第26話 同級生と合コンⅠ


 それからルビアは俺のいない間は、大家さんの家に通うようになった。大家さんはルビアを思って、ダンの散歩も任せてくれた。

ちょっとずつルビアも外に足を運ぶ回数も増える機会が増えた。俺が家に帰るとルビアはいつも楽しそうにその話をしてくれて、本当に大家さんには下げた頭が上がらなかった。

それに、こないだなんてルビアに大切な人と言ってもらえた。そのフレーズを思い出す度に、顔がほころんでしまう。

どういう意味だったのか聞けてはいないが、一歩ずつ良い方向に進んでいってる気がした。


「何だお前、ニヤついて。昨日見たAVがそんなに良かったのか?」

「やかましいわ。お前みたいなチンパンジーが俺の聖域に易々と足を踏みいれるなよ?」

「うっ‥‥ひっぐ、ちょっと話じがげだだげなのに‥‥」


危ない、脳内フィルムがバグで侵されるところだった。

俺は友達の最低の勘ぐりを綺麗に梱包し、クーリングオフすることに成功した。


「‥‥それより、今日はたのむぞ?」


友達の言葉に俺は倦怠感を滲ませた。今日は友達の誘いで合コンに行くことになっていた。少しでも、気になる相手でも見つかれば、そう思って参加することにしたこの合コンだったが、今となってはその必要もない。

それどころか俺は罪悪感すら抱いていた。ルビアが居るのに、俺は今から出会いの場に足を運ぼうとしているのだから。

 まあ実際、俺とルビアはそんな関係ではないから、ただの俺の自意識過剰なのだろう。それに、ルビアの正体が殺人犯な時点で、今以上になんてならない――。

 俺の足はそこまで考えたところで止まった。本当にそうなのだろうか。確かに、この思いは、一方通行ではあると思う。だが、今以上の関係にならないとは限らないんじゃないか?

俺はこの数日の出来事を思い返して、自分の発言の違和感を覚えた。


「おい、どうした?ぼーっとして‥‥」

「あ、いや、何でもない‥‥何でも」

「ほら、着いたぞ。ここだ」

 

 考えが上手くまとまらないまま、俺たちは合コンの会場に到着した。場所は個室居酒屋で敷居もそこまで高く無さそうであった。

予約した部屋は掘りごたつの六人用の席で、既に友達のサークル仲間が先入りしていた。髪はセンターパートで、シュっとした顔つきに、ゆったりしたシャツを着こなす今風のイケメンという印象を覚えた。


「今日は来てくれてマジありがとね?よろしくー」

「‥‥うん、よろしく!」


開口一番の挨拶の軽さに俺は驚愕した。握手なんかしちゃってるよ、ナニコレ?外交?

そんなファーストコンタクトを終え、俺たち男側は女性陣を待つのみとなった。ようやく少し落ち着けるなと重たい腰を座布団に預けた。



「ごめーん、待った?」

「いや、大丈夫大丈夫。今男だけで作戦会議してたとこだから」

「え~何それ、ウケる」


 女子グループが合流したことで、ヌルっと合コンは開始された。まずは、お互いの挨拶を済まし、それからフリートークの時間へと移った。

中身のない、上辺だけ取り繕った会話が飛び交っていて、正直退屈だった。何より、せっかくの会の空気を壊さないように自分もそのピースに加わっているのが一番面白くなかった。

 はあ‥‥。早く帰ってルビアに会いたい。そんなことを思ってしまう。


「もしかして、あんまり楽しくない?」


 まずい。そう思って咄嗟に零れてしまったため息を吸い上げ、口を押えた。

訪ねてきたのは、確かカナリアさんだったかな。珍しい名前だから印象に残っている。茶色に近い金髪を肩まで下ろし、軽めのパーマを当てている。薄手のニット生地のベストと、ゆったりしたワンピースシャツを合わせていて、いかにも女子大生という印象だ。

友人の話に沿うなら、もしかしたら自分に好意を寄せているかもしれないうちの一人ということになる。


「いや、そうじゃないよ。ただこういう場って初めてだから緊張しちゃって」


はい、つまらないです。と言う訳にもいかず、愛想のよさそうなそれっぽい言葉を選んだ。


「そうなんだ、よかった~。何回か誘ってもらったんだけどなかなか参加してくれないからさ、嫌われてるのかなって心配‥‥って違うよ!?私じゃなくてね?友達が!」

「はは、そうなんだ」


 思った通り、カナリアさんが友人の言うその人みたいだ。

 話はだんだんと盛り上がり、大学の話に切り替わった。途中、近くで起きた殺人事件の話になった時はヒヤリとしたが、特に他愛のない世間話で塗り替えられてホッとしたりした。

一方の俺はと言えば、空気を壊さないようひたすら傍聴に徹していた。今の時間は何時だろう。時計を見ると十九時を指していた。ルビアはちゃんとご飯食べているだろうか。そんなことばかり気になってしまう。

