことになるのだ。

それだけは避けたい。

そのためには完全な誤字になりきって、すべてが過ぎ去るまで待つしかないのだった。

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