第30話 彼女と家出Ⅲ
「もう一度、俺と一緒に過ごしてくれないか」
「――私で、良いの?」
雨が止んだ気がした。さっきまで嫌と言う程打ち付けてきた雨が今は全く感じられない。雨の音しか聞こえなかったはずなのに今は、その言葉しか聞こえなかった。濡れて寒かったはずなのに、今は温もりを覚えている。霞んでいたはずの視界は、今ははっきりとその姿を捉えていた。忘れない、忘れるはずもないその姿。赤い紅い鮮烈な髪色、透き通るような肌、どこか外国の血を感じる整った目鼻立ち、けれど、どこか年相応の幼さも感じる顔立ち。
「ルビ――?」
名前を呼ぶその前に、彼女が胸に飛び込んできた。雨に濡れてびちゃびちゃだから、そんなにくっつくとお前も濡れちゃうぞ。見当違いの心配はルビアの様子を見たら口に出す前に引っ込んでしまった。何故ならルビアは、泣きながら俺に抱き着いていたのだから。濡れた服でも分かるほどに涙を流して。
「はぁ、はぁ‥‥。バカ!何で、どっか行っちゃうの?ずっと探してたのに!」
いや、俺のセリフ過ぎるだろ‥‥。そう思っても口に出すことはしなかった。そんな余計な言葉を挟んでいる余裕は無かったからだ。今にも倒れてしまいたい身体をグッとこらえ、ぼやける視界を何とかかっ開く。
「‥‥あ、ああ悪い、悪かった。全部‥‥全部俺が悪かった。都合のいいこと言って、この関係を曖昧にして、お前を不安にさせた、ごめんな‥‥‥」
「‥‥うん」
違う、こんなことが言いたいわけじゃない。いや、言わなくてはいけない事ではある、けど今じゃなくても言えることだ。今、この場所で、彼女と家に帰るために言わなくてはならない言葉がある。この言葉を言わないまま、なあなあであの生活に戻ってしまえばきっとまた同じことを繰り返してしまう。1回破綻してしまったこの同棲関係だ。お互い、今まで通りでは元通りには戻らない。再びやり直すために、彼女は自身の過去をさらけ出すことが必要なんだ。俺と出会ったあの日に至るまでの彼女のことをだ。そして、俺がやり直すために必要なこと、それは‥‥嘘偽りのない本当の気持ちを伝えること、なのだと思う。だから伝えるんだ。俺が彼女との生活を受け入れた本当の理由を。彼女を不安にさせないように。もう一度彼女との生活を送るために。
「なあ、ルビア」
「‥‥何?」
「――好きだ」
「え?」
「殺されたくないからなんて嘘ついて、お前をかくまってた理由を誤魔化してた。それだけじゃ不安だったよな?ごめん。本当はさ、お前のことが好きだから、このまま別れたくなかったから、お前をかくまって関わっていたかったんだ。正直、一目惚れだった。可笑しいよな、殺人犯のお前に一目惚れだなんて。でも、あの瞬間、恐怖とか全部すっ飛ばして、綺麗だと思った。だから――」
「ちょ、ちょ、ちょ――」
「ちょ?」
「ちょっと待って!!」
ちょんまげが脳裏をよぎった瞬間、彼女の鋭いボディブローが鳩尾へと飛んできた。
「グフォ!」
「あ、ごめん‥‥」
マジで、冗談抜きで死ぬかも‥‥。声にならない声が喉の奥につっかえた。
「ちょっと!大丈夫!?」
「‥‥いや、今大丈夫じゃなくなったというか‥‥」
実際、ルビアと再会したおかげで何とか保っていた意識が、今途切れそうになっている。ひどく視界がぼやけ、体が熱い。
未だにどうしたら良いか分からず、戸惑い顔を俯ける彼女の姿が霞む視界に映っている。まあ、無理もない。多分、二度と戻らないつもりで家を出て行ったはずだから。けれど、彼女は俺を探してこんな時間に、ここまで来てくれたんだ。きっと彼女もまた、俺に話があるのだろう。
「私は‥‥」
「ルビア、帰ろう。俺もお前に言わなきゃいけないことがたくさんある。多分ルビアもそうなんだろう?きっと、それを話してからでも遅くないと思うんだ。だって、そうだろ?そんな話もできないほど、俺たちの一か月間は浅くはなかったはずだ。違うか?」
「違わない!私にとっても‥‥特別だったから‥‥」
彼女の瞳から再び涙が零れた。彼女を泣かせてしまった。そんな反省を込めた溜息が自ずと零れた。でも、そうだ。遅くない。まだ、遅くはない。二人で過ごした日々に価値がなかったなんて言わせない。あの日々は、二人の腹を割る機会をくれるにはきっと十分なはずだ。
「一緒に、帰ろう」
「‥‥うん」
ほっと溜息が零れた。けど、さっきとは違う安堵の溜息。良かった、また彼女と帰れる。今はそんな束の間の喜びを噛み締めて気付にしよう。
「‥‥肩、貸そっか?」
「ああ、頼む」
火照る体、多分熱もあるんだろう。でもきっと、この熱さは熱だけのせいじゃない。今は自信をもってそう言えた。
俺と死神の100日同棲生活。 をぱりお @wopalio
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