 よし、決めた。友人には悪いがもう少ししたら適当に上がらせてもらおう。そう考えるとなんだか肩の荷が下りたように気が楽になった。さて、帰ったら何しようかな。とりあえず風呂に入るか‥‥できれば一緒――


「ねえ、聞いてる?」

「はいすみませんでした冗談ですごめんなさい‥‥あ、いや何でもない。何だっけ?」

「ぷっ、あはは。何言ってるの?深空先輩の話でしょ~?」

「深空先輩?」


どうやらいつの間にか話は深空先輩の話になっていたらしい。たしかに深空先輩には良くしてもらっているが、俺だって別に詳しいわけではない。


「君仲良いみたいだけど、ぶっちゃけどうなの?付き合ってるとか、良い関係とか?」


何で彼氏を作らないかは俺にも分からない。というか俺に聞くな。まあでも、俺もそれは気になりはする。


「付き合ってないよ。それに俺とあの人じゃ不釣り合いだろ。深空先輩と仲良いのはただ単に家がたまたまご近所だったってだけだよ」

「そうなの?確かに、ヤバいくらい美人だしスタイルも神だし、女の私も興奮するわ」

「それな?あれだけ美人なら男引く手数多って感じだよね?実際どうなの?」

「まあ、モテるのは言うまでも無いけど、多分付き合ってる人はいない、と思う‥‥」

「えー!何でなんだろ?相手がいないって訳はないし。最近なんてうちのサークルの先輩、イケメンなんだけど玉砕したって聞いた」

「え、マジ?‥‥なんか逆にそこまで行くと嫌味だよね」

「ちょっと‥‥」

「だってさ、そうじゃない?うちの先輩良い人だし、顔だってカッコいいのに、何が気に入らなかったか分からないし」


 ああ、多分この子が好きだったか、尊敬してる先輩が深空先輩に告白してフラれたんだろう。だから、気に入らず納得できないのか。まあ、分からないでもない。ただ、そんな自分勝手な理由で知人が悪く言われるのは少し気分が悪い。


「だよね、お高く留まってるんじゃないの?」

「絶対そう!じゃなきゃ意味わかんないし。絶対周りの事見下してるよね」

「なあ、そのへんに‥‥」

「あのさ、そうやって他人に言い訳を求めるのやめない?」


空気が冷めていくのを感じる。友達には悪いことをしたと思っている。やっと組めた合コンで楽しみにしていただろう。けど、俺は先輩を悪く言われて黙っていられるほど大人じゃないらしい。


「アンタらにとっては憧れの先輩なんだろうけどさ、俺にとっても深空先輩は尊敬してる先輩なんだ。だから、そうやって悪く言われるのは気分が悪い」

「そんな悪く言うつもりなんて‥‥ちょっと小言言ったくらいで怒り過ぎじゃない?あ、もしかしてホントは好きなんじゃないの?」

「くだらねえ‥‥。確かに先輩は美人でスタイルも良いから、言い寄ってくる男は山ほど居るだろうな。だけど、その全部がアンタらの先輩みたいに良い人って訳じゃないんだよ。明らかに下心丸出しな奴とか、見た目だけしか見てないような奴とかそんなのも多く居る。アンタらも告白されたことありそうだから、少しは分かるだろ。けど、先輩はどんな告白に対してもいい加減な返事をしたことは無かった。悩んで考えて、相手が傷つかないような返事を探してた。少なくとも今のアンタ達みたいに、相手のことを蔑ろにするようなことはしなかったよ」

「‥‥‥」


 深空先輩に毒づいていた二人は、虫の居所を悪くしていた。自分に思うところがあったのか、俺が話している最中に口を挟むことは無かった。

 まあ、これで合コンはお開きだろうな‥‥完全に空気ぶち壊しちゃったし。別に、合コン自体に悔いがあるわけではないが、やはり友達には罪悪感が残る。


「悪い、空気悪くして。お金置いてくから、俺先帰るわ」


 こんな謝罪で気持ちが晴れるわけではないが、形だけでも謝っておこう。

そのまま気持ち多めの代金を机に残して、俺は席を立った。

まあ強いて言えばカナリアさんが、俺の何処を気になってくれたのか、それが聞けなかったのは残念と言えば残念だ。

周りからそういう感情を持たれたことがないから、自分の何処が美点なのかは知っておきたかった。

 まあ、もう過ぎたことだ。それに今回のでカナリアさんの気持ちも冷めてしまっただろう。そんな思いをため息で吐き出しながら出口を通過し、店員の元気のいい挨拶を背中で聞いた。

今日は少し肌寒いような気温で肌を擦りながら駅を目指す、そんな道の途中。


「待って!」


 後ろから大きな声で呼び止められた。振り返るとカナリアさんが駆け足でこちらに向かっていた。

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