第2話

 ぞうむしとの出会いの日は、去年の秋までさかのぼる。


 近場の公園に散歩した時だ、ぼくはドングリをいくつか拾って帰った。丸々としたドングリはまるで、栗のよう。それらをインテリアの代わりと白い食器台に飾っていたところ、台の上でなにか太い虫が這っていることに気づいた。

 ダンゴムシみたいに太っているけど、身体はプニッと柔らかそう。

 ぼくはいったん野菜用のプラスチックケースに幼虫を移し、それからセリアに虫かごを買いに走った。土を入れる。ネットで食べ物を調べてみる。どうやらドングリの実を食べるだけでじゅうぶんで、後はその栄養を使って生きていくらしい。

 ふーん、と思いながらぞうむしの幼虫を観察していた。幼虫はすぐに土の中へと潜ってしまったので、こりゃ暑いのかねと考えた。とりあえず、「ぞうくん」と名前をつけた。


 それから二日経ち、三日経ち。ぞうくんはいっこうに姿を見せない。やがて半月ほど経った時、(死んでるのかもしれん)と思い、土ごと茂みに戻そうとした。だけどぞうくんは土からにょきりと顔を出し、空気を嗅ぐように鼻を動かした。


「生きとるやん、ぞうくん」


 さらにネットで調べてみると、ぞうむしの幼虫は土の中で冬を越し、次の夏になると成虫になって土から出てくるそう。だけど乾燥は禁物。ぼくは一日二回、霧吹きで土に水分を与えた。凍えるような冬がやって来て、三和土で霧吹きのレバーを引いている時などめちゃくちゃに寒かった。凍りゃあせんかと心配もしたが、暖房の効いた部屋に連れていくのはさすがに自然のものを崩してしまうようでためらわれた。


 六月の終わり。とうとうぞうむしが土から姿を現わした。


 季節は出会ったあの日に近づいていて、ぼくはその間にもたくさんの思い出をつくっていた。その間、ぞうくんは土の中でどんな夢を見ていたのだろう。早くこの世界を駆け巡りたかったのかな。もうすぐやで、とささやいて霧を吹いた。きゅうりを切って置いてみた。ぞうくんはきゅうりに乗っかって、もしゃもしゃと食べた。食べるということが幸せなのだとわかったのか、頭をすごい上下させていた。


 ぼくはこのようにぞうくんとの十ヶ月を思い出しながら、なにか忘れ物をしているような気持ちになった。ぞうくん、大丈夫やろうか。ぞうくん、ちゃんと茂みに行けたやろか。


 ……あ。


 そうや。あいつ、虫かごから地面に降りられるやろうか?


 ぼくはダンボールを一枚ちぎって、再び部屋を出た。


 クロックスを履く足が、少しはやった。

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