羽根の唄

木野かなめ

第1話

「さあ、夏やで。そろそろ行こか」


 ぼくはそう言って、駐輪場の端にティッシュ箱ほどの虫かごを置いた。

 駐輪場は茂みに繋がっている。こんもりとした茂み。葉の影は厚い。ギラギラとした太陽の光がいくつもの自転車に反射して、ぼくは腕でひたいの汗をぬぐった。

 虫かごの中には、ぞうむしの成虫がいた。放たれる時を、今か今かと待つように走り回っている。


 せやな。はよ、外に出たいよなぁ。


 虫かごの天井の部分にある透明な蓋を開け、割り箸を土に刺した。渡り道にするためだ。ぞうむしはすぐに割り箸を見つけ、ちょこちょこと上ってきた。てっぺんは、外の世界の入口だ。


「じゃあ、また。元気にやれよ」


 ぼくは小さく手を振る。マンションの階段へと歩いた。お別れは爽やかな方がいい。蝉も大音声で、そうだそうだと賛同している。


 あと五分ほどしたら、虫かごを回収しに戻ってこよう。

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